神より他に頼るもの無し
レゴール内で最後の作戦会議が始まった。それは作戦と呼ぶにはあまりにもシンプルすぎる物だったが。
「つまり、このレゴールで『ムラクモ』発射まで敵の注意を引き付け、『ムラクモ』はアヴィオールの大砲で上空へ射出。超スピードで落下してその竜封じの槍で致命傷を与える、と」
テステッサが要約してそう言ってくれたが、要約も何もこれ以上細かい事は何も決まっていないし、おそらく出来ないだろう。望遠鏡で見ると、暗黒竜に呼び寄せられたのかあちこちからワイバーンが飛んできて取り巻くように飛び回っていて確かに援護は必要だった。そして早くも暗黒竜自体も腹の辺りまで這い出してきている。倒すならまだ自由に動けない今しかない。
「そう、槍を刺して暗黒竜を弱体化させたらレゴールからこの封印の札をありったけ撒く。それをエルノパさんが起動して封印結界を作り暗黒竜を今度こそ完全封印する」
無数の細かい魔術文字が書かれた封印の札は日本のお札くらいの大きさで、それが千枚あるそうだ。エルノパさんはずっとこの封印の札を作っていたということでとても寝不足の顔をしている。
「この規模の枚数を使った封印結界は歴史でも例が無い。暗黒竜を瀕死にすることが出来れば必ず封印できると思う」
エルノパさんはそう断言した。
「そんな封印の儀式を一人でやって大丈夫なんですか?」
「南方の密林部族に伝わるオルデベリリカマムシ酒を飲んだから体力的には多分大丈夫」
(本当に大丈夫なんだろうか、その酒)
俺の心配をよそにツェリバ隊長が話を進めた。
「じゃあ騎士団は全員バリスタでワイバーンを攻撃しながら、レゴールは暗黒竜に接近。その隙にアヴィオールに取りついたレンタロー殿とルミ殿が大型砲内に入るとして……発砲させる人手がいるな」
「そりゃあ、オレらに任してもらうしかないですよテステッサ隊長」
「モダ砲兵長!」
会議室に入ってきたのは、あのウヴェンドスとの戦いを共にしたモダ砲兵長とその部下たちだった。元々アヴィオールで砲撃を担当していたそうで、俺達を打ち上げるのには適任と言える。
「レンタロー隊長を竜に向けてぶっ放せるなんて、大砲屋冥利につきますな」
「あくまで高い所に行ければいいんですから、ほどほどにして下さいよ」
とにかく、これで役者は揃ったようだった。時間に余裕も無く、全員が会議室から急ぎ足で退出する。俺は残っていた神豚のベゥヘレムに聞いてみた。
「ベゥヘレムはなんか手伝ってくれないのか」
「神にすがるにはまだ早いと思わんか?」
「全く思わんけど、まぁやるだけはやるさ」
「お前さんも何度かあの世を見てきた男なんじゃろ?ドーンといかんかい」
あまりに無責任なその言葉に俺は思わず吹きだしてしまった。
「気が付いたらこの世に戻って来てたから、生憎あの世の記憶は無いんだよなぁ」
「正念場だからと言って肩肘張った所で上手くいくわけでもない。あの嬢ちゃんもだいぶプレッシャーで参っているようだ。お前さんがちゃんと支えてやれ」
「……随分気を使ってくれるじゃないか」
「なんせ神様じゃからな」
ブヒヒヒヒとベゥヘレムは下品に笑った。
「よし、作戦開始だ!」
ツェリバ隊長が号令を出す。なんせ時間が無い。リラバティだけではなく、この大陸の人間全員の命の為に騎士団全員が走り出した。
「砲撃隊、降下用意!」
巡洋艦レゴールは地面スレスレまで降下し、俺とセンパイの乗る『ムラクモ改』を降ろす。そしてロープの先にぶら下がったモダ砲兵長達もシーツで作った簡易パラシュートで地上に向かった。乱暴なやり方だが全員無事に着地できたようだ。
「センパイ、大丈夫ですか?」
「……よくよく考えたら自分で降りれば良かった」
着地の衝撃でちょっと気持ち悪くなりながらもるるセンパイは前進を命令する。レゴールも浮上を始め、残ったありったけの矢と砲弾を乱射しながら暗黒竜に向かった。
(大砲で飛ばされるのと、あの船で竜に特攻するのじゃ大して変わらないかもな)
死して屍拾う者無し。異世界で竜に玉砕して死んでしまいましたでは流石に人生空しすぎる。なんとしてもこの『ムラクモ改』の槍をアイツに突き立ててやらねば。
アヴィオールに辿り着いた俺達は直ぐに艦首の大口径主砲に向かった。
「大丈夫です!粉も充分にあります。砲の角度調整をするんでレンタロー隊長は砲身内に入ってください!」
チェックをしていたモダ砲兵長から通信が入る。いい加減覚悟を決めなければいけないようだ。俺は『ムラクモ改』を砲弾装填口に進ませた。もう一度空を見る。
「みんな、戦ってる」
「はい」
センパイと俺の視線の先、レゴールはワイバーンに囲まれながら前進を続けていた。あちこちから出火し、黒煙を上げながらも暗黒竜のブレスを避け、対空砲撃を続けている。
(長くは持たない……)
俺は主砲の中に機体を入れて重い金属製の扉を閉めた。槍が折れない様に抱えて砲身の中で『ムラクモ改』を仰向けにする。
「センパイ?」
俺の横で、センパイが震えて真っ青な顔をしていた。
「怖くないの?」
「え?」
「怖くないの!?怖いでしょ!?こんないい加減な作戦!」
いきなり目を見開いて、暗い操縦室の中でセンパイが叫びだした。
「わ、ワタシ!責任持てない!最後にはこんな手しか無いわね、って冗談で言った話だよ!なんの確証も無いんだから!なんでみんなこんな作戦に乗るの!?」
「な……」
こんなとこでそんな事をカミングアウトされても困る。とりあえず落ち着かせようと両肩に手をやるがセンパイはイヤイヤをする様に身を捩らせた。
「ね、止めよ?今ならまだ間に合う。ここから逃げようよ!誰もワタシ達を知らない海の向こうに。こんな所で漣太郎くんを死なせたくない」
「……」
言葉を失っている俺の前で錯乱したセンパイは操縦桿に手を伸ばした。
「ホラ、すぐそこの穴から出ちゃえばいいんだもん。ワタシ達一生懸命やったもん。ここで逃げたって……」
「留美!!」
自分でも信じられない声が、俺の喉奥から飛び出す。センパイがヒッ!と怯えて硬直したところにすかさず唇を奪った。
二秒、三秒……、もう正確な秒数がわからなくなるまで俺はセンパイとキスをし、それからゆっくりと離れた。
「漣太郎くん……」
涙を流しているセンパイの手を取って、ゆっくりと話す。
「センパイ、センパイがいくら破れかぶれに思いついた作戦でも、絶対不可能って事は無いんでしょう?だったら、俺はそれに命を賭けてもいい」
「……」
「すごく大変だったけど俺、楽しかったです。ディアスフィアでの毎日。リーリィや街の人たち、騎士団のみんなにテステッサ、あのベゥヘレムに会えたことだって……だから、見捨てたくありません。お願いです、センパイの力を貸してください」
俺は深く頭を下げた。その後頭部に、るるセンパイの細い手が乗せられる。
「センパイ……?」
「もう一回呼んで」
「え?」
頭を上げると、センパイが真剣な顔でこっちを見ていた。
「名前。名前で呼んで、お願いしてくれたら、考え直す」
そう言われると急に恥ずかしくなる。俺はぷるぷると顔を震わせながら精一杯口を開いた。
「る、るるるるるる……」
「違うでしょ!」
「留美!力を貸してくれ!ださい!」
はぁーっ、とセンパイの長い溜息が操縦席内に漏れた。




