決戦開始
「一番大きな戦艦がアヴィオール、それからカノプス、レゴールよ」
夜、ゾラステアの横に係留されながら艤装される三隻の船を見上げながらセンパイは俺にそう言った。明るい月夜なので船のシルエットはよく見える。両舷に物々しく大砲や対空バリスタがつけられて軍艦らしい姿になってきた。2隻のクルーザーはもともと運搬用の船だったので大改造になっている。
「由来は何なんですか?」
俺が持ってきた紅茶を渡しながらそう聞くと、センパイは少したしなめるような顔をして答えた。
「星の名前よ。りゅうこつ座とほ座から取ったの。漣太郎くんは少しお勉強が足りないわね」
「さすがに星の名前までは知りませんよ」
センパイが雑学に詳しすぎるのだ。昔高校生クイズ王にも出ようとしていたことがあったし。
「ちなみにピストル星って名前の星もあるのよ。ピストル星人とかいるのかしら」
「それより、よくもまぁコッチに帰ってきてそんなサクサク仕事できますね」
「むしろ途中で切り上げさせられた仕事に戻れたんだから、ありがたい事じゃない」
(そんなもんだろうか)
俺は首を捻りながらリーリィが夜食に焼いてくれたスコーンを齧った。城の温泉が使えないためにホットケーキ屋は休業しているがティディットでは喫茶店のような
店をやっているとのことだ。
「じゃあ城攻めが終ったら、どうするんです」
「そんなの、この一大事を乗り切ってから考えるわよ。漣太郎くんは今の作戦で万全だと思ってるの?」
「勝手な予想を言うのなら半々くらいですかね」
「奇遇ね、ワタシもそんな予想」
二人して重い溜息を吐く。
「漣太郎くんは、無事に終わったらどうするのよ」
意地悪く聞いてくるので俺は胸を張って言ってやった。
「センパイを連れて帰るんですよ」
「ほうほう、それから?」
「大学に行って就職して、センパイは俺のお嫁さんになって子供を産むんです」
少し恥ずかしくなって俺はそっぽを向く。
「こんな酷い告白生まれて初めて聞いたわ」
「……すいません」
「ワタシじゃなきゃダメなの?」
「ダメです!センパイじゃなきゃ、絶対に!」
しばし沈黙が流れる。風に流されてきた雲が月を隠して、また月光が俺たちを照らす頃、冷や汗をかきまくってる俺の横でセンパイが口を開いた。
「悪くないかもね。……うん。ちょっと修正が必要かもだけど、こんなにストレートに求められるなら帰ってもいいかなって、思った」
「ほ、ホントですか!?」
心臓をバクバクさせながら振り向いた俺の顎を、センパイがクイっと掴む。
「全部、カタつけてからよ」
はい、と答える前に目を瞑ったセンパイの柔らかい唇が俺を捉えた。
三隻の戦闘飛空挺、『アルム』、そしてセンパイ用のゲゥヴェルの竜纏鎧が完成した。竜纏鎧は急ごしらえのために完成度は低く問題だらけだがるるセンパイはそれでもいいと言ってくれた。
「これ以上は待てないものね」
リド公国やゾラステアにも竜の襲撃は増加している。街道を往く商人のキャラバンも途絶え小さな村などは困窮状態に陥り始めていた。
「すみません、ここの設備じゃ……」
「しかたないわ。できるだけ気を付けて戦うから。漣太郎くんたちも気を付けてね。」
センパイはそう言ってミティや騎士団と戦艦アヴィオールに乗りこんでいく。俺とケイスン、『アルム』隊は巡洋艦カノプス、ネイ士と伯爵一行は巡洋艦レゴールに乗り込む。船はティディットのみんなに見送られ北の空へ浮上を始めた。
「うまく……行きますかね」
甲板の上から遠ざかる街を見ながら不安そうに言うケイスンに俺は肩をすくめた。
「リラバティにそれがわかる人なんて誰もいないさ。占い師にでも聞いておけばよかったかな」
「いや、勝つと聞いても負けると聞いても不安になりますね。このまま行ったほうが気持ちが楽です」
「そういうことだな。そろそろ格納庫の方に行こう」
灰色の雲の下、船団はリラバティ城跡に差し掛かろうとしていた。アヴィオールに乗っている騎士たちはつらい思いで眼下の廃墟を見ていることだろう。そんな中急に艦内が慌ただしくなってきた。
「竜だ!」
見張りからの伝令が艦内に飛び込んでくる。舷窓から外を見ると前方からワイバーンの集団が接近するのが見えた。三隻の弓兵が急いで持ち場につき対空バリスタを発射し始め、一気に激しい空中戦が始まった。艦はそれぞれ鉄板で外装強化しているが竜の炎ブレスを浴びれば火災になる恐れもある。
アヴィオールからはセンパイとミティが飛び立つのが見えた。
「俺も出る!」
「『アルム』じゃ危ないですよ!」
「鎖を足に巻き付けてくれ!」
甲板員に無理を言って新しくゾラステアで買った機体に乗り込む。長距離用の長いライフルを持ち甲板に出た俺はセンパイたちを狙う大きい竜から順番に撃ち落とし始める。
「数が多い!」
通信で届くミティの声は早くも息が上がり始めていた。ざっと周囲を見回しても100くらいはいるように見える。
「でも、ここで減らしておかないと突入の時に不利になるわ!二人とも頑張って!」
「了解!」
センパイはそう言いながら上空に飛んだ。予備で持ってきたメルトピアサーを振り回し火球で竜たちをどんどんと焼き落としていく。ミティも暗器で小さなワイバーンを仕留めて回っていた。暗器の予備は十分に持ってきたからアヴィオールに戻れば補充できるはずだ。俺も弾丸を詰め込みながら次の敵を探す。
なんとか致命傷を避けながら三隻は山脈の奥に進行しつつあった。ワイバーンの数も減らせているが各艦からのバリスタの矢が減り始めている。持ってきた矢が底をつき始めているのだろう。
「センパイ、少し休んでください!城までは俺とミティで」
「でも、敵がまだ……!」
「大丈夫です、任せてくださいルミ様!」
力強く答えるミティにセンパイも頷き一旦アヴィオールに戻ってくれた。
「レンタローは大丈夫なの?」
「俺はその気になればすぐ船の中に逃げられるからな。ミティこそ油断して山の中に落ちるんじゃないぞ、拾ってやれないからな」
「そんな素人みたいな失敗しないわよ!」
ズバッ!とワイバーンの首を切断し俺の乗るカノプスの甲板に降りてくるミティ。さすがくのいち、身軽さだけならセンパイよりは上だ。
「この戦いが終わったら、ちょっとだけお休みが欲しいカナ」
「くれるだろうさ、三日くらいなら」
「もう少し欲しいなぁー……っと!」
ワガママな事を言いながらミティはまた飛び上がった。その後を追うワイバーンの背中にライフルで穴を開ける。船団は対空戦を続けたまま山脈中央部にさしかかり始めた。一際高い山の中腹部に、真っ黒く禍々しい外見を持つ大きな城が見えてきた。
「あれが……」
間違いなく、その城こそが敵の本拠地だろう。突入作戦はようやく第一段階に入り始めた。




