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真打参上ッ!  作者: 維酉
第一話【九尾と烏天狗の微妙にややこしい案件、その発端と過程、そして後始末】
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05 九尾と烏天狗の微妙にややこしい案件⑤

 先に動いたのは七那々奈々菜だった。超高速で距離を詰め、閏の首を掴もうとする。辛うじて目が追い付いた、必死に避け、棒手裏剣五本を放つ。しかし、それらは簡単に弾かれて、空中に力なく散ったそのうちの一本、七那々奈々菜は右手でとる。


「これ、手作り?」


 閏はもう五本、スカートの裏から棒手裏剣を補充する。そして祈りを込めれば、山は呼応し、力は緑の炎となって具現化する。


「その緑色のやつもいいな。アニメみたいでかっこいい。ま、アニメなんて見たことないんだけどさ」


 けらけら笑いながら、七那々奈々菜は右手の棒手裏剣にほっと息を吹きかける。すると棒手裏剣は瞬時に朽ち果て、塵となって消え失せた。


 やつはにじり寄ってくる。閏は一定の間合いを保つ。


「住みにくい世の中だよ。わたし、いままでずっと山で暮らしてきてね。テレビなんて、街中のLEDディスプレイ以外じゃ見たことない。うまいこと化けて人間界に溶け込んでいくのも、むずかしかったよ。そもそも、みんなと話が合わないんだもん、テレビとか、そういう文明的なものに触れてなきゃ」

「でも、だいぶうまくやってやがりましたよ、先輩」

「そうでしょ? 当たり前だよ、努力してきたんだから。でも、閏ちゃんだってそうじゃない? 長い間、山籠もりの生活でしょ」

「知ってるでやがりますか」

「うん。わたし、きみのことならぜんぶ知ってるの。血液型、誕生日、身長、体重、今日の朝ごはん、服とか靴のサイズ、最後に爪を切った日、好きな人……今日ここに来ることだって知ってた」


 そういうと、七那々奈々菜は足を止めた。そして両手を広げ、竹藪のど真ん中で、気でも狂ったかのように笑いだすと、


「だからね」といった。「結構、手の込んだ準備もしたんだ」


 背中を悪寒が駆け巡った。即座にステップを踏んだが、遅かった。なにかに足をとられる。


 それは竹だった。竹が、ぐねぐねと、まるでミミズのように蠢いて、閏に襲い掛かってきたのである。


 閏は瞬間的に思いだした。先ほどいっていた、『自由に動かせる人形』――竹は、人形だ。七那々奈々菜が作り出した、彼女の思い通りに動かせる従順なしもべである。それが、普通の竹に混じって、幾本も、幾本もある。


「ぅぐッ」


 閏の脚に絡みついてきた竹を、取り出していた棒手裏剣五本のうち一本で断ち切る。しかし、襲い掛かってくるのはその一本だけではもちろんない。次々と続けざまに襲い掛かってくる竹、それらを棒手裏剣で処理していると、そのとき手に残っていた四本はたちまちに尽きる。


 すぐさま次の棒手裏剣を補充しようと、閏はスカートに手を伸ばす。それを七那々奈々菜が見逃してくれるはずはなかった。やはりやつはすぐさま飛んできて、竹の処理で必死だった閏の隙を突き、一気に攻めてくる。


 その一撃目はなんとかかわしたが、二発目、九つある尾のうち一本が左から襲ってきて、閏はもろにその打撃を受けた。小柄な身体は簡単に吹き飛ばされ、落ち葉積もる竹藪の中、転がっていく。そしてそれを受け止めるように――いや、捕まえるように、数本の竹が閏の手足に絡まりつく。


 そこからはどうにもならなかった。閏の身体は宙に浮き、竹がしなり、投げ飛ばされ、七那々奈々菜の目の前に落下すると、その尾でまた空中に打ち上げられる。そしてまた長い竹が閏の脚を掴み、地面に叩きつける。それを七那々奈々菜が尾で打ち上げる。中空、意識が飛ぶ。しかし強烈な打撃で叩き起こされる。それが何度も続いた。


 身体全体に余すところなく痛みが蓄積され、もう限界だった。いや、そもそも、死んでおかしくないのである。けれども閏は、なんとか生命を途切らすことがなかった。それはやはり八百万の神の加護であり、それを受ける退魔師の閏が、見習いといえど常人を遥かに超える体力を得ていたからであったが、その力も尽きかけていた。


 その攻撃が終わったのは、七那々奈々菜が怒涛の攻撃にようやく飽きたころだった。地面にうつ伏せで倒れる閏を、七那々奈々菜は満足そうに眺めて、そしてまた閏の手足に、竹が這いよる。


 竹は彼女の手足を掴み、その身体を空中に浮かべた。全身が傷だらけであった。制服もひどく傷つき、破れた箇所が多くある。意識はまったくない。


 あっけない、と七那々奈々菜は零した。手足を縛っていた竹がするするとほどけ、閏は地面に落とされる。


「さて」と、七那々奈々菜はさも愉快というように笑った。「烏天狗さん。もう立ち上がれるんだね」


 彼女が振り返った視線の先、閏の一撃に沈んでいた烏天狗、政發が、刀を抜き構えていた。目を細め、刀の柄を強く握り、羽毛は逆立つ。緊張が明らかに伝わるいで立ちだった。


「力み過ぎだよ。もっと肩の力を抜かないと」

「……ッ」


 飄々とした態度で、七那々奈々菜は烏天狗に近づいていった。着実に近づいてくる。そして――刀の間合いに入った。


 政發は動かない。否、動けなかった。


 腕、脚、目、口……身体のすべてが動かない。筋肉が凍結したように硬直し、一寸も自らの管理下におけない。


 政發を支配したもの、それは死の恐怖だった。


「怖気づいちゃってぇ」強大なあやかしはいう。「切りかかってもこない。逃げもしない。ただ怯えて固まっちゃうだけ……蛇に睨まれたカエルみたいに。愚鈍な烏ってのは間違いだったみたいだね。これじゃあ臆病な雛鳥だよ。巣穴から飛び出ちゃうからこんなことになる。おとなしくしておけばよかったのに」

「……」

「なにかいいなよ」


 巨大な尾が烏天狗の横腹を殴る。政發は数メートル吹き飛ばされる。黒い羽毛が夕映えに散った。


「……やっと帰ってきたんだ」


 九つの尾が、ゆらりゆらりと振れている。その毛並みは金色にきらめき、異様なまでに美しい。


 一人静かに、七那々奈々菜は山の頂上へと歩み始めた。牙銀魯山、その頂上。銀瑯魯臣が祀られる銀社しろやしろ。この山の加護、その源である。


 前世の強い因縁か、七那々奈々菜の意識は、実は常々その社に向けられていた。破壊衝動である。この山を包み込む加護の気が煩わしい。なによりも気に障る。


 これは報復だ、と彼女は思った。なにに対しての報復なのであろうか。それは確かにはわからない。しかし――これは明らかに報復の感情だった。おそらくは千年の時を超えた復讐、つまりは――銀瑯魯臣、かつて九尾を封じた(、、、、、、、、、)人間への。


 ――尾の動きがぴたりと止まる。


「あー……」七那々奈々菜は笑っていた。「まだ立てるの、閏ちゃん」


 振り返れば、傾斜の少し下、成宮閏が両足で踏ん張り立っていた。満身創痍、立てないほどに痛めつけたはずである。それでも閏は立ち上がっていた。腕をだらりと下げており、右手に、一本の棒手裏剣。


「……七那々先輩」冷たい声だった。「わっちは先輩のことがすきでした。やけに明るいしやけに笑うし、やけに優しいしやけに泣く。そういう人間らしい先輩がすきでしたよ。でも、いまはどうだっていい」


 よく見れば、閏の周囲、幾本もの棒手裏剣が地面に突き刺さっている。それは彼女を中心点に据え、等間隔、円をなすような配置である。


「あんたは人間じゃないし、それどころか、調和を乱す厄介者ゴミです。ここにあんたみたいなやつはいらない。あんたの居場所はない」


 棒手裏剣が緑色に燃え出す。閏の持つ一本ではない、周囲に突き立てられた数々のそれらである。


 計、十六本。


「万緑一紅、正」


 刹那、緑炎業火となり、燃え盛ること甚だしく、渦を巻き、閏、その緑炎をどうにか操り、見事球状の炎の塊にしたかと思うと、右手の棒手裏剣でそれを突き刺す。


 閃光、一瞬である。それは炎が弾け飛んだようでもあったし、むしろより多くの炎が現れて凝縮したようでもあった。なににせよ、閃光は即座にして走り、閏の手には棒手裏剣は存在せず、ただ一本の矢が握られていただけであった。


 矢である。たしかに形状は矢だった。しかし、それを実際に弓に番えることを考えると、微妙に不自然なていどでその矢は短かった。だいたい閏の胸から頭くらいの長さである。


「かわいくないな、それ。嫌な気が凄まじいんだけど」


 七那々奈々菜の笑顔が引き攣った。

 それを見て、成宮閏は静かにいい放つ。


「あんたは、ここで倒します。東東雲の弟子として」


 瞬間、竹藪の中の数本がしなった。それらの速度は先ほどまでとは比べ物にならない。確実に『殺す』攻撃である。


「政發ッ」閏は短く叫んだ。「手ぇ貸せッ!」

「よかろう」


 烏天狗の羽ばたきの音、そして刀が鞘から抜かれる音、竹を切り裂く音。襲い掛かったそれらは、一瞬のうちに政發が切り伏せた。彼は閏のすぐ後ろに付き、刀を鞘に納める。


「今回だけだ、東東雲の弟子」

「わかってるでやがりますよ……政發、一発で決める」

「ああとも」


 閏が叫び、政發が駆けだす。先ほどまでとは段違いの斬撃を繰り出す、七那々奈々菜はその豹変に戸惑いながらも、尾の一本で攻撃を受け流す。一撃、二撃、三撃と政發は攻撃を重ね、それらはすべて受け流されてはいたが、彼が押しているのは確かだった。


 押され続ける七那々奈々菜、かくいう政發は死に物狂いだった。格段に格別に格上のあやかし相手に、手を緩めず斬撃を重ねる。それは自殺行為に等しかった。


 しかし政發は果敢であった。なぜか。それは古くからこの地に住み続けてきた烏天狗としての誇り、そしてなによりも先ほどの侮蔑への強烈な怒りからだった。九尾といえど、七那々奈々菜はたかだか齢十五の女子である。そのような存在からの罵倒に、何百倍もの時を生きてきた烏天狗のプライドが拒絶に近い反抗を起こさないわけがなかった。


 結果、七那々奈々菜は政發の攻撃を完璧には受け流すことができなくなっていた。怒気を孕んだ斬撃は重い。なにより烏天狗の刀術は洗練されており、それもあいまって、ついに政發は七那々奈々菜を崩した。やっこは体勢を危うくし、ついに焦り、尾で大振りの攻撃。完全に読み切れる動きだった。政發の一撃が、七那々奈々菜を斬った。


「いまだ、東東雲の弟子ッ」


 その声に呼応し、矢を握った閏が飛び出る。政發と入れ替わり、完全にがら空きになったやっこの胴へ、得物を突き立てた。


 一閃。眩い緑の光線が七那々奈々菜を貫いた。絶叫を発し、九尾は光線が変貌した獄炎に灼かれる。


 矢は突き刺さったままであった。閏は狙いすまし、矢に向かって掌底。それはその矢に込められていた、尋常ならぬ祈りと加護を解き放つことになった。七那々奈々菜は凄まじい勢いで吹き飛んでいく。瞬間、絶叫は途絶えた。


 これで、決まった。


 正矢。東東雲が閏に授けた切り札である。政發を打ち倒した棒手裏剣による『魔弾』、その上位互換といってもいい。


 媒体――先の場合は棒手裏剣に、魔弾よりもさらに多くの加護の力を結集させ放つ。円状に並べた十六本の棒手裏剣(これは十六方位を意味するが)は、加護の力を扱いやすくするための、いわば制御装置的な役割を果たす。


 この正矢、威力絶大、もはや耐えられるあやかしはいない。それが確実に胴を穿ったのである。七那々奈々菜が立ち上がれるはずはなかった。


 安堵して、閏はへたりと座り込んでしまった。極度の疲労が、ここで一気にきた。もう動けないくらいに満身創痍だ。後ろを見ると、政發は寝転んで朱に染まる空を見上げている。今日は綺麗な夕焼けだった。


「政發のやろー」

「……どうした、東東雲の弟子」

「疲れたから、わっちを山の下まで運ぶでやがります。その羽根で、飛んで」

「そんなことはせぬ。こちらとて疲れたのは同じだ」


 政發はそういうと、微かに笑い声を立てた。閏もそれにつられて笑った。これでどうにか、この件は解決できるだろう。そう思うと肩の力がすうっと抜ける。がさりと音が聞こえた。


 ――がさりと、音が聞こえた。


「昔から、こう。だった……」だれかが喋り出す。「この山を追放されたときも、烏どもは笑ってた。みすぼらしい姿で街を歩いたときも、後ろ指さされて笑われた。みんなわたしのことを笑った。それから、殴って、蹴って、傷つけた」


 閏は反射的にスカートに手を伸ばした。が、棒手裏剣がない。もうすでに、先ほどまでの戦いで五十本すべてを使い切ってしまったようである。


「もういやだよ……もういやなの。こんな惨めな格好は厭。笑われるのも厭。みんな厭、厭、厭、厭、厭……ッ」


 何者かは――九尾は――七那々奈々菜は立ち上がった。眼光鋭く、その表情は、すべてに絶望した者のそれだった。


「……さあ、狂気をはじめよう(もう二度と笑わせない)

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