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地下都市オープン


それから更に三日、俺と(主に)ワーツさんはポリカ婆さんに怒鳴られ叱られながらなんとかワイバーンラーメン第一号を完成させた。しばらく日本のラーメンを食っていないので安易に比べられないが、割と手探りで作ったにしてはいい出来だと思う。

特にスパイシーな風味を持つワイバーンの出汁がポリカ婆さんのアドバイスでとても旨みが出て、日本に持って帰りたくなるくらいの素材になった。


るるセンパイや騎士団のみんなを集めて試食をして貰うと中々の好評ぶりだった。特にラーメン経験者のるるセンパイからは太鼓判をもらえる程だった。毎日大火力コンロの前に立ち、カリカリになるまで肌を焼いただけの甲斐はあった。


試食会場からみんなと、最後にリド公国に帰るというポリカ婆さんを見送る。


「全く、いつまでも世話の焼ける奴じゃ。あの世で爺さんが泣いておるぞ」


「面目ねぇ」


ワーツさんは照れくさそうに頭を掻いてから、続けて言った。


「でも、また一緒に厨房に立てて、嬉しかったよ」


「フン」


ポリカ婆さんは何を言ってるんじゃと鼻を鳴らした。


「ワシは可愛い可愛い曾孫の相手で忙しいんじゃ。こんな可愛げのないオッサンの面倒見とる場合じゃ無い。もう呼ぶんじゃないぞ」


そう言うと背を向けてすたすたと大臣が用意した特別馬車に向かう。


「……しっかりやるんじゃぞ」


「ああ!ばあちゃんも長生きしろよ!」


返事代わりに杖を振り回して馬車に乗るポリカ婆さん。土埃を上げて去っていく馬車にワーツさんはずっと手を振った。それから、ドスンとその場に尻を下す。


「ばぁさんと、亡くなったオヤっさんはよ……」


疲れ切った、しかし満足そうな顔でワーツさんはぽつりぽつりと話し出した。


「料理人の修行中って言いながら文無しでふらついてた俺を、しょうがねぇなって雇ってくれたんだ。シゴキはもう半端無かったけどよ……すげえ料理は上手かったから俺は一生懸命ついていったよ。なんとか同じくらいの腕前になるのに17年もかかった。物覚え悪いから店譲るのが遅くなっちまったじゃねぇか、ってオヤっさんに笑われたな……」


「大変だったんですね」


「いや、幸せだったのさ。こんな歳になっても助けてくれるなんてな……」


よっこいしょと腰を上げるワーツさんに手を貸す。二人とももうフラフラだ。


「まぁ後は俺なりにやってみるわ。これ以上は恥ずかしくて脛齧れんしな。お前さんにも世話になった」


「こちらこそ。これからもよろしくお願いします」










そんな訳で、ティディットと名付けられた町は産声を上げた。町の大部分は地下都市で、地上の草原はリンカ族が広々と使っている。町にはリラバティ城下から希望者を募って格安で住居を売り飲食や宿泊の仕事をさせて、また騎士団の若手を警察代わりに派遣することとなった。まだ認知度は低いが街道沿いにあるので少なからず利用する商人は増えるだろう。


これが順調にいけばリラバティの財政赤字もなんとかトントンに落ち着くらしい。楽観はできないがひとまず山場は越えた。


「逆に言えば、私の必要性がどんどん下がるワケなんだよね」


 城の工房の隅っこには、すっかり姫様……るるセンパイの小さなテーブルセットが常駐している。事務仕事に疲れた時は工房に詰めっぱなしになっている俺のとこに相談兼愚痴こぼしに(割合的に2:8くらいか)来るのだ。こんな蒸し暑くカンカンと五月蠅い所でよく落ち着いて茶なんか飲めるなと思い聞いてみたところ、気にはならないという。


 蒸し暑いと言えばこちらの世界にも季節の移り変わりはあるようで、最近すっかり陽も長く暑い日が続いていた。城の中の木々から耳慣れないセミの声が聞こえてくる。日本も今頃アブラゼミが鳴いているんだろうか。


 「別にそんなこと無いと思いますけど」


 冷たいレモン水を味わいながら図面を引きつつ、俺はぼんやりと答える。


 「結局のところ財政が潤っても竜が倒せなきゃこの国の安泰は無いわけですし、そのためには竜槍術が使えるセンパイが必須ですし」


 「それなら、ミティがいるじゃない」


 「アイツじゃまだまだ力不足ですよ」


 そういえば最近アイツとろくに話してない気がする。ラーメンの試食の時にむしゃむしゃおかわりしてたから元気なんだろうが。とか考えていると、当の本人が駆け込んできた。ニンジャのミティにしては珍しく息が荒れている。相当急いできたのだろうか。


 「姫様!」


 「どうしたのミティ?」


 センパイは俺の机からレモン水を奪いながら呑気そうに応えた。


 「ハァハァ、捕虜が……脱獄しました!」


 ブッ!とるるセンパイの口から噴き出した水が俺の描いていた図面に噴き出される。


 「捕虜ってあの“黒づくめ”の事?いったいどうやって!?」


 「仲間の手引きがあったようです。城の魔術師による調査中ですが何らかの魔力の痕跡があると。捕虜には魔法を使える素養は無かったようですから、恐らく何者かが牢屋の中から脱出させたと思われます」


 捕まっていた“黒づくめ”と言えば、あの桃ニンジンを大量に買い占めたせいで延々と巨大ジェンガをやらされていたあの男か。すっかり忘れていたがまだ生きていたのか。


 「今頃になって救出って、どういう事なんでしょう」


 「わからないけど、何かしら理由はあるんでしょうね。私は現場に行くわ。漣太郎くんは『ムラクモ』と『パステルツェン』を出せるようにしておいて。もしかしたら捜索に行かなきゃいけなくなるかもしれないし」


 「わかりました」








 逃走?した“黒づくめ”の痕跡を城付きの老魔術師が探った結果、遠距離からの召喚魔法の一種が使われたらしいという事がわかった。どこか別の場所から魔法陣を使いあの“黒づくめ”の身体を呼び寄せたのだという。


 「難しい魔法なの?」


 センパイの問いに魔術師は長い髭を撫でながら答える。


 「難易度よりも、相手の位置を特定する事と儀式の時間の方が厄介ですな。今回使われた術は恐らく二日ほど術者は飲まず食わず、もちろん寝ずに詠唱を続けなければいけない。そういう意味で大変な術です」


 「そこまでして助けなきゃいけないような人物だったのかな?」


 頭を捻る一同。どう考えても使いっ走りの工作員だと思っていたが。だいたい捕まってから二ヵ月近く経っているのだ。俺もそうだがセンパイだってほとんど存在を忘れていただろう。“黒づくめ”の仲間がその間も一生懸命捜索していたなら、何かしらその痕跡があってもよさそうなものだが、そういった情報は一つも入って来なかった。


 「それで、どこでその術が使われたとかは……わかる?」


 センパイ自身、無茶ぶりだと思っているのだろう。恐る恐るといった風に聞いてみたところ老魔術師は壁に掛けられた地図を見ながら、そうですな……と呟いた。


 「魔術の力量と痕跡からするとここより南、距離にして……リンカ族の里の先。この奇連山のあたりじゃなかろうかと」


 「わかるんだ……」


 割とピンポイントで答える老魔術師に驚く俺とるるセンパイ。


 「奇連山と言えば、あの飛面族の棲家だな」


 ツェリバ騎士隊長が呟く。テ・レト達の里を襲い追い出した連中。リラバティ騎士団としても決して無縁と言う間柄ではない。そこに、メイド長のターニアさんが緊張した面持ちでセンパイに近づき、一枚のメモを手渡した。


 「……!」


 メモを見たセンパイの瞳が今まで見た事も無いほど大きくなる。


 「ツェリバ、第一騎士隊、第二騎士隊を明朝までに重装備で出撃準備させて。食料は八日分。ミティはテ・レトを呼んできて。馬を使ってもいいわ」


 「了解です」


 指示を受けた二人が、センパイの早口に押されるように退室する。


 「どうしたんです?るるセンパイ」


 「口は災いの元って奴かしらね」


 「え?」


 事情が分からない俺に、センパイは硬い表情でそっと耳打ちした。


 「見つかったみたい。“本物”がね」


 


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