迅閃ゲゥヴェル
センパイはツェリバ隊長とテ・レトに部下を下げるように叫んだ。騎士やリンカ族ではあのドラゴンに太刀打ちできない。
闇夜に金色の巨体を浮かべながら唸り続けるゲゥヴェルを見上げて、ケイスンが弱気な声を上げる。
「自分は、どうすればいいですか?」
「とにかくやられないように。そして降りてきたら斬る……ってカンジ?」
るるセンパイがファジーな指示を出すが、俺からもそれ以上に的確な言葉は出ない。
「頑張ってやってみます」
ガシャリとディフェンダソードを防御の構えにする。ソード自体の防御力は『ムラクモ』のシールドより上だ。なんとか自分の身は自分で守ってもらうしかない。
「来るわよ!」
再びゲゥヴェルの角が光る。急いで散開した俺たちを追う様にまばゆい雷撃が落とされた。草も無いむき出しの土の地面が一瞬燃えるのが見えて、背筋に嫌な汗が流れる。
「とにかく、角を折る!援護して!」
「わかりました!」
ドラゴンを狙う為に飛び上がるるるセンパイ。ウヴェンドスの鎧でもゲゥヴェルの高さに迫るのがやっとだ。あれでは竜槍術の威力が出ない。
ゲゥヴェルの頭部の周りを飛びながら、センパイが何発か角に打撃を入れるもダメージにはなっていないようだ。
(もっと威力が無ければダメだ!)
「センパイ、離れて下さい!」
ミドルカノンを一斉発射する。頭部を狙った三発の弾丸は、しかしギリギリで避けられ一発が胸元に当たっただけだった。それでもその一発は鱗を貫通し、ゲゥヴェルの体内から青い血を噴き出させたのだが、それがヤツの怒りを買ったらしい。けたたましい叫び声と共に体をくねらせ、太い尻尾が天空から『ムラクモ』目がけ叩き落とされてきた。
ドガッ!
重い肉の塊がシールドに叩きつけられる。『ムラクモ』の下半身はその衝撃を受け止められず、機体は真後ろに吹っ飛ばされた。遊園地の回転アトラクションを乱暴にしたような感覚と装甲の隙間から入ってくる土煙に気が遠くなる。
更にもう一撃、尻尾が振り下ろされるのがボンヤリと隙間窓から見えた。しかし脳震盪になったのか体がいう事を聞かない。悲鳴を上げそうになったその時、『ムラクモ』の前に『ゴーウェク』が立ちはだかった。
「ケイスン!?」
「うぉあああああああっ!!」
あろうことか、ケイスンはディフェンダソードを防御の構えではなく、まるでバッターがフルスィングするように迫る尻尾に向かって振りぬいた。
ギャアアアアアォ!!!
ゲゥヴェルの悲鳴が轟く。尻尾を斬り飛ばす事は出来なかったものの、ディフェンダソードは太い尻尾の半分ほどまで食い込んでいた。ソードはそのまま尻尾に持っていかれ、『ゴーウェク』も自分と同じように転がされたがおかげで俺は九死に一生を得た。
「ケイスン、助かった!けど無茶するな!剣も取られちまったじゃねぇか」
「すいません、反射的に動いてしまって」
「なんとかして取り返さないとな」
二人でお互いの機体を引っ張り上げ、それから俺はミドルカノンの残弾を確認した。三発セットの弾倉があと二つ。単発ずつ撃ってもあと六回だ。
(ミドルカノンはアイツにも通じる威力はあるけど、当てなきゃ意味が無い!)
再び発射される雷撃をドタドタと無様に避けながら隙を狙うのだが、怒りで常に飛び回っているゲゥヴェルは一向に止まる気配を見せない。
「漣太郎くん!」
センパイが『ムラクモ』の肩に降りてくる。首を天井に向けると装甲ハッチの隙間からるるセンパイの顔が見えた。
「今からアイツの動きを止めてみる。漣太郎くんはツノを折るか、尻尾からあの剣を取り返して。出来れば両方」
「止めるって、どうやるんですか!?」
その後の要求もどうやって実行すればいいのか聞きたいのだが、るるセンパイは槍を見せながら叫んで飛んで行ってしまった。
「行くわよ!」
ゲゥヴェルと対峙するように槍を構えたセンパイがゆっくりと呪文を紡ぐ。竜槍の力を引き出すのには魔法の素養はいらない。反面、体力をごっそりと消耗する。強大な力を引き出せばその分消耗は比例して大きくなる。
(竜巻でゲゥヴェルの動きを止めるったって……センパイの体は耐えられるのか?)
心配する俺の上空、るるセンパイの槍が竜巻を生んだ。周囲の細かい石が巻き上げられるほど強力な……それはもう台風といっていい威力に増大してゆく。『ムラクモ』の機体すら強風に煽られて軋みを上げた。
ゲゥヴェルも流石にこの暴風の中では自由には飛べない様子だ。竜巻から脱出を図っているが、翼が不自然な方向に捻じ曲げられ動きを封じられている。
俺はるるセンパイの方を見た。歯を食いしばり、両腕でしっかりと槍を構えているが徐々に体がグラついてきている。この竜巻は長くは持たない。
「しっかり当てろよ、漣太郎……!」
逸る気持ちを押し殺し、正確に狙いをつける。まずは近くの狙いやすい尻尾だ。両手で正面に構えたミドルカノンをやや風上に向け……引き金を引く。
ドゥッ!
三つの弾丸が竜巻の先の黄金の尻尾に突き進む。風向きは読んだつもりだが、やはり弾道は強力な風に流された。それでもそのうち二発が突き刺さった。残りの一発が偶然にもディフェンダソードの柄に当たり、すこしひん曲がったが尻尾から外れて落ちてくる。
「やった!ありがとうございますレンタローさん!」
そこで、センパイの竜巻が解け暴風が収まった。体力が底をついたのだろう、力無く落下しながらセンパイが叫ぶ。
「ごめん、もう限界!」
「大丈夫!狙えます!」
叫び返した時にはリロードは終わっている。竜巻が解けてもゲゥヴェルが体の自由を取り戻すには一瞬の間があった。『ムラクモ』の右腕はその前に竜の頭に狙いをつけていた。
「ラスト!」
苦しそうに頭を傾げるグゥヴェルの角に向けて最後の三発を撃ち放った。弾丸は狙い通り角の根元ごと額の肉をえぐり、大量の血液を噴出させる。
「やった、当たりましたよ!レンタローさん!」
ディフェンダソードを回収したケイスンの上で、ゲゥヴェルが空を暴れまわりながら痛みで絶叫を放っている。雷撃を出そうとしているようだが、頭上でパチパチと放電しているだけであの強力な雷は使えなくなったらしい。
怒りに燃えるドラゴンは直接攻撃に切り替えた。巨体を地上に突進させ、その鉤爪を振るってくる。シールドを投げつけながら逃げたが、そのシールドは紙切れのごとく切り裂かれてしまった。
「あぶねぇな!」
流石にこんな竜と接近戦は出来ない。それに今の『ムラクモ』には武器が何もないのだ。
「下がっていてください、あとは自分が!」
ケイスンが大剣を構えて俺の前に出てくれる。『ゴーウェク』でもゲゥヴェルの攻撃には耐えられない。慎重に動いてもらわねば……。
反対の鉤爪が空を裂いて襲い掛かる。カウンターでディフェンダソードが爪にぶつかり、両者の間には火花が散った。鉤爪の一本が甲高い音を立てて折れたがディフェンダソードの頑丈な刀身にもヒビが入り始める。
「危険だ、ケイスン離れろ!」
「し、しかし!」
『ゴーウェク』にはがっしりとドラゴンの体重が掛けられている。ソードを手放しても逃げ切れず潰されてしまうかもしれない。
何もできない自分に歯がゆさを覚えながら俺はるるセンパイの姿を探した。
更新遅くなってすみません




