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彼の人


 「センパイ!」


 「今行く!」


 ノイズ混じりのるるセンパイの声。遥か星空の中に、月光に照らされて青く輝く鎧が天に昇っていくのが見えた。


 (限界高度まで行く気だ)

   

 ウヴェンドスの鎧の限界高度は調べていない。レガシーワイバーンの鎧の最高高度の2倍を超えたところで、酸素が薄いとセンパイが帰ってきてしまったからだ。そんな所では安全に戦えないだろうという事(今考えればセンパイのサボリだったのかもしれないが)で限界点を探るのはやめてしまったのだ。


 「いけええええええええええっ!!」


 流星、もといるるセンパイが降下を始めた。鎧の竜気を全放出しながら夜の空を裂いて突撃してくる。俺はケイスンを抑えている足の反対側に取り付き、ゲゥヴェルの動きを封じようとした。ケイスンもソードを離して前足にしがみついている。


 「離すなよ、ケイスン!」


 「了解です!!」


 みっともない格好だが、『ムラクモ』と『ゴーウェク』はフルパワーでドラゴンの太い足を左右に引っ張り続けた。操縦席の後ろにある魔鉱石動力炉が振動し煙を吐き始め、計器盤の警告ランプが一斉に点滅し始める。


 (これ以上踏ん張ったら、爆発しちまう……!)


 センパイの槍が届くまで、長くても1分くらいのはずだ。その60秒が果てしなく長く感じる。大暴れするドラゴンがついに二機の『アルム』ごと空へ飛ぼうとしたその時。


 ザッ!!


 ゲゥヴェルの脳天、俺が角を吹き飛ばしたその傷跡にるるセンパイの槍が突き刺さった。脳髄に刺さる痛みにドラゴンが狂乱し暴れまわる。俺とケイスンは振りほどかれ岩壁にぶつかったが、センパイはまだ頭に刺した槍にしがみついている。最後に残った僅かな体力でセンパイは呪文を叫んだ。


 ヴォオオオオオオオオッ!


 ドラゴンの脳天から派手に青い血液が吹き上がる。るるセンパイが穂先から竜巻を繰り出したのだ。頑強な鱗と皮膚を持つドラゴンも体内で竜巻を起こされては耐えられまい。


 センパイの力が尽き、竜巻が止むとゲゥヴェルもぐったりと地面に体を横たえた。巻き起こる土煙の中落下してくるセンパイに、必死に『ムラクモ』を走らせ手を伸ばす。


 「!」


 危うく頭から激突する前にるるセンパイをキャッチできた。しかし最後の最後に無理をさせたせいで、『ムラクモ』の膝関節がぶっ壊れ地面をスライディングしてしまう。燃料も切れてしまい『ムラクモ』はそのまま動かなくなってしまった。


 「だ、大丈夫ですかレンタローさん!」


 よろよろと走ってくるケイスン。『ゴーウェク』も叩きつけられた衝撃で壊れてしまったのか。俺は首の非常ハッチを開けて何とか操縦席から這い出した。急いで地面に降りて『ムラクモ』に握られているセンパイの所へ行く。


 「はやくおろしてぇぇぇぇ……」


 逆さまになったままのセンパイを握っている腕はギリギリ地面にぶつからない所で固定されていた。ホッと胸をなでおろしながら、手首関節の中の圧力調整歯車を緩める。『ムラクモ』の指がギギギと鳴りながら開き、るるセンパイがべちゃっと地面に落下した。


 「ちゃんと最後まで大事にしてよ!」


 キレながらセンパイがびょんっと飛び上がる。良かった、まだ元気なようだ。


 「とにかく、倒せてよかったですね……」


 ケイスンがもう限界とばかりに地面にへたり込んだ。俺とセンパイもそれに続きながら、横で倒れているゲゥヴェルの巨躯を見やる。


 ウヴェンドスよりは確かに強かった。『アルム』二機にセンパイがいなければ絶対に勝てなかっただろう。逆にこれだけの戦力を用意しておいて幸運だった。


 「しかし……二機ともまたボロボロだ。ボッズさん達にまた迷惑かけるなぁ」


 『ムラクモ』も『ゴーウェク』も半端ないダメージで立ち上がることも出来ない状態だ。修理にどれだけ時間がかかるか。その前にこの山からどうやってリラバティまで引っ張っていけば良いのだろう。考えただけで胃が痛くなる。


 「無事だったようじゃの」


 疲れ切っている俺たち三人の所にパタパタとベゥヘレムが飛んできた。ツェリバ隊長たちやリンカ族も戻ってきている。


 「ブタちゃんは呑気でいいわねぇ」


 槍を頼りに立ち上がりながらセンパイは毒づいた。流石に心に余裕がなくなってきているらしい。だがベゥヘレムは気にせずに険しい顔で崩れた建物の方を見ていた。


 「竜退治ですっかり忘れてるかも知らんが、大事な目的があったんじゃろう?」


 ハッ、とセンパイと俺が顔を見合わせる。


 「嫌な予感がする。急いだ方がよかろう」


 

 

 










 テ・レトからリンカ族の傷薬と滋養強壮の丸薬を貰い少しだけ回復した俺とセンパイは、騎士団と共に瓦礫となった飛面族の本拠地に乗り込んで行った。木造の構造物は吹き飛んだが、山の中を掘って作られたトンネル状の居住地は健在だった。奥で震えていた女子供を騎士たちが追い出しながらどんどんと地下に進んでいく。“黒づくめ”は一人も残っておらず、皆逃げ出したようだ。


 どんどんと道は狭くなり、騎士が盾を捨てて一人ずつ進むのがやっとという幅になってきた。仕方なく身軽な騎士達と先を目指す。


 「この奥は……牢屋の様です」


 「牢屋……?」


 先を歩く騎士の報告に、センパイは躊躇しながらも探索続行を指示した。緩く曲がりながら進む廊下の両側に鉄格子の独房が並んでいた。空か白骨が入っているだけの牢屋が並んでいるが奥に行くにつれて辛うじて生きているらしい老人や子供が見られはじめた。後から来る騎士に救出する様言付けて、センパイは先へ進む。俺は一人後に続いた。


 その足が、止まる。


 「やっぱり……」


 驚いたような、それでいて納得したようなセンパイの言葉。一番奥にあった牢の中には一人の女性がいた。痩せ細っているがまだ生きている。栗色の長い髪に整った目鼻のその女性は、るるセンパイに瓜二つだった。


 「この人が、ルルリアーナ王女……?」


 俺の声に気付いたのか、牢の中の女性がこちらを向いた。その両の瞳が驚きで見開かれる。


 「貴女は……!?」


 その時、牢の奥の暗がりからボロボロの布をまとった男が転がり出てきた。暗くて見えなかったが隠し通路があったようだ。


 「“黒づくめ”!」


 血まみれの男は、間違いなく“黒づくめ”の一人だった。手に壊れた笛のようなものを持っている。ゲゥヴェルを呼んだ奴だろう。こちらが武器を構えるより早く、“黒づくめ”が懐から大きなガラスの球を出した。その中には燃えさかる炎のようなものが見える。


 「いかん!」


 俺がロプノールを抜く前に、ベゥヘレムが飛び出てきた。同時に“黒づくめ”が床にガラス球を叩きつける。中からは灼熱の炎が広がり通路を焼きながらこちらに迫ってきた。


 「ベゥちゃん、下がって!!」


 しかしブタは返事の代わりに、なんと全身を輝かせた。眩い光が俺たちの前面に集まって盾となり炎を抑え込む!


 やがて燃料かエネルギーが無くなったのか、炎は霞のように消え去った。ベゥヘレムの発光もそれに合わせて収束する。


 「すごいなお前!」


 「お主、ワシの事をただの空飛ぶブタだと思っていただろう」


 呆れ顔で振り向くブタの向こうで、“黒づくめ”憎しみの叫びを上げた。


 「オマエタチ……スベテオマエタチガ、ジャマヲ……オマエタチサエイナケレバァァァァァ!!」


 両手を突出し、血走った目で何かの呪文を唱え出す。すると、俺とセンパイの足元に紫色に光る禍々しい文様の魔法陣が出現した。


 「なんだ!?」


 「マズイ!離れるんじゃ!」


 警告するベゥヘレムに従い飛びのこうとするのだが、両脚はがっしりと接着されたかのように動かない。魔法陣はどんどんと縦方向に数を増やし始め、大きなスプリングの中に閉じ込められるようになった。


 「息が……苦しい……!」


 「センパイ!」


 身悶える俺たちの向こう、魔法陣の隙間で“黒ずくめ”が苦しそうに悪党の笑みを浮かべていた。


 「一族ノ悲願、ジャマハサセヌ……」


 そう言って“黒づくめ”は事切れた。それから、黒い光が俺とセンパイを包み……。


 




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