表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメントバトリッシュ  作者: 越後雪乃
~第二幕・憎き再会と不思議な赤い糸~
10/34

強敵襲来!疾風VS岩石

【1】


街の大通りで一番人が集まる大きな建造物。

地上十階建ての名物でもある大型デパート「タイヨウ」だ。

警察が街を巡回しながらも買い物客が途絶える事は無い。

その長い人混みをスタスタと歩く二つの影があった。

「ママ早いよ~。」

「ちゃんと手繋いでる?」

「いるよ、せめてゆっくり歩いてよ~。」


エルザはマナの手を握って早足でデパートに入る。

衣服を成さなくなったドレスを脱いだ服装は変装用のハンチングとサングラス、白いシャツにデニムのジーンズとジャケット。

靴もミュールでは歩き辛いのでパンプスに履き替えていた。

この服装でも充分良いが自分も女、イメチェンも大事だという願望はある。

なのでそれを叶えようと多くの女性が賑わう婦人服売り場へと向かっていた。

幸い多くの客が壁代わりとなっているので正体はバレていない。

なのでリラックスして買い物が出来ていた。


ハンガーに吊るされたシャツやブラウス。

ジーンズもスカートも全部買いたい。

今まで支給される物しか所持していないエルザにとって自分の意思で買い物するのは新鮮だった。

色、サイズ、値段。

こんなに飽きない時間は初めてだ。

「ねぇねぇ、どれが良いかな?」

二種類のブラウスをマナに見せる。

「う~ん分かんないや。ママが決めないと。」

マナは少し退屈気味に答える。

生憎ここの服は大人の女性向き。

エルザの買い物が終わらないと子供服売り場に行けなかった。


あれだのこれだのと練るに練って粘る事一時間。

マナは試着室の前で立っていた。

勿論エルザが着替えるのを待っているのだ。

その間に通路を見たら同い年の子供と買い物している女性が何人か居た。

それを見てマナは言葉を失う。

―自分はどうだろう?と。

カーテン一枚隔てた相手は実の母親では無い。

エルザは寂しかったら母親だと感じても良いからとは言っていたがそれでも抵抗はあった。

考えていたらシャーッと試着室のカーテンが開いた。

「お待たせ~。」

「…っは!マ、ママ…。」


慌てて振り向いた先には見違える程綺麗な踊り子が立っていた。

エルザが選んだ服は襟の付いた水色のノースリーブシャツと細いオフホワイトのパンツ。

華奢な腕が丸見えなのと腰回りが絞まっているお陰でモデルと間違えそうなスタイルだ。

加えて長い銀髪をポニーテールにしているのが可愛さを強調している。

「うん…凄い…綺麗だよママ…。」

心配掛けないようにマナは無理矢理笑う。

でもそれが自然な笑顔で無いのをエルザは見通していた。

だが追求はせずに手を握って次は念願の子供服売り場に向かった。


目当ての場所にはおもちゃ箱の世界のようなカラフルな洋服が並んでいる。

私服は勿論、ドレスやアニメのなりきり衣装なんかも取り扱っていた。

マナは歓声を上げそうな笑顔で洋服を見て回る。

「マナちゃん、私試着室の前で待ってるからゆっくり選んできてね。」

「うん!」

答えるや否やトコトコとその場から遠ざかるマナ。

残されたエルザは着替え前の私服を入れた紙袋片手に試着室の近くまで来ていた。

少し歩き疲れたので直ぐ近くの椅子に腰掛ける。


相変わらず多くの親子連れがこの売り場と隣接するおもちゃ売り場を行ったり来たりしている。

それを眺めてエルザはマナの苦労や苦悩を感じていた。

本来あの年齢ならまだ親に甘えたいし学校にも通うべきだ。

でもマナはその両方を捨てて過酷な旅をしている。

改めて考えると凄いと同時に可哀相と思う。

―あの子は実の親と生き別れになっている。

―自分といてもその寂しさが全部取り除ける筈は無いと。

《私が…あの子を…。》


いっその事拐って自分の元に閉じ込めたら?

そうすれば一緒だし寂しさも消える。

でもそれでも本人は幸せにはならないと理解する。

―自分がしてあげられる事等あるのか?

その答えは最後まで見つからなかった。


【2】


それから十分後。

マナは意外と早く服を決めて持ってきた。

新しい服は雪色のパーカーに赤いショートパンツ。

白が肌の色に馴染み、赤色は彼女の明るい面を強調するようなコーデだ。

「あら似合ってるわね。可愛いよ。」

「え?そう…かな。」

マナは自分で選んだ服装に自信が持てないよだ。


でもケビンとジャッキーに見せたら目の色変えて飛び付いてくるとエルザは読む。

「マナちっちゃいし…お胸も大きくないのに…。」

「そんな事無いわよ。小さくてもマナちゃんは可愛いお姫様なんだから、もっと自信持って良いのよ。」

会計を済ませて二人は売り場を後にする。

「次は何処に行こうか?行きたい所ある?」

「うん…マナね…ケーキ食べたい。」

店内の案内表示を見たら八階がレストラン街になっていて喫茶店もある。

目的地が決まると二人はエスカレーター目指して歩き出す。


マナは右手に袋を持ち、左手でエルザの手を握る。

なので薬指の指輪が当たっていた。

「綺麗な指輪ね。」

立ち止まったエルザはしゃがんで指輪を摩る。

「これお母さんの?」

マナは無言で頷く。

「マナちゃんのお母さん優しい人かもね。自分は待っているよって伝えてるみたいね。」

「待ってるの…?」

「そうよ。理由は分からないけどお父さんとお母さんもマナちゃんと離れて寂しがってる。私はそう感じられるの。だからこれを預けたのかもね。帰ってくるのを待ってるって。」


確信は無いが自信に満ち溢れた声。

親の名前どころか顔すら分からないのにそう言い切れるのは何故か?

でもエルザが自分を包んでくれているような気がしてその小さな手が頬に触れる。

「なぁに?」

「…ママ…あのね…。」

―グゥゥゥゥゥ~。

神妙な空気を掻き消す空腹音。

マナの顔が途端に真っ赤になった。

「良いのよ。無理して今言わなくても。それより早くケーキ食べに行こうね。」


八階の人の少ないカフェに入った二人はショートケーキと飲み物を注文して小さな女子会を開いていた。

周りの客は親子連れや若いカップルが多い。

中にはケビンと同い年くらいの男の人も見られる。

それは彼女、或いは奥さんや小さな子供を連れている。

―かつてはケビンもあの空気を味わえていただろうに。

そう思うと悲しかった。

「ねぇマナちゃん。」

「なぁに?」

「マナちゃんはケビンの事好きなの?」


唐突の質問にマナは注文したジュースを一口飲んで落ち着く。

オレンジジュースに浮かぶ氷がストローに当たってカランと揺れる。

「うん。ケビン優しいし、強いし、格好良いし、あとね…」

そこで一端言葉を区切ると両手を胸に当てる。

「マナが恐い目にあったり泣いたりしてると…いつもハグしてナデナデしてくれるの。ケビンにハグされるのが暖かくて好きなの…。」

思えば彼と初めて出会った時。

失禁して…笑われて…階段から落とされた名も無き自分を彼は救ってくれた。

自分が体感した恐怖も悲しみも寂しさも全部受け入れて…隣に居てくれてた。

泣いているといつも抱き締めて頭や背中を撫でてくれた。

夜眠れない時も手を摩って包んで一緒に寝てくれた。


その一つ一つの動作がいつしかマナにとっては束の間の癒やしであり、幸せになっていた。

甘えたがりな自分をケビンは嫌な顔一つしないで包み込んでくれていた。

彼と一緒にいるのが…とにかく嬉しくて楽しいのだ。

「ジャッキーの事は?」

「ジャックも好きだよ。クールだけどいつも優しくて…たまに変態になっちゃうけど…でもケビンと同じでマナの事ハグしてナデナデしてくれるの。」

そこで嫌な思い出が蘇ってくる。

ジャッキーが仲間になったキッカケの事件…自分がマフィアに誘拐された時。

ケビンに変わって自分を助けてくれたのがジャッキーだった。

敵の罠に嵌められ、死の恐怖に怯える自分を優しく包んで慰めてくれた。

あの時感じた温もりは…ケビンと一緒にいる時の感覚と同じだった。


立場や身分が全く違う二人の男。

スタイル抜群で常人とは思えない力と海のような大らかな優しさを持ち合わせたヒーロー。

その二人が自分の事を身を呈して守って…隣に居てくれる。

それが今のマナにとって掛け替えのない一時になっていた。

《へぇ~、アイツらすっかりこの子に取り憑かれてる訳ね。》

きっとこの場にいない二人の目にはマナが妖精か天使にでも見えているのだろう。

そこまで自分を信頼しくれているマナの優しさが…二人を支えているとも。

《羨ましいな…。》


【3】


マナが説明してくれたケビンの愛情表現。

それは単なる優しさではない。

彼特有の志しだ。

失ったとはいえ、あの男は一度家庭を築いて子供を授かった身だ。

きっとマナと過ごして忘れかけた母性愛を思い出しているのだろう。

親を知らず、孤独を恐れるマナに親の温もりを与えているのだ。

だからマナもケビンが隣にいる事に幸せを感じられていた。

《普通の人間じゃまず思い付かない言動ね。流石だわ。》


恨めしそうにコーヒーを一口飲むとエルザは思いきってこんな事を言ってきた。

「じゃあさ…私は好き?」

「ママ…?」

まだ会って日が浅いので難しいかなと思ったが意外にもマナはすんなり答える。

「ママも好きだよ。それに分かんないけど…ママと一緒だと…落ち着くの。それに…」

胸の奥が疼いて更にこんな事まで言い放った。

「ママが…マナのお母さんになれば良いのにって…。」


ジュースのコップを徐に手にしてマナはポツリと呟いた。

それは彼女がずっと打ち明けられなかった小さな本音だ。

端から見ればなんて酷い事を言うんだと思われるがマナの気持ちは揺らがない。

それだけエルザに慈愛を寄せているのだ。

エルザが何も言い返せずにいたら急にマナはポロポロと涙を溢し始めた。

「でも恐いの…。ママと一緒だと…もしお父さんとお母さんに会えても…どうしたら良いのか分からないの…。」


―それは何れ訪れるであろう苦い選択。

実の両親の元に帰るのか。

それとも今の仲間と一緒にいるか。

いつかは彼女に降り掛かってくる判断だ。

でも答えなど直ぐには出てこない。

それが分かっているので余計に辛かった。

「マナちゃん。」

自分を呼ぶ声がして顔を上げるとエルザがテーブルを乗り越えて頭を撫でていた。

「お父さんとお母さんが恋しいなら私達は止めないわ。でも別れて寂しいなら無理して戻らなくても良いのよ。それなら説得して私が一緒に居てあげるからね。」


その時が来ても自分達は異論などしない。

マナの答えに賛同するだけだとエルザは決めていた。

でもそれまでにケビンにも話しておこうと同時に考えながら。

「ママ良いの?ずっと…ずっと居てくれるの?」

「勿論よ。どの道私も新しい人生を見つける必要があるもの。だからマナちゃんと…マナと一緒に居たいの。」

エルザの左手がパンツの後ろポケットに入る。

取り出したのは昨日マナに預けた兎のハンカチ。

それで涙を優しく拭いてくれた。

「グスン…ママ…ありがとう…。」


なんとか泣きながらケーキの残りを食べて二人はカフェを後にする。

空を見ると太陽は少し西へ移動していた。

「そろそろ戻らないとね。結構夜になると寒いから…。」

―その時。

ヒュオオと耳元の風の音にエルザは違和感を覚えた。

「ママ…?」

突然制止したのでマナも心配になって見上げる。

「どうしたのママ?」

「…マナ、動いちゃ駄目。」


そのままエルザはマナと目線を合わせるようにしゃがんで瞳を閉じた。

まるで何かの音を探るように。

《この風…流れが妙に違う。これは…。》

物が落下してる時に下から巻き上げてきそうな風が…頭上の近くに…。

―吹いている?

「ハッ!」

まさかと思って見上げると遥か上空に大きな球体の影が見えた。

それもかなり早く落ちてきている。

「危ない!」


咄嗟に小柄な少女を抱いてその場からスライディングするように離れる。

直ぐ様ドォォォンと爆発のような音が響いた。

アスファルトの破片と粉塵が背中に降り注ぐ。

回りの人間も悲鳴を上げながら逃げ始めていた。

エルザが振り向くと隕石サイズの岩がさっきまで自分のいた場所に落ちていた。

「ママ…何…なんなの?」

マナが抱かれた姿勢で細い腕を握り締める。

その手は小刻みに震えていた。

《この技…ジョーカーではない。ひょっとして…。》


【4】


悪い予感を巡らせていたら隕石の上から更に何か降ってきた。

それは岩を真っ二つに叩き割り、その下の地面も隆起させて止まった。

岩石ではない、人だ。

「お前…!」

その正体はジョーカーを様付けしていた大男だ。

「へへ、女二人とは好都合だな。」

男が歩く度にガシャンガシャンと鎧が甲高い音を立てる。

無機質なロボットが降臨したようで気味が悪かった。

男の背後からはキャーキャーと走って逃げる人の声が後光が差すみたいにこだましてくる。


互いの距離が2~3メートル位の地点で相手は足を止めた。

「折角だから自己紹介してやるよ。俺の名はボルバ、ジョーカー様の護衛人だ。」

「護衛人…?」

「我がミステシアには最強と言える四人の幹部がいる。貴公子ジョーカー・女帝トキシック・軍師フェイク・そして魔術師アルセーヌ。この四人にはそれぞれお守りの役目を背負われた護衛人がいるのさ。」

ケビンですら恐怖を感じている敵の幹部。

更にそれに仕える守り人。

強敵なのは目に見えていた。

「…見た所目的は私達を始末する事ね。」

「正解だ。生憎ジョーカー様は強い人間にしか興味が無くてな…この俺直々に抹殺の許可が降りたのさ。」


エルザは白いパンツの砂を払ってその場に仁王立ちする。

こんな所で逃げる気など更々無い。

なんとしてでもこの男を倒さないといけなかった。

「安心しろ。あの不死鳥はジョーカー様が自分で仕留めると決めた獲物だ。それまでは生かしておけと命令されてるからな…お前が勝ったなら潔く消えてやるよ。」

「へぇ…それなら話が早いわ。どっち道アンタらを追い出さないと私も自由になれないんでね。」

手が自然と腰のホルスターに届いてカバーが外される。

スルリと取り出した鉄扇を右手に構えた。

ジリジリと砂漠に照り付ける太陽みたいな暑さが伝わる。

「フン!」


先手を打ったのはボルバだ。

自分の足下の亀裂から大きな岩を取り出してそれを投げ付ける。

「…甘いわよ。」

エルザの下がチッと軽く鳴って猛烈な突風を巻き起こした。

風は簡単に岩を彼方へと飛ばす。

「あら、大した事ないみたね。」

「それはどうかな?」

ここで飛ばされた岩石が上空をUターンして降ってきた。

ボルバはそれを片手で粉々に砕き、その破片で腕全体を覆っていく。

たちまち彼の右腕は岩の産物となった。

《…中々固そうね。でも…。》


扇を構えた右手を空に突き出す。

エルザの頭上で小さな渦が巻き起こる。

「知ってる?風は束になると木々や屋根瓦だって根刮ぎ吹き飛ばすのよ。」

足元からも強風が吹いて銀色のポニーテールが激しく揺れる。

「喰らいな!」

(乱舞カマイタチ!)

右手を振るのに合わせて小さな風の刃が何発も飛ばされた。

「無駄だ。」


岩の腕が大量のカマイタチを受け止めていく。

所々に小さいひび割れが出来るも崩れる素振りは見られない。

「ハァ!」

(ロックダスト!)

右手から大量の小石がマシンガンのように撃たれてきた。

エルザは瞬時に竜巻を産み出してそれを空に舞い上げていく。

だが石は術者の意志が宿っているように直ぐ様二人の頭上に降り注いできた。

「マナ!屈んで!」


エルザはショックでその場から動けないマナを抱き締め、地面に四つん這いになる。

茶色い粒が肌に直撃していく。

大粒のあられやひょうを浴びたような痛みも襲ってくる。

「へへ、作戦通りだな。」

ボルバは好都合だと自分の直ぐ脇にあった石壁を怪力で壊すと大きな破片を持ち上げた。

「死ねぇぇ!」

その大声にエルザが気付いた時には一足遅く、破片が頭上から落ちてきた。

その瞬間もマナを守ろうと自分優先で直撃を受け止めていた。


ズゥゥンと音や土煙が治まると鎧の男は勝利したと断言してその場から去っていった。

すると街の中心に移動し、手当たり次第に外灯や店を破壊し始めた。

市民や観光客は慌てて避難を開始するがその人達にも容赦なく手を出してくる。

その光景をジョーカーはとあるホテルの屋根から見つめていた。

「やれやれ、普通の人を襲っても面白く無いのにさ。ま、しょうがないか。」


糸が切れたようにボルバは破壊の限りを尽くしていく。

中には怪我をして動けなくなった人も見えた。

「さぁ…どう出るかな弱腰君。」

ジョーカーは何故か自分が仕留めると決めた獲物の参上に胸をときめかせていた。

「今のお前はまだ弱い。力が熟すまで…俺はいつまでも待ってるからな…」


【5】


サンサシティは全域で無像のパニックに陥っていた。

外部から警察や救急も駆け付けて怪我人の手当てや避難誘導を優先に行っている。

これ以上街にいるのは危険だと無線で退避するべきとも急かしていた。

ケビン達の宿泊しているホテルでも警察から連絡がきたらしく、従業員が逃げてくださいと総出で部屋を訪問していた。

「旦那早くしろよ。グズグズしてると御陀仏になるぞ。」


ジャッキーは大金の入ったアタッシュケースを大事そうに抱えて扉を開ける。

因みに荷物があると動きが妨げられるので本来は手ぶらで逃げるのが正しい。

でも大量の現金を部屋に置いておくのはマズイのでこれだけは持ち出すと決めていた。

廊下に出ると他の宿泊客が慌ててエレベーターホールへ直行していた。

「ジャッキー、エレベーターだと時間掛かるから階段使うぞ。」

「あいよ。」


ケビンもすっかり全快して客と進行方向を逆側に走る。

小さな窓の端に無機質な非常ドアの外枠が見えた。

階段は薄暗く、尚且つ急いで掛け降りる。

「姐さんと姫襲われて無いといいけどな…。」

「…可能性がゼロとは言い切れねぇよ。相手は多分ジョーカーと一緒にいたマッチョ。奴も見た限り手強そうだからな。」

ダンダンダンとリズミカルに一階まで降りるとロビーも人で一杯だ。

従業員は誘導したり何処かに電話したりしている。

「早くしろよ!」

「オイ押すなって!」


広い自動ドアの前もすし詰めになって雪崩が起きそうな勢いだ。

なので出そうで出られない状況だ。

「おいおいココもかよ。どうする旦那?」

ケビンは摺り足で移動しながらレストランへ行く通路へ向かう。

店の前を通り過ぎ、天井に設置された非常口の案内板を確認する。

「こっちだ。」

指示通りに進むと重たい扉が見えてきて二人はアイコンタクトを交わすと扉へ突進した。


外へ出ると遥か遠くから白い煙が立ち上っていた。

方角的には街の中央のエリアだ。

そこまでの道には屋台が所々建っていたが、どの屋台も上から落ちてきた岩に押し潰されたり骨組みが根刮ぎ抜かれたりしていた。

店主と見られる人間が居ないのは逃げたのか、もしくは負傷して搬送されたのだろう。

「確かタイヨウってデパートだよな。二人が行ったのって。」

「あぁ。」

タイヨウはこの街では一番高いビルだ。

今いる地点からでも木々に覆われながら一部が見える。

ここからでは崩壊してるとは思えないがどうにも胸騒ぎがしてならない。


デパートからも買い物客が大荷物を抱えて街の入り口へと逃げていく。

人の波が多すぎて二人の姿は確認出来ない。

でも先に避難しているだろうという考えは人混みの一番奥…微かな緑色の光を見て崩れ去った。

街の案内板の背後にある黄土色の石壁が不自然に壊され、直ぐ真下に大きな破片が落ちている。

その破片に鼻先を付けているのは緑色のオーラを纏った天馬だ。

プルルと鳴きながら必死に破片の隙間の匂いを嗅いでいる。


流れるプールを逆送するような群衆を掻き分けて二人はようやく辿り着く。

その姿を見て天馬はケビンの手に寄り添う。

良く見ると口には黒くて細長い物を咥えている。

エルザの愛用品だ。

それを受け取ってケビンは顔の下の辺りを撫でる。

「ペガクロス…お前のご主人様はこの下だな?」

スンスンと鼻を鳴らして答えるとケビンは匂いを嗅いでいた隙間の部分に両手を入れた。

「ジャッキー手伝え。」

「あいよ。」

「プフゥ!」


二人と一匹で大きな破片を石板返しみたく向こう側に倒す。

予想通り中には目当ての二人が閉じ込められていた。

ケビンは二人を俯せの姿勢から仰向けにし、左胸の脇に耳を当てる。

するとリズミカルに心臓の鼓動が聞こえた。

「大丈夫だペガ、生きてるよ。」

その一声にペガクロスは瞳を細めてケビンの手に触れてくる。

その荒い鼻息が聞こえたのか、ウッと小さな呻きがした。

「ペガ…いるの?」

「プォォ。」


伸ばした白い手が同色の獣に触れる。

それに答えるように桜色の細い舌が首の辺りを優しく撫でた。

「その様子だと無事みたいだな。立てるか?」

「…この状況で言う言葉がそれ?もっと空気読めないの?」

遠回しに翻訳すれば起こしてくれというモノだ。

ヤレヤレと言った感じにジャッキーがマナを抱き上げ、ケビンがエルザの手を取る。

「マナは?」

「気絶してる。お前こそ怪我は?」


見るからには何処にも怪我の様子は見当たらない。

でも下敷きになって無傷でいられるのも可笑しな話だ。

「どうして…一体何が…?」

「さぁな。とにかくここも安全だとは思えないな。早く離れるぞ。」

この場から離れたらじっくり話を聞こうと決め、四人は急ぎ足で立ち去った。


【6】


デパートから西の方へ向かうと街のもう一つのシンボルである時計塔がある。

その中は子供が入って閉じ込められるのを防止すべく立ち入り禁止になっている。

でもそれは何気ない普通の日常の時のみ。

非常事態になると注意する人は居なくなるからだ。

「やっぱり痛くない…てか治ってるなぁ…。」

四人は今、時計塔の最上階にいる。

外の壁を伝うと丁度文字盤の前に出られる場所だ。

ここなら簡単に見つかる事も無いだろう。


一息付きながらエルザは先日負傷した左足の具合を見ていた。

かなり肉離れしていた足はすっかり回復している。

それも病院にも行ってないのにだ。

「にしても信じられねぇよ。あんなとこ下敷きになって無傷で生還とか有り得ないな…。」

まるで魔法か何かだなというケビンの言葉にエルザはまてよと考えた。

「ひょっとして…マナが?」

未だに目覚めぬ少女の姿を見てある事を思い出す。

マナと初めて出会った時だ。


放火魔に襲われているのを通り掛かった自分が助けた。

その際に負った傷をマナは光合成で自己治療していた。

もしそれを自分以外の人間にしていたのなら…?

「マナが…私を助けてたの?」

思わず触れた手は低体温を引き起こしてるように冷たい。

普通ならもっと暖かい筈なのに。

身動き出来ないあの暗闇の中で…必死に自分を守っていた証拠だ。

自分より二十近くも幼い少女がそうそうやれる事では無い。

「…お願い…一瞬で良いから抱かせて。」

「…あぁ。」


ケビンは素直にマナの両脇に手を入れて持ち上げるとエルザに優しく渡した。

手も足もダランと垂れて力の無い人形みたいに重い。

余程のエネルギーを注いでいたのが伺えた。

《ごめんねマナ…ママが守ってあげられなくて…。》

初めて彼女と会った時も自分はこうやって抱いてあげた。

でも全然違う。

なんだか人では無くて氷の塊を抱いてるような冷たさが肌に伝わってくる。

「…ママ?」

三人の大人の視線が一斉にそこへ向かれる。

「マナ!?聞こえるの!?」

二の腕にピキピキと血管の筋が浮かぶ。

「マ…マ…ちょっ…痛いって…!」


慌てて離すとマナは反動で後ろに倒れそうになった。

すかさずジャッキーが背中を支える。

「ママ…良かった…。」

エルザの姿を見てマナは今度は自分から抱かれにきた。

細くて短い腕を目一杯首の後ろに回してきて。

「やっぱりマナが…ママを助けてくれたのね…。」

「うん。自分でも分からなくて…でもママが死んじゃうの嫌だから…だから…。」

嬉しさと申し訳なさが入り交じってエルザの全身を駆け巡る。

自然と涙も溢れてきた。

「ママどうしたの?まだどこか痛いの?」


―違う。

これは痛みでは無い。

目の前の小さな存在が大の大人である自分の為に命を張ってくれている。

それへの感謝と謝罪だった。

「そうじゃないの。貴方に会えて…やっぱり良かったって…嬉しくて…。」

静かな風の音と時計の針の音が無機質な空間に届いてくる。

エルザは何かを決めたようにスクっと立ち上がった。

「何処に行くんだ?」

「決まってるでしょ。あのデブをぶっ倒しに行くのよ。」

「おいおい、こんな美人がデブって言うのもなんだか恐いな。」


半分茶化されてもエルザは黙っている気はしなかった。

ここでボルバとケリを付けないとこの胸騒ぎは治まらない。

そう悟っていた。

「マナが私の為に命を張ったのなら…私もそれに答える責務があるの。この子の…母親代わりとしてね。」

今度はマナが驚く。

自分がずっと胸に秘めていた願いを代弁するような一言を…告げてくれているのだ。

「だから止めないでくれる?」

「最初からそのつもりだ。それに女は一度決めたモンは絶対曲げないって女房も良く言ってたからな。」


【7】


ケビンも腹を括っていた。

エルザがやりたいなら口出しも止めもしないと。

「ありがとうケビン、貴方にも感謝するわね。」

その思いを受け取りながら自信満々に腰のホルスターに手を伸ばす。

するとあっ、と呟く。

鉄扇が一つしか入っていないと。

《そういえば確か…。》

下敷きになる寸前、錯乱してあの場に落としていった。

《でも…ううん…私は強いもの…!》


苦しいがそれなら片方だけでも充分だと再度意気込んだ時だ。

「おっと、忘れる所だったな。」

ケビンがスーツの内側のポケットをゴソゴソ浅って何かを取り出した。

「それって!」

無くしていたもう一つの鉄扇だ。

「もしかして拾ってくれてたの?」

「いや、俺は受け取っただけだ。お前のバディが拾って俺に託したのさ。」

なぁと言うように古ぼけた窓を強引に開けると凄まじい強風が吹き荒れてきた。

窓の外には赤・青・緑のオーラを纏った三体の獣がいた。

「ペガ…!」

「プァアア!」


バサバサと大きな翼が羽ばたき、白い羽が空に舞い上がっていく。

「多分生き埋めになる直前に強引に飛び出したんだろうな。でもコイツも助けるの手伝ってくれたんだ。」

「そうだったのね…ありがとねペガ。」

褒美にナデナデしてやろうと手を伸ばすとペガクロスは急に主人から目を逸らしてしまった。

「どうしたのペガ?」

自分の知る限りではこの子はツンデレなんぞの分類では無い。

だとすれば…何か邪悪な存在がいるのを意味していた。

「…来るな。」

「あぁ、俺様も冷や汗ダラダラだぜ。」


ペガクロスを挟むようにフェニクロウとドラグーンが顔を出してくる。

ケビンとジャッキーは各々のバディに触れた。

「よし、お前らも一緒に暴れるか?」

「キュイイ。」

「グルァァ!」

言葉にしなくてもその威厳と自信で悟れる。

獣達の覚悟を。

「コイツら言ってるぜ。止めても無駄だってな。」

「分かってるよ。ね、ペガ?」

「プゥゥゥ。」


長い顔の先にある鼻がこちらに向けられる。

いや…ある一点に向けられていた。

エルザの足下…おっかなびっくりにペガクロスを見つめる少女に。

それを見てエルザは何かを悟った。

「…良いよペガ。お願いね。」

「プルル。」

エルザはケビンの手から鉄扇を強引に受け取る。

「ケビン…悪いけど乗せてくれる?ペガがマナを守りたいって言ってるの。」

「そうか、別に構わないぜ。」

マナはそれに何か訴えそうな顔をしてくる。

「お前は危ないから待ってろ。もしヤバくなったら俺達に構わず逃げるんだ。良いな?」

「うん…。」


本当はここに置いても心配なので手元に居させたいがそうもいかない。

確かにマナのスキルは回復型という万能な技だ。

でもまだ完全に目覚めていないなら無理に酷使するのは危険だと判断していた。

「大丈夫だ。ペガクロスが付いてくれるからな。絶対にお前から離れないから…だから待ってろ。」

しゃがんで額に唇を当てるとケビンは窓から飛び出した。

でも地上には落下せずにフェニクロウがしっかり受け取る。

「行くぞ!」

「おう!」

「OK!」


エルザはケビンの手に引かれて飛び降り、ジャッキーもそれに続いてドラグーンの背中の上に仁王立ちする。

ペガクロスは健闘を祈るとばかりに鳴きながら二体に激励してきた。

赤い不死鳥と青い龍はオーラを纏って時計塔から飛び去っていく。

マナは窓から上半身を出してその背中を見送った。

―必ず戻ってきて。

そう願うばかりに…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ