第一章 4話「メイス」
それは非礼を詫びる、という名目での提案だった。
「‥運試しって事ですか」
「うむ、私は今日その人が持っている運や、それを引き寄せる力があるかどうか判断出来るんだぁ。よくある今日1日の運試しってやつだねぇ。まぁ?遊び程度だけどいかがかなぁ?」
ー不思議な人だなぁ。
この奇抜な格好の人からしてみても、俺の方が奇抜な格好に見えるだろ。それなのに俺を警戒しているようにも、ましてや怪しんでいるようにも見えない。
彼は少し考えた。
見た目も中身も奇抜で不気味で怪しいとはいえ警戒する必要はない、それはただの「お詫び」だと奇抜な格好の男は言っていた。
それならばここは素直に受け取るべきだと。
「それじゃ‥お願いします!」
「あっはぁ。素直でよろしい大変よろしい!」
ずいっ。とその不気味な仮面が目の前に近付く。仮面の目の部分に穴などはなく、一体どこから外を見ているのか‥または見ていないのか、それとも穴などなくとも見えているのか、そのあたりは不明だった。
「おやぁ‥?君は‥‥ふむぅ‥あっはぁ。面白いねぇ‥まるで、」
奇抜な格好の男は不思議そうに、そしてどこか楽しんでいるかのように怪しげな吐息を混ぜ喋る。
「空っぽだ。」
予想もしなかった結果。
「今日あなたの運勢は最低で〜す!」とかそのにんまり笑顔で言われると思っていたが、それは大いに外れた。奇抜な格好の男はにんまり笑顔を見せたまま少し声のトーンを落とし、
「面白いねぇ、少年君は‥良い意味でも、悪い意味でも空っぽだぁ。 うむ‥。」
と、自分だけ何か理解したかのように、意味深長な発言をする。
「空っぽに‥良い意味も悪い意味もあるんですか‥?」
「そうだとも、良い意味での空っぽ‥。それは何かを受け入れる事ができ、何色にも染まる事が出来る。という話さぁ。」
奇抜な格好の男は顔をぐりんっ。と90度ほど回し、続ける。
「しかしながらぁ、逆を言えばぁ?受け入れる意思がないとぉ?何も入らぬ‥底のないコップの様なものになってしまうからねぇ。」
ついさっきまで壊れた人形のような動きで、自身の不気味な仮面への執着心と愛を語っていた変人が、何を見たのか分からないがたった少しの時間で彼という人間の一部を読んだ。
「‥‥。」
ーー返す言葉が見つからない。
空っぽの自分。それはあの灰色の都会の中で感じていた自分自身に対する例え。
それに俺は耐え切れず苦しんでいた。
そんな事もこの奇抜な格好の男、その仮面の内側にある眼には写るというのか。
「あっはぁ。まぁこれ以上私のような道化が口を挟むのはよろしくないねぇ。」
「話が逸れてしまったねぇ?それじゃあ?気を取り直してぇ、今日の占いだよぉ! 少年君の運勢はぁ〜?」
さらに彼にその不気味な仮面を近付け、ぐりんっ、と90度ほど首を回し、
「ーー最悪だ。気を付けたまえ。」
と、単刀直入に告げた。
「最悪ですか‥。お遊び程度にしては結構キツいですね‥」
「あっはぁ。お遊びというのは、そういうものさぁ。おっとそういえば自己紹介が遅れたねぇ。」
にんまり笑顔を見せたまま、奇抜な格好の男は一歩下がりその場で英国紳士のような振る舞いを見せ、ハットを手に取り、
「私は‥メイスだぁ。では従者を待たせている、またどこかでねぇ。」
彼の右肩にぽんっ。と手を置きメイスとすれ違いになったたところで彼は、
「従者‥?えっ‥?」
ハッ として振り返るが、そこは賑わいを見せる商店街通り。あの奇抜な格好の男、メイスの姿は跡形もなく消えていた。彼は不器用な薄ら笑いをし、
「名前‥教えてくれたのに、俺名乗り損ねちゃったなぁ」
異世界人との初コンタクト。その記念すべき1人目があの奇抜で個性が強すぎるメイス。そのメイスの言葉を聞くのに精一杯で自分の名前すら伝える事を忘れるほど。
「思わせぶりっていうか、意味深長的っていうか‥」
ーーメイスの言葉がやけに頭に残る。
喋りが上手いとかそういう事じゃない。
何かを演じているような‥?
だけど、今はその違和感に当てはまる言葉は見つからない。
「今日の運勢‥最悪、だっけか‥」
少し見上げたそれは、雲ひとつない綺麗な青空。
優しく吹き抜ける異世界の風。
ーー銀色の腕時計の針は、12時を指していた。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
「よろしかったのですか?」
ーーコツ、コツ、コツ、コツ。と靴が地面を蹴る音が響く。それは1つ、それは2つ。
「彼は見たところ魔術や加護を会得しているようには見えず、格闘術の心得があるようにも見えませんでした。ましてや商人にも見えません。」
コツ、コツと2つめの足音が止まる。
「危険では。」
その言葉に1つめの足音が止まり、振り返る。
日も高く、澄んだ空から光が降り注ぐ異世界。
その城下町に、にんまりと不気味で大きく傾いた三日月を浮かべた。