第一章 3話「通り魔」
ーー賑わいを見せる商店街通り、きっとこの通りにも名前があるんだと思うけど俺は知らない。
「変わった格好してるなあの人‥まあこの異世界じゃ普通だよな? 」
賑わいを見せる商店街通り、その数十メートル先。
細身で長身の恐らく男性だ。特徴的な深緑色に紫色のメッシュが入った長髪を揺らしながら正面から真っ直ぐこちらの方へ歩いてくる。
ただ、それだけの事なのに、不思議とその男に近付けば近付くほど焦り鼓動が早くなる。
ーーなんか‥変な感じ‥。
奇抜な格好だ。マジシャンがかぶっているようなハットをかぶり、それには独特な絵が描かれている。顔には鼻下まで隠れた不気味な仮面、大きく傾けた三日月のような口をにんまりとさせて不気味な笑顔を作り歩いている。そして仮面の下から感じる絡みつくような視線。
「あきらかに敵役の格好だよな‥ まさに凄腕魔法使いって感じの‥」
ーー?
彼のちっぽけな想像とは裏腹に、急な寒気を感じた、目の前の奇抜な格好の男に視線が釘付けになる。
見たいわけでもないのに自然と視線が吸い寄せられ言うことを聞かない。
ごくっ。と息を飲む。心拍数が上がってゆくのが分かる。距離はあと数メートル、もうあと少し歩けば奇抜な格好の男と、この道ですれ違う事になる。
「何だ‥俺緊張してる‥?」
ーー緊張?何でこんな緊張してるんだ?
あの奇抜な格好の人に対してか?他人だろ?知らない人だろ?ただの通行人だろ?何でこんな緊張してるんだ?
近く、もうすれ違う。
その奇抜な格好の男と空っぽの彼一人がこの道の上で。自分の革靴が地面を蹴る音がやけによく聞こえる。
「自然にしてろ‥落ち着け‥」
ーー自然?
ーー視線は何処へ向けていれば自然なんだ?
ーーどのくらいの歩幅で歩けば自然なんだ?
ーーどのくらいの呼吸が自然なんだ?
ーーどのくらいの心拍数が自然なんだ?
ーーどのくらいの酸素を取り込めば自然なんだ?
ーーどれくらいの距離ですれ違えば自然なんだ?
ーーどれくらいの?
ーー分からない?
ーー分からない?
ーーーーーーーー。
その瞬間は今、普通に、あっけなく、何も無く終わり、ただすれ違った。
その不気味な仮面の下から全身に絡みつくような視線は感じたが、こちらを向いている様子も気にしている様子もなかった。彼は緊張と焦りで呼吸を忘れいた。そして思い出したようにぶはぁ。とまた呼吸をし始め、
「はぁ‥は‥何だったんだあの人‥?」
と、ただすれ違った通行人なのに妙に違和感を残していた。それを少しでも確かめたく、恐る恐る振り返り、あの奇抜な格好の男の後ろ姿を捉えようと視野を広げるが、ーーもういない。
そう、いない。
「いない‥いない??」
ーーおかしい、つい何秒か前にすれ違ったばかりなのにいない‥。
この道は一本道で端に小さな水路があるくらいの普通の商店街通り。たしかに曲がる道は彼も通ってきたが、数秒で曲がれるような距離にはない。
ーー消えた‥? 本当に魔法使いって奴なのか?
異世界ファンタジーならばそうであってもおかしくはない、が、彼はついさっき現実を抜け出し、この異世界に生まれたばかりの人間一人だ。まだ思考が追い付かずに混乱するのも当然の事。
「誰を、探しているんだい?」
「ひゃあぃ!!!!」
急に心の中を読まれた事に心臓が胸を突き破り飛び出るかと思うくらい驚いた。がそれと同時に絶句もした。理由は三つある、一つは男らしからぬ情けない返事をしたのが自分だったという事。
そして二つ目はー。
「わあおどうしたんだい少年君、私もびっくりするじゃないかぁ」
「えっ?‥ぁあ‥す、すみません‥!」
すれ違ったはずの奇抜な格好の男だ、振り返っても姿が見えなかったのに、今歩いている彼の横にいて話しかけてきた事。動機も理由も分からない。
「おやおや〜?見慣れない格好だねぇ。ふむふむ‥いい趣味だ。あっはぁ実にいい趣味だねぇ少年君。」
そしてもう三つ目は、嬉しそうにパチパチと手を叩きながらこの奇抜な格好の男は後ろ歩きしつつ、彼の顔を覗き込むようにして話掛けてきている。なぜ?と、この奇抜な男は何なんだ、と。
だが、これだけは強く思った。
ーーくそ!!こんな奇抜な格好の人に「実にいい趣味だ」なんて言われても嬉しくねえ!!!
吐き出してこの奇抜な格好の男にぶつけたい本音を胸に閉じ込めつつも、ここ一番精一杯のお世辞を考え絞り出し、さらにはその奇抜な格好の男に伝えるべく彼は動いた。
ぐっ。と親指を立て、極め付けに最高に不器用な笑顔を作り、
「い、いゃ‥そ‥その仮面もあれですね‥いい感じですね‥!」
と、彼は言った。
空っぽな人間一人と奇抜な格好の男一人。
その間を心地よい異世界の風が吹き抜ける。
だが、これだけは強く思った。
ーーくそ!!俺の馬鹿野郎!!これでも社会に出た身!!!!
お世辞の一つも言えねえのか俺は!!!
「ほう‥なるほどなるほど‥」
「くっ‥は‥はい?」
ーーしくじったか‥こんな苦し紛れの言い訳みたいなお世辞じゃ普通は苦い顔するよな‥。どうなる‥怒られるか、それとも呆れられるか‥くそっ読めない‥もしかしたら殺されるなんて事も‥やばい。
やばい。やばい。と直感がびりびりと全身に伝え教えてくれる。妙に張り詰めた空気の中まるで彼と‥この奇抜な男だけ時間が止まっている空間にいるかのような刹那の時。耐えきれない。
ーーやばい。
その時を破ったのは彼ではなくーー。
「少年君‥」
奇抜な格好の男だったーー。
「あっはぁ!!!! 少年君!!!!この仮面の素晴らしさが分かるのかい!!良いよねえ仮面というものは!!まさかこの仮面の良さを理解してくれる人が居るとは思わなかったよお凡人達には理解出来なくて当然だが君には見る目があるもっと見てくれ聞いてくれそして感じてくれ触ってくれその目で耳で肌で感覚でこの仮面の存在をこの完成された仮面の造形はまさしく完璧だそしてこの世の芸術家は見れば喉から腹から嫉妬するまさしく美学の化身だ彩色は日光に当たればまた美しく可憐で華やかの中に惑わしさや悩ましささえもある顔を見せてくれるんだこれは私だけが知っている事だが今少年君に話した事でこの世に2人となったこれは誇って良い事であるよ少年君は今この時をもって仮面の道を探求する資格を得たようなものだからね私はとても嬉しく思うよさあ少年君もこの美しく華やかで可憐で惑わしく悩ましい仮面を是非その幼さと凛々しさが垣間見えるその顔に付けこの街をこの世界を仮面と共に進んで行こうではないかあさあ!!!!」
奇抜な格好の男は、パーツが壊れおかしな動きをする人形のような身振り手振りをし、物凄い勢いでその不気味な仮面への執着心をと愛を語り尽くし、言葉の嵐を巻き上げてゆく。
「がっ‥ぁ‥あ」
絶句だった。
彼は絶句に絶句と絶句を組み合わせた表情をしていた。何も言い返せない返答一つ思い浮かばない。彼が想像していた展開、想像していた人柄、全ての想像や予想が全てひっくり返ったこの状況。
「‥おっと。これはこれは失礼したよ。私とした事がついつい取り乱してしまったようだ。謝罪する」
「あ、ぁ‥いえ大丈夫です‥!」
「少し興奮したとはいえ、非礼を詫びなければならないねぇ、そうだぁ」
落ち着きを取り戻し、紳士的に振る舞う奇抜な格好の男は、ぽんっ。と手を叩き、彼にそっと近寄りそして、
「少年君の運勢をこの私が見てあげようじゃないかぁ。こう見えて私はこの手の事が得意でねえ。」
と、提案してきたのだったーー。