再び、ディアスフィアへ
「……嘘でしょ」
再び訪れたディアスフィア。曇天の空の下、目を開けた俺とるるセンパイの前に広がっていたのは、廃墟の街とボロボロに崩された城だった。
城は、間違いなくリラバティ城だ。新しく建て直した見張り台と、センパイ自慢の浴場が半壊して残っているのが見える。
「リラバティが……どうして……」
城下町はもう見る影もないほど破壊されつくしていた。城が無ければとてもリラバティの街とは信じられない。るるセンパイがハッ、と気を取り直し隣で浮かんでいるベゥヘレムをひっつかんだ。
「どうなってるのベゥちゃん!説明して!早く!」
「やっ、そんな、乱b、しゃべれ、じゃろうが!!」
全力でもがきなんとかセンパイの手から脱出したベゥヘレムが空中で咳き込む。神様らしいが結構肉体的にはあまり頑丈ではないのか。センパイも少し冷静になったのかしおらしく謝った。
「……ごめんなさい、大丈夫?」
「まぁ、この惨状を見れば慌てるのもわかるがな……とりあえず説明を聞くのじゃ」
俺達が“黒づくめ”により地球に送還されたあの日、リラバティ騎士団は発見した本当のルルリアーナ王女を救出し撤収した(混乱している騎士たちには、センパイが誘拐された王女の代わりをしていてくれたのだとブタが上手く説明しておいてくれたのだそうだ)。
そして故郷の草原に帰って行ったリンカ族(テ・レトの父親も牢屋に囚われていた所を救出されたらしい)と別れ、城にたどり着いた王女と騎士団の前に北の竜の巣からドラゴンの大群が現れた。ドラゴンたちが城や街を焼き破壊の限りを尽くす中、騎士団は住民を地下都市ティディットに逃がすのが精いっぱいだったという。
「じゃあみんな無事に逃げられたのね」
「ほぼ全員、という言い方しかできんがな……」
ざっと見たところ倒れている人や血の跡は見られないが、この壊滅と言っていい状況で住民全員が無事に脱出できたと考えるのは流石に都合が良すぎるだろう。リーリィは無事だろうか、ワーツさんにキーナさん、大臣やターニアさん達……。
俺は気持ちを無理やり切り替える事にした。こっちに来てしまった以上、やれる事をやらなければ。
「じゃあ、とにかくここに居ても仕方がないんだな。ティディットへ行こう。馬車は……無いから歩きか」
「いや、私が手を貸そう」
前触れなく、背後から聞こえてくる声に振り返る。そこには懐かしい魔法使いの姿があった。
「エルノパさん!」
「久しいな。リラバティが大変な事になったと噂に聞いてやってきたが……これは酷い」
偉大な魔法使い、エルノパさんが廃墟を見渡して呟く。元々抑揚が無い喋り方なのは知っているが、あまりに呑気な言い方だったので俺もセンパイも吹いてしまった。
「そうね、でもみんな無事なら大丈夫。必ず復興させて見せるわ」
「流石じゃな、それでこそ連れて帰ってきた甲斐がある」
感心するように言うベゥヘレムの方をセンパイが振り向いた。
「でもどうやってベゥちゃんはワタシ達を見つけられたの?」
「いや、その前に」
俺はセンパイの話を遮った。
「ベゥヘレム、そもそも最初にセンパイをこの世界に召喚したのはアンタなのか?」
「……話が長くなるな。道すがら説明する事にしよう」
エルノパさんが最近作ったという魔法の絨毯(実に正統派の魔法使いらしい)に3人と1匹が乗り込みティデットを目指す。
「最初に答えるべき質問から答えるか」
ブタ、もとい神様はそう言うと揺れる絨毯の上で器用に茶を啜った。
「確かにお主をこの世界に召喚したのはワシじゃ。しかしワシの独断というのとは少し違う。助けを求めたのはルルリアーナ王女本人だからな」
「王女が?」
「1年前、リラバティが襲われた時じゃな。王女は最前線で騎士たちを鼓舞していたが泥沼の戦いの中体力の限界で倒れてしまった。気絶する前に王女の祈りを聞きワシがお前さんを呼んだ……というのが真相かのう。リラバティが滅びれば竜がこの大陸を滅ぼすのは間違いなかろうしな」
「王女の都合と、ベゥちゃんの気まぐれはわかったわ、でもなんでワタシだったの?」
そう、そこが俺も引っ掛かった。
「一つは、お前さんが地球の生活に絶望していたからじゃ」
「そんな事わかるの……?」
さすがに俺もセンパイもゾッとした。いくら神様だからってそんな心の声まで把握できるとは。
「もう一つ、こっちの方がまっとうな理由じゃが……お前さんとリラバティ王家は遠い昔別れた縁者だからじゃな」
「え?」
「リラバティを興した初代王は、地球からの転移者だったのじゃ。お前さんの遠い、500年ほど前の先祖じゃな」
いきなりのスケールの大きい話に、驚きで俺とセンパイの目が見開かれる。だが、少しずつ話の繋がりが見え始めた。
「もしかして、るるセンパイと王女がそっくりと言うのも?」
「血縁があればそういう事もあるじゃろうな。そこまで深く考えてお主を召喚したわけではないが」
500年前と言えば室町時代か。そんな昔に異世界に行った人がいて王国を築いているとは。大河ロマン的なデカイ話になんか耳の辺りがムズムズしてきた。
「地球からの転移者は、みんなアンタの仕業なのか?」
「まさか」
ベゥヘレムが飲み終えた湯呑みをエルノパさんに返す。
「神、と名乗ったがワシはどちらかと言うと調整者と呼ばれるのが正しいのかもしれん。ワシの様に各地でこの世界を見守っている存在は他にもいる。この世界の者ではなんともならず転移者を呼んだ方が良いなと思えばそうするし、本当に不幸にも時空の裂け目に落ちて地球からこちらに来てしまう者もいる。昔はディアスフィアと地球の距離が近かったせいでそんな連中の方が多かったが」
「事情は何となくわかったわ……」
頭の中を整理しながら頷くるるセンパイ。
「最初はなんでワタシなんだろとか思いながらやってたけど、親戚の事ならまぁ仕方ないわね。今までも手を抜いていたワケじゃないけどとにかく王国再建までは頑張らなきゃ」
「俺も、リラバティに遠い親戚とかいるのか?」
気になってベゥヘレムに聞いてみたが、ブタは速攻で首を左右に振った。
「いや、むしろお前さんはこんなに巻き込まれて、ワシですら少し不憫じゃのうと思ってるくらいじゃ」
「センパイぃぃぃぃー!」
理不尽に泣きそうになる俺の頭をセンパイが撫でる。
「まぁまぁ、これも愛の成せるわざだよ。漣太郎くん」
「もうすぐティディットに到着するぞ」
いつも通り冷静なエルノパさんの声が、寂しく俺の鼓膜を揺らした。




