これが二人の生きる道
あれから、7回目の7月が過ぎた。
「センパイ、また仕事の依頼です。人手が足りません」
「センパイじゃなくて社長だって言ってるでしょ、漣太郎クン」
呆れ声で俺の手渡した書類に目を通すスーツ姿のるるセンパイ。
「すいません、どうにも慣れなくって」
同じくスーツ姿の俺は頭を掻きながら謝った。後ろでクスクスと年上の事務のお姉さんたちが笑う。
窓からは夏の風が入ってくる。その窓の先からは東京湾の上に揺れる陽炎越しの都心の高層ビルが並ぶ様子が見えた。湾岸エリアよりのこのオフィスはエアコンを入れるよりも海風の方が気持ちがいい。
(もしくは、まだディアスフィアでの生活が抜けきっていないのかもな)
俺はもう23歳になっていた。今は東京でるるセンパイの起業した会社で働いている。まだ小さい人材派遣会社だが、一般的に想像されるものとは違い、るるセンパイは地方や果ては海外から暇なその筋のスペシャリストを集め(どういうコネクションなのかはわからないが)困っている会社に雇用契約を結ぶという特殊な会社である。ある意味王様の経験のあるるるセンパイらしい仕事かもしれない。
「しょうがないなー、またどこかでヒマなプロを探してくるか。漣太郎くんはスケジュール管理の方よろしくね。ヒマな時は発明にうつつを抜かしてていいから」
「遊んでるみたいに言わないでくださいよ、これでも特許をいくつか取ってるんですから」
「そうね、将来的には漣太郎くんの収入で食べてくのが夢なんだから頑張ってもらわないと」
もう言い返す気も起きない。でもニッコリと笑うセンパイの笑顔を見ると許せてしまう。行ってきますと言い駅に向かうるるセンパイを見送ってから俺は仕事に入った。
暗黒竜を封印してから、姫を中心としたリラバティの人々は協力しなんとかかつて城があったところに小さな町を作った。暗黒竜を封じベリアを倒した後は、生き残りの竜が時々迷い込んで飛んでくるくらいで、人々はいたって平和な日々を手に入れたと言えるだろう。
あの封印を見守るために、リラバティは再び蘇るのだそうだ。
そして、ルルリアーノ王女達がひとまず落ち着いたということは、俺とるるセンパイの仕事も落ち着いたと言える。
「本当に帰られるのですか?」
「とりあえず、漣太郎くんを返さないといけないし」
新しく建てたばかりの王女の小さな館で紅茶をいただきながら、すみませんと俺とセンパイはみんなに頭を下げた。
「それは仕方ないのです。でもこんなにお世話になったのにロクにお礼もできないで……こんな状態では満足なお返しも出来ないのだけれど」
困り顔で言うルルリアーナ王女にるるセンパイはさらに謝る。
「いいんです。こちらこそこれから大変な時に手伝いもできずに、しかも大金のかかる帰還の儀式を用意してもらって……」
リラバティは一人でも人手が欲しい時だ。城や城下町の再建以外にもやらなくてはならないことがたくさんある。騎士団は怪我人だらけだし、食料の方も心もとない。瓦礫の撤去や城壁の建築にはゴーレム術士のネイ師が(相場からはかなり安い賃金で)雇われてくれるそうだが……。
「お二人には、国民一同いくら感謝してもしきれるものではありません。遠い異世界の一つの国の為に全身全霊で戦っていただいた事、末永く語り継がせていただきます」
「それだけで私たちには十分です、姫様」
恭しく礼をするるるセンパイ。しかし俺は気になってセンパイに聞いてみた。
「でも、センパイ。まだディアスフィアでやりたい事あるんじゃないですか?というか地球でやる事無いと言うか」
「まぁ名残惜しいけど」
ターニアさんの焼いてくれたケーキを食べながら答えるセンパイ。
「ここでやりたい事を探すよりは日本で頑張って成長する方が大事かなって。勢いで姫様代理をやっては見たけど、自分の未熟さが身に染みたし。ワタシも帰ってもう少し頑張ってみるよ」
「お二人がそうおっしゃるのでしたら、もうお止めいたしますまい。グレッソン、儀式の方の確認を」
「はっ」
グレッソンが姫様の指示で退室した。おそらく館の裏の広間で準備されている帰還の儀式の進捗を見に行ったのだろう。バタンと閉まる真新しい木の扉を見てから、ルルリアーナ王女は嘆息するように呟いた。
「また、お二人に会えますでしょうか」
「何か大変な事があればまた呼んでください。私たち、遠い親戚なんですから。漣太郎くんは他人だけど連れてきます」
「……まぁ、困っているなら来ますけど」
俺たちの軽い答えに、王女はやっと笑ってくれた。
「平和な時にこそ、お呼びしたいものですけど……そうですね。もしまた何かあれば」
「必ず」
俺たちは立ち上がって固く握手をした。
「そしてあれから、早や7年か」
「ホントに早いモノですねぇ」
夜九時。スカウトから帰ってきたセンパイと、オフィスで二人出前のカレーを食べ終える。3人いる事務員のお姉さんはみんな帰宅していた。ウチの会社はホワイトなのだ(俺以外)
ディアスフィアに旅立った日と全く同日に地球に帰ってきたが、かなり日焼けしたり筋肉もついたりしていて家族をごまかすのは少し大変だったが、俺たちは何とか日本での日常生活に復帰した。普通に高校に通い、大学に入り、センパイとデートをしたりケンカをしたりしながら卒業。その後センパイが始めたこの会社に半ば無理やり入社させられ今に至るというワケである。
「1年ちょっと頑張ったけど、やっとこの椅子がしっくりくる感じになったかな?」
「セ……社長はなにかっていうとすぐ人さらいに行ってましたからね」
「人を犯罪者みたいに言わないの。貴重な人材の再利用、つまりエコロジーな会社って事よ」
国王の経験を活かして、と本人は言っているがとりあえずこの人材派遣会社は今の所いい調子である。定年退職した人や育児で退職した主婦、怪我で離職した人などを中心に有能なスキルを持った人がもう71人スカウトされていた。なんとか利益も安定するようになり、会社として軌道に乗り始めたという所だろう。
一方で俺は事務仕事をしながら新しい商品の発明などに勤しんでいた。つい先日も竜槍術を使っていたセンパイにヒントを得て作った自由落下充電器(高く空に投げたあとプロペラで減速しつつ充電を行う)が受注生産に入ったし、他にもいろいろ考えだしてはいるのだがなかなか大ヒット商品を生み出すのは難しい。
「まがりなりにも、社長だし。ある意味夢だった国王みたいなものかな。向こうでの生活に比べると少し物足りないけど」
「物足りないですか」
「ふつーに生きてたらあんな刺激的な毎日はそうそう送れないわよ。機会があればもう一度くらいまた行ってみたいかな。漣太郎くん抜きでは行きたくないけどね」
「また人を便利屋みたいに……」
ふてくされた俺が、カレー皿を洗い終えオフィスの電気を消す。が部屋は真っ暗にはならなかった。天井から照らされる光とは逆に下から、何かの光が俺たちを照らしている。
「なんだ?」
「漣太郎くん、足の下……」
明かりはちょうど俺の靴の下から漏れていた。光は徐々に円形に広がる。それはどこかで見覚えのある文様と文字で構成されていて……。
バシュウウウウウウン!!
広がりきった魔法陣から光が溢れだし、俺は勢いよく吹っ飛ばされた。壁にしたたかに頭を打ったが運よくコブを作った程度で済んだようだ。
「あいててて、なんだってんだ一体」
「ひさしぶりだなレンタロー」
光の中から二つの人影、いや、片方は子豚の影が現れた。残念だが飛ぶ子豚には一匹しか心当たりがない。
「べ、ベゥちゃん!?」
「うむ、だいぶ歳をとったようじゃな、るる姫」
光の中から現れたのは、間違いなくあの賢豚にして自称神のベゥヘレムだった。そしてその後ろからもう一人、ファンタジックなドレスに身を包んだ美少女が現れる。
「ほんとだ、大おばあ様の若い頃にそっくり」
出てくるなりそう驚く少女は、髪の色や長さは違えどそれこそるるセンパイの中学生の頃にそっくりだった。となれば、この美少女の正体にもなんとなく想像はつく。
「いったいなんなのよベゥちゃん、唐突にやってきて」
「久方ぶりの再開なのに相変わらず冷たいのう。事情はこの娘から、ホレ」
ブタに促されて、はじめまして!と元気にあいさつした美少女が自己紹介をした。
「救国の英雄のお二方にお会いできて光栄ですっ!私はルリルーナ・ディロ・リラバティ。再建王ルルリアーノのひ孫です!」
「ひ孫ぉ!?」
俺とセンパイは驚愕のあまり大声を上げた。ディアスフィアが地球と違う時間軸だとは言え、そんな先の未来からあのルルリアーナ王女の孫がこようとは。
「はい、お二人が地球にご帰還されてから実に70年。リラバティはかつての繁栄を取戻し平和でありました。しかし先日、再建祭の夜にあの忌まわしき暗黒竜の封印が破れ竜どもが再び暴れ出したのです。それに加え南では蛮族国家バゲンリボルグが我が国に侵攻を開始、さらに魔の島からは魔王ゴンジアロスが悪魔の大群を率いて大陸制圧に動き始めたのです。この未曾有の危機を切り抜けるには、やはり異世界から勇者殿をお呼びするしかないということになりまして……」
俺は溜息を吐きつつ、るるセンパイの肩を叩いた。
「ホント、刺激的ですね。アッチは」
「つきあってくれるの?漣太郎くん?」
振り向いたるるセンパイの瞳は、キラキラではなくギラギラしていた。
「俺は、一生センパイについていくって決めてますから」
「アリガト。じゃあ、いこっか」
そうして俺たちはまた、平和な日々にしばしの別れを告げた。
ようやく完結させることが出来ました。振り返るに、ひどく拙い作品になってしまいましたが学ぶところは多かったです。
もうファンタジーはいいかなと思いもしましたが、ここで止めると悔いも残りそうなのでもう一作異世界ものにチャレンジしようと思います。
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ここまで読んで下さった皆様、ありがとうございました。




