まさかの奇襲
だが突入まであとわずか、というタイミングになった時。薄暗い渓谷に笛の音が響いた。
「敵襲!敵襲だ!」
赤と黒に染まる夕空から翼を持つ人影が次々と襲いかかってきた。飛面族だ。まだ装備を整えきっていない騎士たちが数名、その最初の襲撃に倒れてしまった。
岩陰や山の上からは弓矢や魔法による攻撃も飛んでくる。こちらは“黒づくめ”の連中か。強襲を掛けるつもりが逆にこちらの隙を突かれてしまった。
「油断していたつもりはなかったんだけど……ね!」
ウヴェンドスの槍で竜巻を呼び飛面族を吹き飛ばすセンパイ。その顔は苦渋に満ちている。
「漣太郎くんとケイスンは予定通り突入して!」
「このまま行くんですか!?」
驚きで『ムラクモ』に取りつく手が一瞬止まってしまった。
「逆に拠点の防衛は薄くなっているはずだわ!ツェリバの隊を付ける、突っ込みなさい!」
「わ、わかりました!」
慌てて『アルム』を起動させる俺とケイスン。ディフェンダソードを盾にして居住区の門に突っ込む『ゴーウェク』の周りにハンドカノンを乱射し、ケイスンの足を止めようとする敵たちを追い払う。
「こじ開けろ!」
「はい!」
ケイスンは木製の大きな門扉に向かって大剣を叩き付けた。巨大な機械兵士のパワーで扉が崩壊し、その奥にいた敵兵達が怯む。門の内側に並べられていた砲や大弩にも剣を振りおろし次々と残骸を作っていく。まるで昔話の金棒を持った鬼が暴れているみたいだ。
俺も周りに気を付けながらケイスンの後に続いた。山の谷間に作られた砦兼居住区という風の作りだ。山肌に作られた木製の建物や兵舎から弓矢や投石による攻撃が始まるが、俺たちの『アルム』にはほとんど傷を負わせられない。
(ツェリバ隊長達が来る前に、弓兵を減らしておかないと!)
両腕に持ったハンドカノンを乱射する。弾倉を変える事を諦めて、それぞれ大型弾倉を溶接した改造型だ。計46発の弾丸が木造の建物を次々と破壊した。あのネイ士自慢のロックゴーレムを貫いた弾丸に普通の建造物など耐えられるはずがない。バラバラになった建物から飛面族や“黒づくめ”が落ちていくのは多少心が痛むが仕方ない。飛面族は飛べるし、“黒づくめ”に同情する余地も無いし。
ツェリバ隊も砦内に突入を始めた。混乱している敵陣を一気に抑えられる、と思ったが世の中そんなに甘くない。騎士の誰かの悲鳴に近い声が聞こえた。
「ゴーレムだ!」
見れば砦の奥の方から大きなゴーレムが四、五体ドシドシと姿を現していた。ネイ士のロックゴーレムとは違い巨大な骨で構成されている。あれはワイバーンの骨だろうか。一様に粗雑な作りの剣と盾を持たされていた。見掛け倒しでなければ騎士団に脅威になる。
「ケイスン!ゴーレムを抑えるぞ!」
「了解です!」
ブォン!と巨大なディフェンダソードが風を切る。勢いを乗せた鉄の大剣が盾ごとワイバーンゴーレムの左腕を破壊した。撃ち返される敵の剣も素早くディフェンダソードで受け止めている。
(腕が上がったな!)
教育係としては嬉しい所だ。今アイツの『ゴーウェク』と接近戦をやりあったら負けるだろうな、と思いながら撃ち切ったハンドカノンを投げ捨てる。代わりに肩シールドの裏に付けておいた三連ミドルカノンを取り出した。三角柱状の銃身を持ち、その中に三門の発射口を入れるという我ながら乱暴な武器である。一気に三発の弾丸を発射すれば破壊力はハンドカノンの約2.7倍!ケイスンに間違っても当てないように慎重に狙いを付ける。
「くらえ!」
『ゴーウェク』の背後を取ろうとしたワイバーンゴーレムにミドルカノンをぶっ放す。大砲の発射音に匹敵する爆音と共に弾丸が順次放たれる。
バキバキッ!
ワイバーンゴーレムのあばら骨が粉々になり胸部を失ったゴーレムがバラバラと崩れ落ちた。騎士団から歓声が上がり、逆に敵兵は逃げ惑う。威力もだが見た目のインパクトは絶大だ。
「ありがとうございます、レンタローさん!」
「ああ、背中は任せてどんどん行け!」
「はいっ!」
勢いづいて大剣を振り回すケイスン。いかに巨大ゴーレムでも訓練された騎士のケイスンには敵わないだろう。それにネイ士の話通りならゴーレムの同時操作は術者にかなり負担になるはずだ。長期戦になってもこちらが不利になることはない。
奇襲を受けたものの、敵陣への突入でこちらが優勢を取っている。そこにセンパイもやってきた。
「なかなかいい流れじゃない?一気に司令部も抑えられるね!」
その言葉に答えず渋い顔をしていると(センパイからは表情は見えないだろうが)不満そうに付け加える。
「何よー、ここは盛り上がって漣太郎くんが突撃するところでしょう?」
「……センパイが調子に乗り出すと、だいたい邪魔が入るんですよ」
俺は『ムラクモ』の持つミドルカノンで、敵の本拠地らしい高い建物を指した。その屋根の上にお馴染みの黒いローブが立ち上がる。
「“黒づくめ”!!」
“黒づくめ”は懐から何かを取り出し、口に当てた。いつぞや見た光景だ。まさにるるセンパイが纏っている鎧の主、ウヴェンドスが呼ばれた時と……。
「漣太郎くん!」
るるセンパイの命令に弾かれたようにトリガーを引く。だが発射された三発の弾丸は、立っている屋根を粉々にしたが、信じられない事に“黒づくめ”本人には一発も当たらなかった。崩れ落ちる建物の中に消えていきながら、“黒づくめ”があの笛を吹いた。
「しくじった……!」
俺は悔しさで操縦席のハンドルを叩いた。いつの間にか陽は沈み闇夜に染まっていた空にどっと厚い雲が流れ込んでくる。バチッ、バチッと雷が弾け、雲は一点で渦を巻き始めた。敵も味方も戦いを止め空を仰いでいる。
「来るのか……?」
雲の中に二つ、鋭い眼光を見た。直後に雲の渦を吹き飛ばし黄金色の巨体が姿を現す。太く長い蛇に似た巨躯に、鎌を組み合わせたような奇妙な翼。サファイアブルーに輝く目が見開き、地面を揺らすほどの咆哮が戦場に響いた。
同時に五、六本の雷撃が地上に落とされる。何かを狙って放たれたのでは無いようだが、あちこちで火の手が上がり砦は一気に混沌の様相を見せる。
「とんでもないのを呼びやがったわね、アイツ」
空にとぐろをまくドラゴンに槍を向けながらセンパイはボヤいた。
「なんて奴なんですか、アイツ?」
「『迅閃ゲゥヴェル』。伝説では一晩で三つの街を滅ぼしたとかなんとか。間違いなくウヴェンドスよりは凶暴ね」
そのゲゥヴェルとかいうのがこちらに視線をやった。頭に生える立派な二本角が白く光り始める。
(ヤバイ!)
センパイを庇うように『ムラクモ』を前に出す。掲げたシールドにぶっとい電撃が浴びせられ、衝撃に機体が浮く。
「ウァァアアアアッ!?」
操縦席内にスパークが奔る。センパイを踏まないようにアンカーを地面に噛ませるのが精いっぱいだ。
「漣太郎くん!生きてる!?」
頭を振って一生懸命ショック状態から復活する。髪や服のあちこちが焦げていた。計器類はなんとかまだ生きているが、あんなもの二度も食らったら『ムラクモ』が壊れても何の不思議もない。
「な、なんとか……」
「さっさと倒しちゃった方がよさそうね」
「そう言うのは簡単ですけど……」
ミドルカノンを構えながら呟く。ゲゥヴェルはまだ動く『ムラクモ』に不満そうにグルルル……と唸った。




