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第五話 見せ場はこれからだな

 ゴトリと音をたて転がったプリンは、その厳つい響きとは無縁のプリンプリンぶりを発揮し、誰かのおっぱいかと勘違いする程度には、揺れた。


「先生、ゴトリってすっごい固そうな音が聞こえましたけど」

「対生物探知レーダーだし。無理もない」

「プリンですよね?」

「見紛う事なきプリンだ」


 良人が感じる違和感は源蔵によって揉み消された。もはやプリンという名の何かを、良人は認識するのをやめた。

 

 ――黄色くて頭が黒い、甘い臭いを発する物体だ。食べると美味しいのかもしれない。


 そんな思いを抱いてプリンを再度見た。そこでプリンの黄色いプルプルボディにカッと開かれた黒い瞳と視線が交差した。

 あの、闇を抱擁した漆黒の瞳だ。熱の代わりにカオスが練り込まれたクトゥルフな視線を送りつけてきている。良人の口は原始人よりも退化して、言葉という概念を失ってしまった。

 顎が引力に負けそうになる一歩手前で、良人は右手で押さえる事に成功する。

 難易度ウルトラDくらいだろう。良人にしては上出来だった。


「目がッ! 目がッ!」


 良人がプリンに指をさした時には、その気味の悪い瞳は消えていた。プリンがぷりんと揺れる。


「どうしたんだい、そんなに声を荒げて。ババロアの中でシンクロナイズドスイミングでもしてたのかい?」

「どうしたの良人君。ピーマンが特殊進化してジャガイモになった夢でも見たの?」


 二人は揃って心配そうな顔で意味不明な言葉を投げかけてくる。


 ――ジャガイモはナス科に属していて、確かにピーマンとは遠い親戚というか血は繋がってるけど結婚はできる関係ではあるんだけど……


「ババロアでシンクロはあり得ません!」

「危険だ。幻視も始まってるようだ」


 良人の叫びに源蔵が力なく頭を振った。


「中二病の最終形態です」


 紅葉が紺色のブレザーの胸元から『家庭でわかる中二病講座』と書かれた分厚い辞書を取り出す。


「そろそろ巨大化する時間か?」


 源蔵の呟きに呼応するように紅葉が胸元からするりと懐中時計を引き上げた。


「先生、あと五分はあるはずです」

「見せ場はこれからだな」


 拳を固く握る源蔵がごくりと音をたてて唾を飲み込む。

 盛り上がる二人を他所に、良人は肩を落とし負けを認めた。


 ――無理無理、常識の認識が次元単位で違うんだもん。あの人たちは何次元に生きているんだろう。


「私は六十次元だな」

「お嫁さんは二次元まで、ですよ?」


 紅葉が胸元からいたいけな可愛い幼女の描かれたポスターを抜出し、良人に向かい掲げてくる。


「三次元ではないのか?」

「アイドルはトイレに行かないんです。ラブドールも高校生にとっては高いですし。幼女は犯罪です」

「……世知辛いな」


 追い打ちをかけられた良人は壁の中にマロールしたいと思った。





「さて、トラップは仕掛けたし、後は夜に犯人を確認すべく、ここで待機だな」


 腕を組んでうんうんと頷く源蔵に、良人は勇気をもって語り掛けた。


「先生、ナノマシンがどうして注射器に収まるのかとか、一子相伝の秘術だとかはそっちのけにしておいて、なんでプリンが対生物探知レーダーになるんですか?」


 予想外だったのか源蔵の童顔の口がポカーンと開いた。綺麗な『O』の文字を描いていた唇はぷりぷりで、ちょっと美味しそうだなと、良人は想ってしまう。


 ――違う違う。僕には委員長、じゃなくて紅葉先輩が!


 その紅葉は「汚物は消毒だ」状態の目で良人を蔑んできている。待望の委員長ビームを受け、良人は体に力が漲ってくるのを感じた。

 良人は完全復活した。 


「あぁ、全く説明していなかったね」


 いろいろすっ飛ばして源蔵が語り始めた。


「物質は何からできているか、分るかな?」


 源蔵が意味ありげに尋ねてきた。

 良人は即座に答える。


「原子です」

「ほぼ不正解だな」

「なんか、間違ってるっていわれるよりもダメージがデカいです」

「九分九厘不正解と言い直そう」

「残りの九割は合ってんですよね?」


 自分は正常だと認識していた良人のポジティブゲージはガリッと削られた。


「正解は、素粒子の組み合わせと電子によって構成される、だ」

「思いっきり量子学だと思うんですけど」

「ほほぅ」


 源蔵のひと睨みが良人の口を縫い付けてくる。


「言ったろう、素粒子といえども物質には違いない。よってこれを扱う学問は化学と断定できる」

「相対性理論が悲鳴を上げて裸足で逃げ出しそうなんですけど」

「逃げたければ逃げればいいさ」

「投げっぱなしジャーマンよりも豪快に放りっぱなしですね」

「化学は真理であり、アカシックレコードを唯一構成しうるものだ」


 恍惚とした表情の童顔は世界をその手に掴む動作をする。その脇で紅葉もうんうんと頷いている。


 ――ここで埋もれると紅葉先輩の視線が先生に独占されてしまう!


 ぐっと拳を握った良人は負けじと存在をアピールする。


「百歩譲って化学だとしましょう。その化学で、どうしてプリンが対生物探知レーダーになるんですかッ!」

 

 良人は最後の力を振り絞って、ズビシッと源蔵を指さした。

 源蔵は余裕の笑みで応じてくる。


「ナノマシンを用いてプリンを素粒子レベルまで分解、一子相伝の秘術を練り込んだ液体で物質を造り替え、生命が発する微弱な電波を感知することのできる生体に生まれ変わるのだ」

「物質を造り替えるとか、それ神の領域では?」


 街でたまに見かける『初めに神は天と地を造られた』と書かれてある看板を、良人は思い出さずにはいられなかった。


「素粒子と電子を組み替えたりすれば、物質は変わる」

「先生、それもはや錬金術(アルケミー)です」


 良人はすばやくツッコミを入れた。おかしな方に転がる前に軌道修正が必要だった。


「否定はしないが、一つ訂正を求めよう。錬金術(アルケミー)化学(ケミストリィ)の一部でしかない。真理を担う神の手の一つだ」

「神様って、そんなに手が沢山あるんですか?」


 良人は、私は真理ですと書かれた看板とどっこいだ、とも思った。 


「五十六億七千万あると言われている」

「どこかの如来かクトゥルフめいたサムシングですね」

「可能性は無限大、と言ってほしかったな」

「何の可能性かは分りかねますが、切羽詰まったこの世の危機との認識はしました」


 源蔵との会話に、糠に釘というレベルではなく海に塩をばら撒いている感覚に良人は陥った。

 打てば響く間隔で答えが返ってくるのだが、そのいずれも良人の期待を最大限裏切るものだ。


「ひとつ確かな事実を述べよう」

「何ですか、改まって」


 仏が乗り移ったようなアルカニックスマイルの源蔵に、良人と紅葉の意識は猫まっしぐら並に釘づけになった。


「有象無象から金を生み出すような下賤な錬金術(アルケミー)が通ったそこは、偉大なる化学(ケミストリィ)は千年も前に通過済みなのだ!」


 ――さっき数百年続く由緒正しいとか言ってたくせに、いつの間に千年にまでグレードアップしたんだろう。つーかやってること一緒でしょうに。

 

 良人の疑問は、流刑の罪人が流される島よりも遠い時空の遥か彼方へと吹き飛ばされていった。

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