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帰還x2




 今日もるるセンパイは夕暮れの公園にいた。長く伸びる大時計の影に沿うように自分も斜めに長い影を伸ばしている。その影の黒さはあの“黒づくめ”の呪術を思い起こさせた。


 (……)


 俺は公園の入り口からゆっくりと近づいていくのだが、もうかける言葉は俺の中から出尽くしてしまっていた……いや、言いたいこと全てを言ったわけでは無いがそれを言えば俺とセンパイは完全に他人になってしまうかもしれない。


 「るるセンパイ……」


 声をかけながら横に立つ俺を、センパイは無表情で迎えた。


 「もう、あれから一週間以上経ちますよ」


 「そんなに経ったの……?」


 言葉には少しだけ、驚きの感情があった。


 あれからというのは、勿論俺たちが地球……元々生まれ育った町に戻ってきてからだ。あの“黒づくめ”の術は俺とセンパイを日本に送り返すものだった。日付は俺がセンパイとディアスフィアに転移した日。何も知らずにピクニックに向かっていたあの時の公園に俺たちは戻されたのだ。


 俺はもちろん、センパイもディアスフィアに戻る術を失っていた。最初に俺を連れていったときは、あらかじめ<門>を向こうに設置していたからだという。<門>が無ければ自由にディアスフィアに行くことはできない。あの時の<門>は安全の為に撤去してしまっていた。


 もう、ディアスフィアでの事は夢だったのかもとさえ思えてくる。しかし、俺の部屋にはあの愛銃ロプノールがあるのだ。そしてセンパイの家にもウヴェンドスの鎧は残っているだろう(家族からどう隠しているのかはわからないけど)。それは、どうしようもなくリラバティでの生活が現実だという事を示している。


 るるセンパイはあれからずっとこの公園に来ていた。最初にディアスフィアに飛ばされた時もこの公園にいたという。夕暮れの空を飛ぶカラスを見ながら俺はゆっくりと口を開いた。


 「……なんでセンパイは、またディアスフィアに行きたいんですか?」


 その後の経過はわからないが、とりあえず本物のルルリアーナ王女は発見できた。飛面族のアジトも破壊したし、城にはミティもいる。結構な損害も出たがリラバティの問題はひとまずは解消されたと思う。

 そして本物の王女が帰還したという事は、るるセンパイはもう姫としてはリラバティにはいられない。竜姫士としての居場所はあるだろうが、王様になりたいというセンパイの夢は叶えられないはずだ。


 「漣太郎くんはさぁ……」


 空を見上げたるるセンパイが呟くように俺に問いかける。


 「将来って、何するか決めてるの?」


 「将来ですか……?そりゃあ、技術系の学校行ってるからソッチ方面で……営業とか苦手そうですし、他に得意な事も無いですし……」


 俺の答えに寂しそうに微笑むるるセンパイ。


 「ワタシはさ、無いんだよね。やりたい事」


 思わず震えるような冷たい風が吹いた、気がした。


 「え?」


 「こっちの世界じゃ、王様にはなれないでしょ。社長とか市長にはなれるかもしれないけどさ、そんなのになりたいわけじゃないし」


 その言葉に何も言えず黙っている俺の横で、センパイはくるくると回りながら続ける。


 「大学に行って、卒業して、適当な事務職かなんかやって、ダンナさん見つけて結婚して子育てして……それはそれで幸せでやりがいがあるんだろうけど、しっくりこないんだ……何したらいいんだろ、ワタシ」


 「そんな事言われても……っていうか、俺センパイと結婚出来ないんですか?」


 ふと思った疑問をぶつけてみる。と、るるセンパイはカッと目を見開いて俺に詰め寄ってきた。


 「そこ!」


 「は、はい?」


 「アナタ、本当にワタシの彼氏なの!?付き合ってるの!?好きなの!?」


 思ってもみなかった先輩からの詰問に焦る俺は、両手をわけわかんなく振り回しながら答える。


 「いや、むしろ聞きたいのは俺の方です、なんだか向こうじゃ便利屋みたいに使われてデートもロクに出来なかったし……」


 「はぁ!!?」


 いよいよセンパイはマジでキレだした。大声で叫びながらボカボカと俺を殴りだす。


 「アンタ、何回馬車で一緒に寝たと思ってるのよ!お風呂だって一緒に入ってあげたのに何もしないで!どんだけワタシの足ブルってたか知ってるの!?このバカ!ヘタレ!いくじなし!イ○ポ野郎!!」


 「いた、いたい!止めて下さいセンパイ!」


 「ワタシ頑張ったのに……大変だったのに、いろんなこと頑張ったのに……何もかも中途半端でこんなつまらない町に戻されて、好きな男にもキスもしない内に見捨てられて、なんもいいことないー!神様のアホー!ばかー!しねー!漣太郎もしねー!!」


 ついに大粒の涙を流しながらへたり込んで泣き出してしまった。半分くらいは同情するが、どこか釈然としない部分もある。そこに、空から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 「バカとはなんだバチあたりな奴め」


 「「え?」」


 間抜けな顔をして俺とセンパイが上を見上げる。そこには光り輝く……ブタが飛んでいた。


 「……ベゥちゃん?」


 「あまりに悲しい声が聞こえてきたからはるばる迎えにきてやったが、そういう不信心な事ではのう……」


 神々しく光を放つブタは、確かにあのベゥヘレムだ。どこか浮世離れしてるとは思っていたがまさか神を名乗るとは。しかしこうやって異世界から飛んできた所を見ると無下に否定できないのも確かだ。


 「偉そうな事はいいから、早く私たちを連れ戻してよ!」


 「私たち!?」

  

 センパイのさりげない要求にビビる俺。まさかこのままディアスフィアに連れ戻されてしまうのか。


 「何よ、嫌なの?漣太郎くん」


 「いやその、いきなりというか心の準備と言うか……」


 「やっぱり!ワタシの事なんか好きでも何でもないんだ!いいわよじゃあ置いていくから!」


 再び大声で騒ぎだするるセンパイ。通りすがりの親子の不審そうな顔(どうもブタは見えていないらしい)にいたたまれず俺は慌ててセンパイの口に手を当てた。


 「わかりました、行きます!行きますから!」


 「……なんか面倒な事になってるようだが、時間も無いのでさっさと連れて行くぞ」


 ベゥヘレムもセンパイの癇癪には付き合えぬと、さっさと話を先に進めてしまった。実際、もう少し進退を考えたかったが結局俺の人生はこの人に流されるしかない様だ。豚が聞いた事も無い呪文を唱えると、あの時と同じように俺たちの身体は光の中に溶けていった。




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