ディアスフィアとこれから
6話に挿絵を追加しました。
「で、早速なんだけど『竜纏鎧』の修理からやってくれる?」
目の前に置かれたドデカイワイバーンステーキの塊にフォークとナイフを突きたてながらルルリアーノ王女の影武者、るるセンパイはそう言った。温泉で湯浴み(なんとこの城には天然温泉があるらしい)をしてドレスに着替えなおしたセンパイはさっぱりした顔で食事を楽しんでいる。
初体験のドラゴン肉は、確かに美味かった。だいぶ筋はあるがいわゆる上質な赤身で、何も聞かずに食えばシカかイノシシあたりの肉と思わないでもなかったかもしれない。城のシェフが丁寧に調理したおかげで血の生臭さも無くデミグラスソースに似た濃厚なソースが肉によくマッチしている。
と、グルメっぽい感想をひねり出している場合ではなかった。
「出来るかどうかわかりませんが、その前にセンパイ」
「なぁに?」
今はセンパイの私室、意外にこじんまりしたリビングのテーブルで二人きりで食事をさせてもらっている。勿論扉の外には護衛の兵士がいる筈だし横の控室にはメイドが待機しているのもわかっていた。
それで、俺は外に聞こえないように声を控えめにして会話を続ける。
「今更感もありますが……センパイは本当にここで姫様の代わりをするんですか?あの竜達と戦いながら」
「ふぉうねぇ……」
肉をもしゃもしゃと噛みながら答えるるるセンパイの顔には緊張感と言うものが無かった。ついでにおしとやさとか女子力とかそういう類のものも。
「助けてもらったという恩もあるけど、やってみたら意外にできちゃったし……シ○シティみたいでやりがいもあるかなって」
「そういう所、センパイのいい所だと思いますけど……そもそも何でセンパイは『ディアスフィア』に来ちゃったんです?」
『ディアスフィア』、それが俺たちがいるこの世界の名前らしい。聞けば今いるこの大陸だけでも北アメリカと同等の広さ。海を越えればこれ以上の大陸がいくつもあるらしい。その広さは地球の数倍とも言われている、とか。
こんな途方もない世界で、一王国の再興を担おうなんて常人は考えないと思うのだが。
(ま、そこはセンパイだしな)
「ワタシも詳しい訳じゃないけど、こちらの昔話によると元々地球と『ディアスフィア』って一つの世界だったみたい」
ステーキをもぐもぐと食いながらセンパイは続ける。
「漣太郎くん、『浦島太郎』は知ってるでしょ。あと『不思議の国のアリス』」
「知ってますよ、竜宮城に行ったりウサギを追っかけて穴に落ちたりする」
「どうもあの話は『ディアスフィア』での話らしいのよね」
「はぁ?」
突飛な展開に肉が咽喉に詰まった。慌てて水の入った金属のカップを取る。
「この国の書庫を漁ったり物知りのおじいさんに聞いてみた話なんだけど、こちらの昔話にも同じようなモノがあるのよね。曰く、“異邦より来たれりウラスマ、海の女王の寵愛を受けるも故郷を忘れられず柱を上り還れり”……アリスも同じようなのがあったわ。まぁルイス・キャロル、あれはペンネームだっけ?彼が直接こっちに落っこちて体験したのかはわからないけど」
「この世界のどっかには消えるピンクの猫やトランプの体の兵士がいるんですか?」
「さぁね。でも地球から何年かに一度、誰かしら『ディアスフィア』に落っこちてきているのは間違いないわ。ちゃんと地球への帰還の儀式の方法が確立してるんだから」
それは確かにそうだ。大変な儀式らしいがセンパイは一度間違いなく地球に戻ってきている。
「年月が経つに連れて地球と『ディアスフィア』の距離は離れているようで、だんだんと落ちてくる人は減っているみたいだけどね。ワタシが落ちてきちゃったのは運が悪かったんだろうけど、これも運命かなと思ってさ」
「そんなんでいいんですかねぇ……死ぬかもしれないんですよ」
まさに今日一回死んでみた俺が言うのも何だが。いくら生き返られると言われてもとてももう一回死んでもいいとは思えない。今までゲームで何度も棺桶に入れられてきたキャラクター達も同じ気持ちだったんだろうか。俺は今までゲームで死なせてきたキャラクターたちに心の中で謝った。
「そりゃワタシだって死にたくないわよ。だから漣太郎くんを連れてきたの☆」
「それ、拉致って言うんですよセンパイ」
「まぁまぁ、仕事が終わったらちゃんとお母さんの所に帰してあげるから」
人の好い犯罪者のセリフである。
仕方なく俺はセンパイの依頼をこなすことにした。まずは『竜槍術』を使う為の鎧、『竜纏鎧』の修理だ。話によるとだいぶ古い物でいつ故障してもおかしくないとの事。最初はセンパイの肌に密着していたモノだ!と興奮もしたが仕組みを調べるうちに別の、工学系男子ならではの興奮が俺の脳内にあふれ出した。
鎧なのに故障とはなんぞやと思っていたが仕組みを知ればよくわかる。この『竜纏鎧』は精密な機械と言ってもいいものだった。例えば肩のアーマーに付いている翼は頭に付けるティアラと連動し、装着者の意思を感じて上昇・下降に応じ素早く回転する。
腰アーマーの羽はそれを補助するように動き、脚のアーマーはジャンプ力の補助(筋力を増加させるだけじゃなく、ジェット気流の様なものが脛のスリットから噴射される)と着地の衝撃緩和を受け持っている。
各アーマーは頑強な竜の鱗に魔力を帯びた特殊な加工液で強化されているが、その下には何本もの細かい管がありその中に鎧のエネルギーとなる竜の血が循環している。前に俺が油漏れだと思ったのはこの竜の血のようだ。そう言えばレガシーワイバーンを解体していた人たちの中にはその血液を樽に移し替えていた人もいた気がする。
その血液を竜の魔力が封じられている竜石という宝石(鱗の裏側とかに真珠のように生える物らしい。竜の飛行能力の源との事)で循環、コントロールして『竜姫士』は跳躍と降下を自在に行うのだそうだ。
(まるでパワードスーツみたいな機械だな)
ここまでの概略はわかったが、具体的な工程は例の古い解説書を読み込むしかない。なんと多少日本語を扱えるというルルリアーノ姫お付きのメイドさんのターニアという人(家に代々、昔日本人から譲られた辞書が伝わっているらしい。恐るべし異世界交流)が老大臣や鍛冶屋と協力してこの解説書を訳してくれたらしい。
おかげで古代文字を読めない俺もなんとか製作工程を把握できるようになった。
(ん……?)
ぼろぼろのページを慎重に読み進めていくと、他の鎧の造り方も書いてあることに気が付いた。どうやら異なる竜を素材にすることで性能の違う『竜纏鎧』を作ることが出来るらしい。その中には。
「レガシーワイバーン……!!」
なんと、ご丁寧にもレガシーワイバーンの『竜纏鎧』の造り方も記載されていた。古代のワイバーンと言われていたから、この本が書かれた時代にも生息していたのだろう。他の鎧と比べても作り方はそんなに難しくないようだ(難易度★★と書いてある)
(これは忙しくなりそうだな……)
俺は給仕係に淹れてもらった紅茶を啜りながらボキボキと手を鳴らした。