二人の姫君
ティディットには、ほぼ見知った顔の人はみんな避難してきていた。怪我をした人もパレィーア高司祭が治して回っているとの事だった。
それより驚いたのは、ツェリバ以下の騎士団や街の人がるるセンパイを歓声で迎えてくれたことだった。
「騙して王様ぶってたこと、怒らないの?」
恐る恐るツェリバ隊長たちに聞くセンパイに、みな一様に首を振った。
「ルミ様は姫様不在の間、それこそ命を懸けてリラバティ復興に力を注いで下さいました。もう一人の姫様と言っても過言ではありますまい……ウチの大臣にも責任はありますしな」
そう言って大笑いする騎士達の前で、センパイは小さい涙を流した。
「みんなありがとう……もう少しワタシ頑張るから、ヨロシクね」
センパイの言葉にオオ!と応えるリラバティ騎士団。その向こう側から、グレッソン大臣とターニア、それからミティに連れられて、王冠と白いドレスを身に付けた気品のある女性がゆっくりとやってきた。
(あれが……ルルリアーナ王女)
地球に帰される前にちらりとだけ見たが、髪の毛の色が少し違う以外は本当にるるセンパイに瓜二つだった。いくら遠い親戚とは言え、こんな奇跡のような事が起きるとは。
「あなたが、ルモイ・ルミさん?」
「そうです、ルルリアーナ陛下」
センパイが片膝をつき礼をする。俺も慌てて同じように腰を落とした。
「お止め下さい。今こうして私たちが生きておられるのも、貴女の作ったこの街のお陰なのですから」
「ですが陛下……私は陛下の名を騙り、国民と財産を独断で動かしました。騎士団の中には重傷を負ったものもいます。簡単に許されるような行為ではありません」
「いいのです、遠縁とは言え、このように遠い世界の国のため尽力していただいた事、礼の尽くしようがございません。どうかお立ちになってください」
ゆっくりと立ち上がったセンパイの手をルルリアーナ王女が取る。
「ほんとうにありがとう。たった一人で、私の代わりにここまで……」
「いえ……一人ではございません」
るるセンパイは振り返って俺の手を取った。
「漣太郎くんがいなければ、ワタシもどこかで諦めていたでしょう」
「センパイ……」
るるセンパイは俺を姫様の前に引っ張り出した。
「レンタローさまですね、お話は伺っております。射撃の名手にして竜纏鎧や『アルム』をいくつも手掛けられたとか。その功、後世まで永く伝わる事でしょう。国を代表してお礼を申し上げます」
「いや、俺も精一杯やっただけですから」
姫様に手を握られてテンパる俺。るるセンパイの視線が怖いので後ろは見ないようにしたが、そのセンパイは奥にいるミティの方に歩いていく。
「ミティ、ごめんね。怒ってる?」
「……正直、いろいろショックでした」
るるセンパイはミティに正体を隠して姫様として接してきた。ルルリアーナ王女を敬愛するミティには許せない気持ちもあるだろう。しかし、ミティはるるセンパイに微笑んで見せた。
「でもルミ様もリラバティの為に寝食を惜しんでらした事を思えば些細な事です」
「ミティ……」
「この竜纏鎧も、ルミ様とレンタローがいなければワタシが着る事は無かったでしょう。お陰でワタシは国の為に戦えています。お礼を言わせてください」
そこに、上からパタパタとブタ神ことベゥヘレムがやってきた。
「とにかく、みなお前さん方に感謝しているという事じゃな」
「ベゥちゃん……みんな、ありがとう」
頭を下げたるるセンパイと俺の周りで拍手がいつまでもやまなかった。
グンマ亭。ティディットの街に作られたラーメン屋の名前である。ステーキ屋が竜に潰され暫定的に店主となったワーツさんの店だ。
その二階を借り切って、今後の対策会議が開かれることになった。そこにはあの深緑騎士団のテステッサも来てくれていた。
「お久しぶりです、お二方」
「元気そうでよかった。どうしてここへ?」
握手を交わしながら貴公子が笑う。
「我が王よりリラバティ王国の復興に助力せよと仰せつかりました。正直頭を悩ませていましたが、お二人がいれば心強い」
「正直すぎるコメントだな」
「あの惨状を見ればそんな事も言いたくなります。リラバティの渓谷で竜を退けながら城を立て直すのに何十年かかることか」
かぶりを振るテステッサ。確かに彼の言うとおりあの廃墟を復興させるのはひと月ふた月とかいうレベルじゃない。おまけに竜はいつ襲ってくるかわからないのだ。
「しかし城が無ければ竜はどんどんと南下してくるわ。リド公国や他の国も遠くないうちに危険に晒される……」
センパイの言葉に一同がうーんと唸る。俺は場が暗くなり過ぎないように冗談めかして言ってみた。
「なんかこう、びゅーんと飛んで行って竜の本拠地みたいのを壊せればいいんですけどね」
「飛ぶ船なら、無くも無い」
エルノパさんの一言にみんなが一斉に注目する。
「ここに来る前にゾラステアに寄ったが、巨大な新型飛行艇があった。あれを改造すれば竜を撃退しながら北上する事が出来るかもしれない」
「でも、お高いんでしょう?」
「でしょうなぁ。おまけにわが王国は国庫も焼かれろくな資産がありませぬ。城を再建するお金すら無いと言うのに」
また一斉に溜息が出る中、テステッサが手を上げた。
「金の事であれば我が公国が何とかできるかもしれません」
「オムソー王が?」
るるセンパイが半信半疑の声を上げる。もうお姫様じゃないんだから言葉使いには気を付けてもらいたいものだ。テステッサも苦笑いして答える。
「まぁ確約はできませんが、このままでは公国も被害が及びます。うまく説得してみます」
「じゃあこちらは船の値段交渉と改造計画でも作成していましょうか。のんびりしている時間も無いしね」
「お願いします、では一度リドに戻らせていただきます」
テステッサが退席する。相変わらず実直な働き者だ。
「しかし姫……じゃなかったセンパイ、敵の本拠地に行ってもどんなところかわからなければ突入は難しいですよ」
「それについては少し私が見聞きした事があります」
俺の言葉に本物の方のルルリアーナ王女が口を開いた。
「そもそも私が攫われたのは、王族の血を集め“ある儀式”に使う為だったようです」
「王族の血……じゃあリンカ族の族長も?」
センパイの言葉に静かに頷く王女。
「他にも何人かの王族関係者が攫われて来ていました。その“儀式”とは太古に封印された暗黒竜の復活……」
ザワッ、とその場にいた全員がざわめく。そんなにヤバい奴なのか。




