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エレメントバトリッシュ  作者: 越後雪乃
~第二幕・憎き再会と不思議な赤い糸~
11/34

集え三戦士!勝利の鍵はチームワーク

【1】


巨大な観光の都は地獄と化していた。

観光客や住人は既に警察が手配したトラックに乗って街から避難し、破壊された建物だけが残されている。

人気の居ない通りを邪悪な空気を纏う大男がのしのとしと優雅に歩いていた。

「ねぇ~、もうそろそろ帰らない?」

大男の足がピタリと止まる。

真横の建物の屋根に腰掛けた若い男が笑う。

「もう誰もいないんだ。これ以上壊す必要無いだろう?」

「お待ちくださいジョーカー様。まだ奴らが潜んでいますので…。」


バッとジョーカーが屋根から地面に飛び降りる。

相変わらず仮面は外さないので表情が読めない。

「…ギルクはまだ殺すな。奴だけは俺の手で仕留めてやるって約束だろ?」

「それはご承知の上。私が仕留めるのは一緒にいたあの風使いの女です。」

脳裏に自分の手を傷付けた銀髪の女を思い出してジョーカーに詰める。

「あの女只者では有りません。野放しにしておけば不死鳥以上に危険な存在と化します。ですので早急に…」

「ボルバ!」


ジョーカーが怒りに満ちた声でコンマ0秒で具現化した拳銃を突き出した。

「言っておくがギルクの仲間も俺の標的だ。だから余計な真似はするな。」

「し、しかし!」

ボルバは壊さないように拳銃の銃身を大きな手で包む。

「このまま手を出さずにいたらトキシック様やアルセーヌ様やフェイク様に遅れを取られます。もし彼らが先に奴らを倒してしまったならば…一体どうなされるんですか?ミステシア次期皇帝のポストから外されてしまうのですよ!?」


そうなれば自分の立場も危うくなるとボルバは必死に訴える。

だがジョーカーは済ました顔で答えた。

「俺は皇帝なんか興味ないね。ギルクと決着さえ付ければそれで満足なんだ。この五年間でアイツがどんな風に変わってるか確かめたいんでね。」

グググと奥歯を噛み締めながらボルバはようやく拳銃から手を離す。

「そうでございますか…。」

「分かったなら宜しい。お前は今の彼らの力がどれ位なのか報告してくれれば充分だ。期待してるよ。」

それを最後にジョーカーはボルバの足元に発砲した。

途端に白い煙が発生してジョーカーは姿を眩ました。


ゴホゴホと咳き込みながらボルバは主の言葉をもう一度振り返る。

―『俺は皇帝なんか興味ないね。ギルクと決着さえ付ければそれで満足なんだ。』

ジョーカーは幹部の中では実力者ながらかなりの変わり者だ。

地位や名誉より戦う事を望んでいる。

性格的にはサディストに近いが無闇矢鱈に人を襲う真似は絶対しないのだ。

《だがな…。》

でも他の幹部の性格と比較すればジョーカーは組織のトップに君臨すべき人材だ。

《トキシック様は過激に近いし…フェイク様は低脳な人間を切り捨てるタイプ…アルセーヌ様に至ってはその力で自分以外の人間は皆下僕と化してしまう…そうなればジョーカー様しか統べられるお方は存在しないのだがな…。》


護衛人としての苦悩が増えそうだとボルバは側にあった瓦礫を椅子代わりにして腰掛けた。

自分の他にも護衛人は三人いるが各々の主の性格故に曲者ばかりだ。

ある意味では自分とジョーカーが一番マトモな立場にいるとも言える。

―ジョーカーが五年前にケビンを始末しなかったのも彼がまだ発達途中なのも知っていた。

『あの男はもっと上に行く。その力が限界にまで達したらケリを付けるつもりだ。』

そう言い聞かせていた。

「ジョーカー様…。」

力しか取り柄の無い自分を引き抜いて傍らに尽かせてくれた主。

今更裏切るなど出来なかった。


人がいない街ほど寂しくて空しい空間は存在しない。

ジョーカーの言葉通り…自分は余計に手出ししなくても良いのだろう。

ならばと拳を握る。

《ジョーカー様のお命は何が何でも守ってみせる。俺のこの肉体や魂を捨ててもだ…!》

自分は自分の任務を遂行し…そしてジョーカーの為に全てを尽くしてやると。

悪党にも美学が必要なんだと再認識するのであった。


【2】


その時だ。

風に乗ってなにやら生暖かい空気が流れてきた。

ジョーカーが戻ってきたかと思ったがそれなら火薬の臭いを漂わせてくる。

それなら可能性は一つ。

「…奴らか。」

上空の太陽を遮るように二つの大きな影が素通りしていく。

一つは翼を大きく広げた鳥。

もう一つは鬣や角を生やした細長い…龍らしき物体だ。


太陽の下で舞うように飛ぶ獣の背中から三人の人間が飛び降りて地面に着地する。

衝撃で地面が隆起してへこんだ。

「あら、また会えたわねおデブさん。」

黒い鉄扇を突き出すのは自分が敵と定めた銀髪の踊り子だ。

「驚いた?私はあの程度じゃ死なないわよ。小さくて優しい子猫ちゃんが助けてくれたお陰でね。」

しかしボルバはブハハと笑いながら言い返す。

「なぁに、貴様が生きているのは想定の範囲内だ。それに女がしぶとい生き物なのも承知だからな。」


ガチャガチャと太い指が小さな鎧の留め金を外している。

そこからドスンと重りが落ちるような音がした。

傷まみれで所々焦げた鎧が地面に置かれている。

「でも安心しろ。ジョーカー様の命令でお前らの命は取らないと言われてるからな。負けたら負けたで潔く消えてやるよ。」

鎧で隠していた筋肉はプロテインを飲み過ぎたように胸も腕も膨らんで腹も真っ二つに割れている。

その重そうな筋肉を支える足もしっかりと地面を踏んでいる。

「ワ~オ、ウチの男共より良い体してるじゃん。」


変なスイッチが入ったみたいに興奮するエルザの横で当のイケメン二人はヤレヤレと美女を宥める。

「止めとけ。筋肉モリモリマッチョマンにロクな奴は居ないぞ。」

「クソ…負けた…。」

いや一人は何故かガッカリしていた。

その背後に降り立った青い龍が慰めるように鼻を擦り付けてくる。

「オイ、お前も一体何考えてるんだ…?」

コイツもロクな男じゃないと引っ叩こうとしたら目の前から岩が飛んできた。

「…って危なっ!」

鼻先に触れる一方手前でケビンは両隣の男女の腕を引っ張って地面に伏せた。


岩は三人の後方にある民家の壁にぶつかって止まった。

ガラガラと家の素材が崩れて煙が出ている。

「ブハハハ!上手く避けたな!そりゃあ若いから筋肉もピッチピチでなくちゃイカンしな!」

自分の技を避ける反射神経にボルバは高笑いする。

彼の神経はジョーカーに似て好戦的なのかもしれない。

背後の惨状を見ながら三人は少しギョっとした。

「…こりゃあ家主の人卒倒するな。」

「大丈夫よ。他所もみんな壊れてるから。」


避難命令が解除されたら土下座すれば良いと聞かせて改めて相手と対峙する。

「てか舐めんなよデブ。俺はあと一年で三十路だけどな…筋肉は十代のままのカワイコちゃんなんだよ!」

叫びながらケビンか印を組むと太い火柱が螺旋を描いてボルバに飛んでいく。

何千度か分からない炎が肉体を燃やすも本人はマッスルポーズを取って炎を焼き払う。

「無駄だ。この肉体美…そう簡単には破壊出来ぬぞ!」

そこから両の腕を岩石で纏って突進してくる。

「旦那どきな!」

(アクアスラッシュ!)


ジャッキーが先頭に立ち、龍の紋様を浮かべた左手から水の斬撃を飛ばす。

水の刃は腕に当たって表面の岩を削り落とした。

「なぬっ?」

「どうやら効いてるみたいだな。」

ダメージとは言えないが初めて技が通用したと顔をにやけさせる。

「ウォーターカッターって見た事あるか?一見するとヒョロヒョロな水の線だけどよ…実はダイヤモンドすら切断する出来る凶器なんだ。つまりな…」


ここでドラグーンが急降下して主人の回りで螺旋を描く。

「圧縮された水は…家や山だって削り取れるんだぜ!」

最後の一言に合わせるように両手を組んで地面に付けると太い噴水が涌き出た。

噴水は姿を変えてドラグーンそっくりの龍になる。

「行け、ドラグーン!」

(トライングルスプラッシュ!)

三匹の龍が吠えながら敵に飛んでいく。

ボルバは必死で防ぐがジャッキーの言葉通りに集まった大量の水の勢いは凄まじく、コーティングされた腕の岩石が削られて無くなっていく。

「クソ…ならば…!」


【3】


ボルバは岩の腕を強引に取り外してその場からジャンプした。

残された岩石の塊は水圧に耐えきれずに粉々に砕ける。

「なら俺も本気を出してやろう。秘技…」

(ロック・オン・ザ・ワールド!)

ハァァァァと唱えると回りが地震のように雄叫びを上げて揺れ始めた。

それだけではない。

崩れた家の瓦礫やまだ崩壊していない建造物の材料もヒビ割れて術者に引き寄せられていく。

更には舗装された道の石さえも竜巻に煽られたようにガラガラと吸い込まれていく。

「マズイぜ足場が…!」

「慌てんなよ相棒。来い!フェニクロウ!」


ケビンは上空目掛けてピィィと指笛を吹く。

その音に紅の不死鳥が羽ばたきながら急降下してきた。

直ぐ脇の水門からドラグーンも水飛沫を撒き散らして現れる。

「エルザ、手離すなよ。」

「言わなくても分かってるわよ。アンタこそ落とさないでよ!」

「ヘッ…そんだけデカイ面見せなくても上等だ!」

ケビンはエルザを横抱きにしてバディに飛び移り、ドラグーンは飛行しながら主人をかっ攫う風に頭上に乗せる。

吸い込まれた瓦礫や石の材質は宇宙に捨てられたように宙に浮かんでいる。

大きい破片は足場になるように綺麗に並んでいく。

「どうだ!これこそ俺の再骨頂、死の空中フィールドだ!」


ボルバは巨大な隕石を召喚するとその上に立つ。

足腰もそうだがこんな空の上で風に煽られないその肉体も見事だろう。

不死鳥と龍は比較的大きくて幅広い足場に主人を降ろした。

でも下を見るとさっきまで自分らがいた地上がかなり遠ざかっている。

「落ちたら即死のステージか…えげつない真似しやがって。」

「まぁそれは普通の人間だけだ。俺らは落ちても多分生きてるから。」

「…どうやったらそんな理屈が出てくるのよ。」

エルザは大丈夫かと呟くのを堪えて二人に向き合う。

「でもこうなったら勝負するしか無いわね。ここからはチーム戦よ。皆の力を合わせるのよ。」


慎重に足場を歩いて端のギリギリまで近寄る。

そこから数メートル先には標的が待っているのだ。

「良い?ダンスでも演劇でも大事なのはチームワークよ。一人が欠けたりそれぞれがバラバラに演技しては駄目、呼吸を合わせるのよ。そうすれば活路は必ず見出せるから。」

「うわぁ…急にやる気になったな姐さん。」

「違ぇよ、変なスイッチが入っただけ…ってあだぁ!」

喋っている合間にエルザはケビンの革靴を思い切り踏んでいた。

ただでさえ脚力が鍛えられているので踏む力もかなり強い。

「もう、余計な事言わないでよ馬鹿!折角勇気付けようとしたのに!」

「だからって足踏む事ねぇだろ!突き落とすぞアバズレ!」

「なんですって!?もう一回言ってみなさいよこのロリコンもどき!」

「誰がロリコンだ!せめて保護者と言え!」


ぐぬぬぬぬぬと白目を向いて火花を散らす二人にジャッキーは掛ける言葉が見つからない。

二人共負けず嫌いな面があるので互いに挑発すれば直ぐに喧嘩に直結してしまうのだ。

「オイオイ、喧嘩するなら終わってからでも…」

「「テメーは黙ってろ!ヘタレ野郎!」」

―なんでこういう時だけ息が合うのか。

第三者の視点から見るとそうだろう。

ジャッキーはヘナヘナとしゃがんでしまった。

バラエティで良くある金だらい落としみたいな衝撃が脳を刺激して何も言えなくなっていた。

《あぁ…誰でも良いから助けてくれ…。》


この時ジャッキーは後悔した。

ジョーカーやボルバより危険な人間を敵に回してしまったと。

多分泣いて土下座しても自分を責めてくると。

「何してんだ相棒、手貸せ。」

「抜け駆けは許さないわよ、準ロリコンもどき。」

その気持ちを知らずに当人達はキツく言い立てる。

反論する気など更々沸いてこない。

《…やっぱり…姫と残れば良かった…。》

悔やんでも最早後の祭り。

腹を括るしか無かった。


【4】


「へっくしゅん!」

時計塔の中でマナは盛大にくしゃみをしていた。

窓も閉めていて寒くないのになんでだろうと疑いながら。

すると少女の隣に座る天馬がスンスンと鼻を鳴らす。

「え?誰かがマナの噂話してるの?」

瞬きして答えればふ~ん、誰かなぁって呟きながら窓の外を眺める。

昨日と違って廃墟になりつつある街の様子に不安や心配が込み上げてくる。


この時計塔もいつ破壊されるか分からない。

そしたら一目散に逃げろとケビンは言っていた。

《でも…マナだけ逃げるなんて出来ないよ。》

卑怯だし何より自分だけ無事でいるという立場が逆に憎かった。

不意にペガクロスが窓のサッシに置いた手を舐めた。

「ペガちゃん…。」

細長い顔のラインをなぞる様にマナは手を添える。

「ゴメンねペガちゃん、ママの所に連れて行ってくれる?」


その言葉にプルルルと天馬は喉を鳴らす。

マナは脳内でそれが危険だから止めろと叫んでいると直ぐに見抜いた。

「危ないのは分かってる。でもやっぱり一人で逃げるなんて悪いよ。マナだってスキル使いなんだよ?だから皆の力になりたいの。」

曇りの無い真珠の瞳が一直線にペガクロスを見つめる。

それは単なる我が儘では無く、戦士としての覚悟を決めたと伝わってくる。

「マナ…いつも皆に助けられて…守られてばっかりなの。でもいつまでも守られてばかりじゃ駄目なの。今度はマナが皆を守る番なの。だからお願い。」


一人と一体の間に流れる不思議な空気。

でもそれを引き裂くような轟音と振動で時計塔全体が揺れた。

天井からパラパラと小さな破片が降って頭や服に掛かる。

マナはペガクロスの背に乗って直ぐに外へ出た。

かなり遠ざかると時計塔の文字盤が切り離されて大きな円盤になって何かに吸い込まれていく。

「あっちに行って!きっとママ達もそこにいるよ!」

マナは瓦礫が集約している空を指差した。

目を懲らせば確かに人影も確認出来る。

「プルル…。」

「恐いのは感じるよ。それでも行かなきゃ!お願い飛んで!」


その叫びを遂にペガクロスは受け入れる覚悟を決めた。

自分よりも遙かに小さな子供が命を張ると叫んでいるのだ。

ここで逃げては主人に会わせる顔が無い。

後戻りは出来なかった。

「ヒュルルル!」

純白の翼が一層大きく開いて羽ばたく。

マナは振り落とされないように首に巻き付くようにしがみついた。

細いが筋肉の筋が浮かぶ四本の足が助走しながら空へと駆け出し、翼が上下にバサバサと動いた。

そこからペガクロスは引き寄せられるように一気に円盤を追い掛け始めた。


至る所に散乱する瓦礫がどんどんゴミのように吸い込まれていく。

同時に掃除機の吸引力にも引けを取らない暴風がマナとペガクロスの背後から吹き付けてくる。

「ペガちゃん大丈夫!?」

「フュュュ!」

「え?自分よりマナの事が心配?ありがとう、マナは大丈夫だよ。」

風圧で落ちないようにマナはなるべく姿勢を低くしていた。

それでも剥き出しの手は風で熱を奪われてかじかんでいき徐々に力が抜けていく。

ペガクロスも首への握力が弱くなっているのを感じたのか、飛ぶ速度を速めていく。

なんとか術者の近くまで辿り着けば体制を立て直せる。

そう考えてだ。

「プアァァァァ!」

渾身の雄叫びを上げると緑のオーラが膨らんでペガクロスの体を包む。

たちまち彗星をイメージさせる光弾と化して細長い隕石群を突破していった。


シュッバッと目の前に白い光が見えた気がした。

ようやく開けた場所に到着したと油断してしまった。

目の前から重力を失った拳大程の岩石が落ちてきてペガクロスの右足に命中した。

「プハァ!」

「あ!ペガちゃん!」

痛みでペガクロスはバランスを崩してしまい、激しい揺れで遂にマナの手が滑り落ちた。

不安定な上半身を両足が支える暇も無くマナの体が落馬し始めた。

「ペガちゃんー!」

「プルァァァー!」


【5】


少女の悲鳴と獣の悲しい叫びが無人の街に響く。

これまでかと―。

だがそのピンチに眠っていた力がまたも答えた。

落ちていきながらも必死に伸ばされたマナの右手からピンク色のオーラが現れて手首に何かが具現化した。

庭園に美しく咲く薔薇の花、それを触ろうとする愚か者を傷付ける鋭い茨の蔓だ。

マナは戸惑いながら頭を回転させて蔓を投げ縄の容量で空に放り投げた。

すると投げられた蔓の片方をペガクロスが条件反射的に口に咥えた。


ピーンと蔦が垂直に張ってマナの体が宙ぶらりんになる。

「投げて!」

上等と答えるようにペガクロスが思い切り蔦を引くとビヨ~ンと逆にバンジージャンプするようにマナは空に舞い上がった。

それを見ると天馬は蔦を口から離して少女を受け取る。

「はぁ~…死ぬかと思ったよ…。」

「プルルル…。」

「え?もっと自分の命を大事にしろ?じゃないと鬣が全部抜け落ちる?」


スンスンと鼻息で伝える天馬に説教されてマナはハ~イと力無く答える。

「取り敢えず合流しないと。多分アソコだよ。」

二人の視線の先には特大のチョコボールクラスの隕石が浮かび、その周囲を瓦礫が輪を作っている。

まるで宇宙の惑星のようだ。

その隕石の手前に白い円盤が浮かんでいるのをマナは見抜いた。

気高き天馬は翼を広げて直ぐさま飛び立つ。


さっきまで街の時を刻んでいた文字盤は純白のバトルステージに化していた。

ボルバは両手足を岩石で包んで三人に挑んでいた。

岩を嵩増ししたばかりに少し背が高く見え、それで巨体に見えていた。

(ブレイズバレット!)

ケビンがボルバ目掛けて炎の弾丸を放つ。

不死鳥の形に変わって飛んできた弾丸をボルバは太い腕で薙ぎ払って掻き消した。

「やっぱりあの岩が厄介だな。あれさえ吹き飛ばせば丸焼けに出来るんだが…。」

「こんな所でキャンプファイヤーなんかご免よ。第一逃げられなくなるわ。」


エルザは右手だけに鉄扇を持つと両足の踵を揃えて垂直に立つ。

「ジャッキー、アンタの能力貸して。」

「よっしゃ!待ってたぜ!」

何を待ってたんだがと溜め息を付く相手をスルーしてジャッキーは踊り子の背中に右手を添えた。

自分やケビンと違って筋肉の付いていない柔らかい背中。

その感触に一瞬ドキッとするが今は浮かれている暇は無いと首を振る。

そこから神経を集中させると右手が青いオーラに包まれ手の甲には龍の紋章が浮かぶ。


オーラは背中から張って突き上げた右腕を包んでいく。

「行くよ!二対秘技…」

(ハイドロカマイタチ!)

緑と青のオーラが螺旋を描く右腕を優雅に振ると溢れる水の刃がマシンガンみたいに放たれた。

ボルバは両手でガードするが圧を高めた水の力は甘くなく、鰹節みたいに岩が削られていく。

「小賢しい真似を…!」

悪あがきを見せるように矢じり状の石がエルザ目掛けて投げられた。

ヒュン、と空を切る音がして石が左耳の下を貫通する。

「…っう。」

「姐さんどうした?切れたか?」


ジャッキーが正面を確認すると左目の下に切り傷が入って血が滲んでいた。

あと数センチ上だったら失明していたかもしれなかった。

「平気よ。自然に止まるから。」

「そうか。でも無理すんなよ。」

ハンカチを出そうとしたら横からカットバンのシートが突き出された。

知らぬ間にケビンが自分の横に来ていた。

「これ使いな。血とかダラダラ出てると意識そっちに行くだろ。」

「…お気遣い結構。でも勲章だと思えば軽いモノよ。」


優しく突き返す踊り子の顔は何故か赤面している。

言い知れぬ甘い空気が流れてジャッキーは足を一歩後退させた。

だがそのやり取りが大きな隙を生んでしまった。

「ハッハッハッ!余所見してる場合かよ!」

ゴンッと鈍い音がして文字盤の中央に亀裂が生じた。

亀裂は直ぐさま広がって全体が崩れ始める。

「うわっ!ヤベー!」

「無様だなぁ!そのまま落ちろー!」


【6】


ボルバが自分の勝利を確実にしたその時。

原型を失った文字盤の崩壊がゆっくりと止まっていった。

「ん!?なんだコレは!?どうなってるんだ!?」

見ると割れ目から緑色の蔦が生えている。

それが他から伸びた蔦と絡まって崩壊を食い止めていた。

ケビンは揺れによろめきながら下を見る。

すると絵本に良く出てくる魔法の豆の木に似た蔓が下から足場を支えていた。

「旦那…この技まさか…。」

「あぁ…そのまさかだな…。」


チッ、と聞こえるか聞こえないか分からない程の小さな舌打ち。

その場の気温が急激に下がっていく。

《あの馬鹿…!今度こそ引っ叩いてやらなきゃ本気で寿命縮むぞ!》

二度ある事は三度あるようにまた同じ無茶ぶりが繰り返されるのか。

そう思うと重圧があった。

「この俺に勝負を仕掛けるとは何処のどいつだ!出てこい!叩きのめしてやる!」

ボルバは厄介者が増えたと決めて構えるが何処からも現れない。

―いや、自分の周りしか見てないのが仇となった。


「…ゎぁぁぁぁ」

空の上から声がした。

それもどんどん地上に向かっている。

でもその場の全員は気付かない。

「まぁ良い。貴様らを先に始末しても同じ事!喰らえ!」

決めの大技を放とうと両手を左右に広げてポーズを作った瞬間、

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

「ん!うわぁ!上から…」

―ゴ~ン。

大晦日を大幅にずれた除夜の鐘とでも言えるのか。

光が反射するスキンヘッドの脳天に小さな頭部が命中した。

流石の筋肉モリモリマッチョマンも頭部の衝撃は受け流せずにゆっくりと後ろに倒れた。


ボルバの体をクッション代わりにして落ちてきた影。

高度が高い場所にいるのでツインテールがゆらゆら風に揺れている。

「いった~い…着地ミスったぁ…。」

頭を擦りながら起き上がった少女は背後にいる人間達に振り向いた。

「あ、ケビン!良かった!やっぱりここに居たんだ!」

数分遅れて少女を乗せてきた気高き白馬、いや天馬も文字盤の上に降り立つ。

「姫…なんで?」

「ゴメンねジャック。やっぱり一人で逃げるなんて卑怯だと思って…だから探しに来たの。」

「マナ…そこまでして私達の事を?」


近寄ったマナはエルザの左目の傷を見てそっと手を当てた。

柔らかなピンク色のオーラが優しく傷を包む。

「ほら、マナだってちゃんとスキル使えるんだよ。そりゃあケビンやジャックやママと違ってあんまし役に立たないけど…でも良いの。怪我してもマナなら直ぐに治せるもん。」

オーラが収まったのを見て手を離すとエルザの頬の傷は綺麗に消えていた。

そこでようやくケビンと目が合った。

―彼がこの上無く無表情なのは知らずに。

「マナもケビンの力になりたいの。だから決めたんだ。何があってももう一人で逃げないって。だからお願い…隣に居させて…。」


一向に返事が無いので抱き付こうとした瞬間だった。

バシッと乱暴に扉を閉めたような音が響いた。

驚くマナの左頬が赤く染まる

「え?ちょっ旦那…!」

「…お前の気持ちと覚悟は受け取った。でも一人で無茶すんのはいい加減にしろ。」

マナは叩かれた所を押さえて俯く。

プルプル震える唇を開くと嗚咽を漏らした。

「なんで?そこまでしてマナを子供扱いしたいの?」

「…違う。」


柔らかい左手と向かい合った武骨な右手が重なる。

「俺は一度…目の前で子供を失った。だから他所の子供見てるとな…どうしても見過ごせなくなるんだ。」

男の右手が手首から腕を伝い、首の後ろに回される。

それから引っ張られるように小さな頭を包み込んだ。

「俺は誓ったんだ。二度と同じ過ちは犯したくないって…。だから余計に心配になるんだ。」


【7】


―マナはいつものハグと違うと直ぐに気付いた。

当てられた手は小刻みに震えてて氷みたいに冷たい。

普段ならもっと暖かくて心地好いのに…それを上書きする位の冷たさだ。

「ケビン…ゴメンね…マナ…」

言葉は続かずにグッと首が絞められる程の圧迫感が伝わる。

「もういいんだ。俺もいきなり叩いて悪かったな。」

ケビンは肩から離れるといつもの笑顔で向かい合う。

「お前も自分の命をあんまり蔑ろにするな。自分の出来る範囲で守ってくれれば充分だからな。」


ケビンの真後ろでジャッキーとエルザはアイコンタクトで合図して笑っていた。

心の中で「お前も人の事言えないだろ。」と軽く説教しながら。

「…クソ~、よくもやってくれたな!」

その和気藹々振りに水を差すようにヨロヨロと大男が立ち上がった。

体と同じ位頭部も頑丈なのだろう。

「こうなったら纏めて来やがれ!大勢だろうがぶっ倒してやる!」

ボルバが空中の戦場で一際目立つ巨大隕石を手元に引き寄せると豪腕で砕いた。

その破片と浮かんでいる瓦礫等が体を覆っていき、強固な岩の鎧を形成した。


上空の太陽の光が男に当たって大きな影を作る。

同じ人間とは到底思えない大きくて恐ろしい影を。

「どう~だ!この最強の鎧“クライム・オブ・ストーン”に防げぬ攻撃など無い!つまり貴様らに勝ち目は無いのだ!」

ガハハハと勝利の雄叫びらしからぬ笑い声が目障りクラスに聞こえてくる。

「…チッ。ああいうの一番嫌いなタイプね。」

「同感だ姐さん。お山の大将は猿山のボスザルで充分だからな。で、どうする旦那?」

ケビンは瞳を細めて敵の真下を見つめる。

その目は…何か策を巡らせてるような瞳だ。


―《石は同じ場所に屋根から落ちた雨水を打たれると…その部分に穴が空く。川底に敷き詰められた石は水の激流で表面を削られる。》

―《岩に打ち勝つのは同じ岩同士、或いは水の類いだけか?》

瞬間、大理石を貫く植物の蔓に気付く。

そして脳内にアスファルトの割れ目から生えた雑草のイメージが浮かんだ。

―《花の種はアスファルトの下や岩の隙間にも入り込む。雨と日光さえ与えれば自然に育って…》

―貫く。

頭の電球がピカーンと閃いた。

「そうか…分かったぞ。」

「え?」

「奴の鎧を砕く方法だ。フェニクロウ!」


バサッと翼を広げた不死鳥が舞い降りる。

ケビンは折り曲げてきた頭部に囁いた。

「いいか、お前らにも手伝って貰いたいんだ。お前ら三体のチームワークが無いとこの作戦は攻略不可能だ。出来るか?」

クルルルと喉を鳴らしてフェニクロウは飛んだ。

ドラグーンとペガクロスも後に続く。

「旦那、要するに俺様達は奴を丸裸にさせれば良いって訳か?」

「そうだ。鎧が崩れたその一瞬に俺がトドメを指す。出来そうか?」

「勿論だぜ旦那。任せときな。」


作戦会議が終わるタイミングでボルバが動いた。

「来ないのならコチラから行くぞぉ!」

(マッスル・イン・ザ・ストーン!)

岩石で形成された腕が拳を作って迫る。

ジャッキーは胸の前で交差させた両手に龍の紋章を浮かび上がらせる。

(バブラッシュランチャー!)

大量のシャボン玉のマシンガンが放たれた。

グイグイ迫る腕は難なくシャボン玉を破裂させ、四人に命中した。

「ハッハー!どうだ!」


だが衝撃と煙が消えた先には緑色の壁らしき物が出現していた。

良く良く見ると地面から生えた何本もの太い蔦がアップルパイの表面の格子模様みたく絡んで衝撃を受け止めていた。

《チッ!さっきのシャボン玉は囮か!》

止める間も無くエルザが岩の腕を猛ダッシュで走ってきて鎧に蹴りをお見舞いした。

生身の人間なら吹き飛ばされるが堅い鎧には通用しない。

「あら、デブも捨てた物じゃないのね。」

「フン、ありがと…な!」


細い足を掴まれてエルザは投げ飛ばされるが身軽に着地する。

《乱舞・千連カマイタチ!》

お返しにとばかりにエルザは風の刃の雨を飛ばす。

ボルバは両手を組んでカマイタチを受け止めた。

ガガガガと鑿岩機みたいな音に紛れてエルザは懐に入り、顔面を蹴り上げた。

「ぬぼぉ!」

「あ~ら、ここは脂肪がプニプニなのね。」

プライドを舐められたボルバは怒り狂い、両手を組んだ拳を振るい落とす。

踊り子は華麗に避けてボゴッと地面がめり込んだ。

「テメー…女だからって調子に乗りやがって…!」


【8】


逃げる先を追い掛けようとしたその時、

「おうっ!」

銀髪の頭上から伸びてきた三本の茨。

トゲに覆われた緑の鞭が筋肉の鎧を縛り付ける。

「無駄だ…こんな甘っちょろい攻撃など…」

―ガシッ。

目の前が真っ暗になった。

目を懲らすと白いパーカーの紐が鼻に当たる。

マナが顔面に抱き付いて来たのだ。

「あ、こら!離れろチビガキ!」


腕は封じられ、大きく頭だけ振るが中々離れない。

だが力の余波は少なからず効いて茨には小さな亀裂が入る。

マナは振り落とされるのを承知で空へ向かって叫んだ。

「フーたん!ドラ!ペガちゃん!行くよぉっ!」

巨体を縛る茨のもう片方をマナは空高く放り投げた。

呼び出された三体のバディたる守護獣は投げられた蔓を口に咥えてバラバラの方角に逃げる構えを見せた。

「あがががが!」

ふざけたように見ていたボルバは予想だにしない痛みに悲鳴を上げる。

別々に四散する…それは縛り付けたままの茨に三方向から痛みが来る事だ。

しかも思いっきり引っ張るので気分はさながら包装されているボンレスハムだろう。

「おのれぇぇ!これでどうだぁ!」


雄叫びに呼ばれて地面から新しい岩の腕が召喚された。

その腕はマナの両脇に滑り込んで小柄な体を引き離した。

「どっせいぃぃ!」

「わわわぁ!」

野球ボールみたいにマナは後方へと投げられるも気付いたエルザが見事に受け止めた。

反動でフィールドの端まで下がるもギリギリの地点で足を踏ん張る。

「マナ!大丈夫?」

「うん。でもママ…また足痛めちゃうんじゃ…?」

しかしエルザは笑いながらマナを地面に降ろす。

「心配しないで。マナは小鳥より軽いから受け止めても怪我なんかしないわよ。」


ウフフフと笑うがボルバに視線を戻すと一変、悪魔の顔付きになる。

「ちょっとアンタ!子供をボールみたいに投げるんじゃないよ!」

「ウルセー!喰らえぇぇ!」

(ロッキーブリザード!)

岩の手の真ん中に開いた穴から石のマシンガンが撃たれた。

エルザは身構えるがその前にジャッキーが立つ。

「姐さん、今度はさっきと逆で行くぜ。」

「分かったわ、でも外さないでね。」

天馬の紋章が浮かぶ右手が紅のコートに添えられる。

「砕けろ!必殺…」

(スプラッシュブラスト!)


合唱した両手を突き出すのを合図に青色の竜巻が光線状に打ち出された。

竜巻は石を粉々に砕いて相手に命中する。

「無駄だと言った筈だぁぁ!この鎧に防げぬ攻撃など無いとなぁぁ!」

だがジャッキーはニヤリと笑って目の色を変える。

「なら…これでどうだぁぁぁ!」

ジャッキーの手から青のオーラが浮かび、水流の勢いが増した。

「無駄無駄!そんな技など…!」

―ビシッ。

嫌な音がした。

竜巻が一点に命中している箇所にひび割れが入った音だ。

―ビキビキビキ。

割れ目は放射線状に鎧全体へと広がり、遂に、

「うぉぉぉぉぉ!」


あらゆる技を遮っていた厄介な鎧が砕かれた。

露わになった素肌に水の竜巻がヒットしてボルバは苦しむ。

やがて風が止んでジャッキー達の目の前には一直線に濡れた白い地面が現れる。

「ば、馬鹿な…!この俺の…鉄壁の鎧が…!」

もがく男の目に黒い革靴が映る。

「どうやら勝負アリだな。」

ケビンがズボンに手を入れて仁王立ちする。

「なん…だと…!」

「確かにお前は防御の達人だ。でもな…岩ってのは固そうに見えて実は弱い物質なんだぜ。」

そう言って地面に足元の小さな石の欠片を拾う。

「岩を削れるのは水だけじゃない。雑草や木だって岩に強いんだ。」

「何…!?」

「雑草って自然界一の厄介者でさ…抜いても抜いても水と日光さえあれば何度でも生えてくるんだ。それこそ土の地面からアスファルト、コンクリートでさえぶち破ってニョキニョキ顔出すんだぜ。」


根も葉も細い上に火に弱い雑草。

なのに生命力は動物や人間よりも遙かに強い不思議な物体。

日常生活でも花や野菜の苗や稲穂は大事にされ、雑草はいつも憎き存在と扱われている。

「それで閃いたのさ。お前の鎧を壊す方法がな。」

「…。」

「その茨は単なる足止めじゃ無い。鎧を壊す段取りの下準備だ。ある程度強度さえ下げとけば後はジャッキーの技で木っ端微塵に出来ると考えたんだ。」

静かに話すケビン。

その右手には赤いオーラが集まって愛用の弓を構えている。

「鎧さえ無くなれば…心置きなくお前を一撃で仕留められる。恨みは無いが…勘弁してくれよ。」


観念したのか、ボルバは無言で動かなくなった。

ケビンは様子を見ながら弓を左手に持ち替え、右手には矢を三本構える。

「…まだだ。ジョーカー様の笑顔の為にも…この場で朽ち果てる訳には…!」

ブチブチと茨が千切れていく。

「いかんのだぁぁぁ!」

最後の悪あがきを見せるような雄叫びを上げた。

自慢の鎧は胴体の箇所が破壊され、腕と足に装飾品を付けたようなはしたない姿になっている。

「貴様のような若造が…ジョーカー様に楯突くんじゃねぇ!」


【9】


感情を失い、白目を剥き出しにして吠える男。

次の一撃で全てを終わらせると訴えるような空気が流れてくる。

「…ジャッキー、エルザ、手貸してくれ。」

「あいよ旦那。」

「さっさと決めちゃってよ。」

ケビンは矢尻を弦に引っ掛けて目一杯引く。

その背後に指名された二人が立ってジャッキーが左手、エルザは右手を背中に当てた。

龍と天馬の紋章が浮かび、青と緑のオーラがケビンの右腕に伝わる。

フェニクロウらも舞い降りて各々の主人へと憑依した。


ボルバはバシッと大きな両手を合掌させる。

体からは怪しげなオーラが立ち上った。

《幸いアイツが繰り出すのは溜め技だ。ならばコイツで仕留めてやる。最終秘技…》

(アンダーストーンウォール!)

ボルバは最後の力を振り絞って高層ビルかと思う程の岩の壁を召喚した。

壁はズズズと動いて迫ってくる。

しかも早い。

だが三人は逃げずに自分等の技に力を注ぐ。

「ケビン!来るよ!」

背後からマナの悲鳴が聞こえた。

その悲鳴が…寧ろ発動の合図となった。

閉じられた六つの瞳が一斉に見開かれる。

「くたばれ!三位一体…!」

(((トライアングルアロー!)))


射ぬ狩れた三本の矢が赤・青・緑の不死鳥に姿を変えて交互に螺旋を描きながら飛んでいく。

三色の矢は迫り来る壁を意図も容易く破壊した。

そこから矢は一ヶ所に纏まり、三色の体の不死鳥へと化してボルバの腹部に命中した。

分厚い脂肪も何のそのに不死鳥は男を空へと浮かばせる。

「馬鹿な…俺が…負けるとは…!」

真っ白い光が放出されていく。

「お許しを…ジョーカー様ァァァ!」

光はその断末魔を飲み込んで大規模な爆発を引き起こした。


爆発は原型を留めていた家の残骸を砕き、周囲の瓦礫を吹き飛ばす。

波動は街全体に広がって地面も壁もビリビリと振動した。

その様子はトラックに乗って街から避難していた住人の目にも見えていた。

「なんだありゃあ…!」

「すげぇ…!映画じゃねぇかよ!」

「い、一体誰が…!」

―永遠に続くと思った波動は直ぐに収まって光が街から消える。

崩壊した街はさっきの激闘が嘘のように静まり返った。


音が消えた空間。

そこに立っていた一人の男の体が重力を失って地に伏せられた。

「ケビン!」

「旦那!」

倒れた相棒を抱き起こそうとしてジャッキーは手が妙にヌルヌルするのを感じた。

ハッとして見ると掌が汗でグッショリ湿っている。

相当の神経と集中力を酷使していた証拠だ。

《なんて男だよこの人は…!こんな状態になるなんて…普通じゃ有り得ん…!》

その間にエルザはハンカチで顔や首の汗を拭っていた。

発刊作用が酷くて薄いハンカチは水分を吸収出来ずに湿って重くなる。

「この馬鹿…一人きりで無茶しないでよ…!」


少しでも熱を逃がしてやろうとシャツのボタンを緩めていた手がピタリと止まった。

シャツの下の素肌は筋肉が引き締まって美しい。

が、その美しい肉体の所々に傷や痣がある。

それも消えかけや化膿している物ばかりだ。

多分病院に行かず、自分でも手当てしないで放置していたのだろう。

それはケビンが人の手を借りずに一人で生きてきた事を伝えていた。

ペンダントの鎖を摘まみながらエルザは胸が熱くなる。

「ケビン…貴方こんなボロボロの体でずっと旅してたの?どうしてこんなになるまで…?」


返答は無い。

神経が途切れ途切れになって返事する余裕が無い。

「とにかくどっか日陰になりそうな場所に運んだ方が良いわね。少し休ませないと。」

「そうだな…。」

地面にしゃがんでいたマナはあっ、と唸って文字盤に手を当てた。

ゴゴゴゴと白いフィールドを支えていた太い蔦が沈んで全体が下りのエレベーターのようにゆっくりと地上へ下りていく。

足の爪先が届く高さまで下りるとジャッキーはケビンを背負って地面に地上に立った。

「ジャック…ケビン大丈夫だよね?」

「…そうなっててほしいと俺様は信じたいぜ。」


自分が先頭を歩き、マナはエルザと手を繋いで後に続く。

改めて見ると観光の都は僅か半日で廃墟になってしまっていた。

避難している人々には何と説明していいのか思い付かなかった。

でもまずは相棒の命が最優先だとジャッキーは街の奥へと静かに歩いていった。


【10】


死闘が繰り広げられた文字盤のフィールド。

その目と鼻の先には丸い大きな岩が鎮座していた。

コツコツとヒールの高い靴を履いた人間が接近し、手にしていた拳銃を岩目掛けて発砲した。

頑丈な岩はピシッと亀裂が入り、簡単に真っ二つに割れた。

「ご苦労だったねボルバ、ほら起きて。」

卵から孵化したヒヨコみたいに巨体が前のめりに倒れる。

「ジ、ジョーカー様ぁ…。」


ボルバのトライアングルアローの爆発で残っていた籠手の部分も吹き飛び、完全に丸裸になっていた。

ゲホゲホと咳き込む大男をジョーカーは襟首を掴んで容易く立ち上げた。

「どう?惨めな気分だろう?ギルクも五年前に今のお前と同じ気持ちにされたんだ。ま、気持ちの良い答えじゃ無いしね。」

仮面の目の部分に開いた穴から鋭い眼光が差してくる。

ボルバはその光で自分の死を覚悟した。

「ジョーカー様…どうか許しを…!」

「ウンウン、余計な真似したらリーダーにあれこれ言われるしね。とにかく引き上げよう。」


よっとっ、と言って自分より大きな男をジョーカーは担ぐ。

ボルバは重くないのかと疑うがそこはジョーカーの力を信じて口出しはしなかった。

「一部始終は拝見したよ。ギルクも中々やってくれたな。」

「…あの男化け物ですよ。人間とは思えません…。」

一歩を踏み出そうとしたジョーカーの足が止まる。

「それは違うな。人間ってのは大切な物を守ろうとすると無意識に化け物へと変貌するんだ。お前も俺の為に命を張れば自然とそうなるんだよ。」

「そうでありますか…?」


ゆっくりと歩きながらジョーカーは崩壊仕掛けた街を眺めて歩く。

その脳裏に五年前の影を思い出していた。

炎に飲まれた街の一角…其処で自分は泣きながら必死に手を伸ばす若い女の命を奪った。

ケビンが…この世で最も愛していた人を…非情にも彼の眼前で殺したのだ。

ケビンの目にはあの時飛び散った彼女の血飛沫がこびりついている。

同じ場面をまた見せたら…次こそ彼は人間で無くなってしまうだろう。

「ボルバ、聞いてくれ。」

「はい。」


ずり落ちた巨体を持ち直してジョーカーは囁く。

「アジトに帰ったら暫く休養しろ。その間、リーダーやクイーンの動きを見張ってくれ。」

「な、何故にそのような事を?」

「多分皇帝はお前がボロ負けしたのを見通している。だから残る三人をギルクへ差し向けてくる筈だ。その時に何処へ向かったのかを俺に教えてほしい。」

脱力していた腕に力が宿ってボルバは牙を見せた。

「まさか楯突くつもりですか!?いくらなんでも危険です!ジョーカー様に何か起きたら…俺はどうしたらいいのか…!」


自分の獲物を横取りされないよう…邪魔者は抹消する。

そんな言い回しに聞こえてボルバは抵抗した。

しかしジョーカーはクックッと笑う。

「手は出さないよ。戦力を観察するだけだ。そして気が熟したら…直接会いに行くつもりだ。」

「あ、はぁぁ…そうでございますか。」

良かったと内心ホッとしながら今度こそ脱力してダランと垂れる。

その分力を抜いて体重が余計に伸し掛かって来た。

「ボルバ、流石にちょっと重いからダラダラしないで。」

「はぁ!も、申し訳ありません!」


漫才宜しくのやり取りをしながら二人は瓦礫の街から去っていく。

入り口付近まで来るとジョーカーは後ろを振り返った。

「ギルク…俺と決着付けるまで絶対にくたばるなよ。」

向こうは自分を宿敵だと見ている。

対してジョーカーはケビンをライバルのような関係にしていた。

―誰にも邪魔させない。

―あの男だけは…自分の手で倒す。

改めて誓い、そのまま去って行くのであった…。

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