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過酷!ラーメン道


「ど、どうだ……?」


真剣な表情で、息を止めて聞くワーツさん。専門外とはいえやはり料理である以上真剣なのだろう。俺も返事に迷ったがここは素直に答えることにした。


「……率直に言うと美味くはないです……ね」


トンコツをベースに使っていることはわかる。しかしそのスープの肉付けを刺激のあるスパイスだけでやっているらしく、ただこってりギトギトなだけのスープになってしまっていた。日本でこれが出てきたら金返せ!と言ってしまうレベルだ。


「そうかぁー……聞いたことない料理だから、そりゃ仕方ないが……うーむ」


「姫様からはどんな指示を受けたんですか?」


取りあえず味の原因を探っていかなければ。ワーツさんは木の大皿の上に使った材料を出した。


「取りあえず豚の骨付き肉をベースに適当に味付けしてくれって言われたんだな。ウチの店には肉と香辛料、あと芋とコーンくらいしか無いからよ……」


「またあの人は雑な指示を……」


そんなんじゃいくら料理が上手くても未知の物なんか作れるはずが無い。俺は一生懸命、昔テレビか何かで見たラーメンの作り方特番を思い出そうとした。


「やり方は遠回りになるかも知れませんが、順序を重視しましょう。ラーメンのスープは実は肉だけから出汁を取る事はあまりないんです」


「何ぃ!?じゃあスタートから間違ってたって事かい」


憤慨するシェフ。まぁ無理もないだろう。


「じゃあ何から始めたらいいんだ?」


「出汁の基本は味では無く旨み……ラーメンは特に繊細なスープが肝と言われます。相反する素材でなければできるだけ多くの食材から出汁を取るのが良いとか」


「なんだか大変な食い物なんだな」


ワーツさんがだんだん困り顔になってきた。だが、このシェフのプロ魂に火をつければきっといい仕事をしてくれるに違いない。


「俺の生まれた国ではステーキ屋よりもラーメン屋の方が多いんです。それこそ他人より美味いラーメンを作ることに命をかけている人が何人もいます」


「命をかけて……」


「姫様はこの料理に、それこそ新しい街の命運をかけています。それで、忙しいと知りながらリラバティ一番の料理人のあなたに仕事を頼みました。大変ですがなんとか協力してください」


バッ!と勢いよく頭を下げたのは、いい加減な事を言い過ぎて顔がウソっぽくなってしまうのを隠すためだ。


「そ……こまで言うなら、やってやろうじゃねぇかヨォ」


ボキボキと拳を鳴らすステーキ親父。俺が言えた立場では無いがこんなにチョロくて大丈夫なのか。


(しかし、まだスタート地点に立っただけだ)


改めて食材を考える。この国には醤油や味噌の類は無い。となるとまずは塩ラーメンを作るのが第一歩では無かろうか。その後でトンコツなんかを増やしていこう。


「確か、町の八百屋には丸いネギが売ってましたね。あとリンゴにキノコ、もし手に入るなら鶏の骨も大量に」


「おい、誰か買い物行かせてくれ!」


厨房の奥にいる店員に怒鳴るワーツさんの横で俺は“荷物”をテーブルに広げた。


(鰹節が無いのは痛いが……コイツが成功のカギになるかどうか、だな)


ドスン!と置かれた巨大な骨にワーツさんがビビる。それから独特の匂いを出す薫製肉の破片。


「ドラゴン……正確にはワイバーンの骨です。これはワイバーン肉のハギレですね」


「ワイバーンの骨だぁ!?お前、これから出汁を取ろうってのか!」


「料理とは……」


俺は目をつむりわざとらしく腕組みをした。そう、あのラーメン屋の看板によく出ている有名なオッサンのように。


「“挑戦”。そう思いませんか、大将?」


「……偉そうな事言いやがって」


掛かった。これでこの人は本気になってくれるだろう。


「こうなったらとことんやってやろうじゃねぇか!お前さんも完成するまできっちり付き合ってもらうからな!」


本気で体が三つくらいほしいと思った瞬間だった。








それから三日。俺は『アルム』修理とケイスンとの稽古、夜はワーツさんとラーメン研究という日々を過ごした。特に料理に関してはほとんど何も知らない俺はかなり頭を抱えていた。


「野菜スープに鶏がらスープ、それからワイバーンスープそれぞれはいい感じなんだがなぁ……」


「混ぜる割合がどうにも難しいですねぇ……」


厨房の端でため息をついては配合を変え、またため息をつく。野菜スープを多めにするとマイルドになるがパンチが足りない。とは言え肝心のワイバーンの骨から炊き出したスープを増やすと強烈な風味が全てを打ち消しにかかってくる。リンゴやハーブを増やしてもバランスが取れない。


(たかだか三日程度でレシピが出来るとは思っていなかったけど……)


足がかりとなるスープすらできないのはちょっと不安になってくる。町の完成は目の前なのだ。あまりのんびりとやっている場合ではない。打開策が見つからず困っている所に、そこに若い店員がドアを破るように駆け込んできた。


「店長!ポリカ婆さん来てくれやしたぜ!」


「来たか!」


ふさぎ込んでいたワーツさんの顔が一転、花火でも上がったかのように輝いた。バッと立ち上がってドアの方に走っていくのを俺も慌てて追いかける。


「だ、誰か来たんですか?」


「ポリカ婆さんだ。この店の絶品テールスープを作った初代店長の奥さんだ。今じゃ孫と一緒にリド公国で隠居してたんだが、すげえ腕前の料理人だったんだ」


そんな人がいたのか。確かに前にここで飲ませてもらったテールスープは美味しかった。あれを作った人ならばあるいは……。


店の前に飛び出た俺たちの前にいたのは、旅装の気難しそうな小さいおばあちゃんだった。眼光が鋭く、チラっと見られただけで足がすくみそうになる。


「婆ちゃん!わざわざすまねえ、実は……」


ガタイの良い体をちぢ込ませておばあちゃんの元へ駆け寄るワーツさんの脳天に、その手に握られた木の杖が振り下ろされた。


「いでぇぇ!」


「なんだいアンタは!一丁前の料理人になったって言うから店を譲ってやったのに隠居した老いぼれに泣きついてきて!恥ずかしいと思わんのかい!」


「すまねえー、そこをなんとか!」


あの強面の頑固親父ワーツさんがボコボコにされている。俺は今すぐこの場から逃げ出したくなった。


(料理の世界って、恐ろしいもんなんだなぁ)


「説教は後じゃ!とにかくそのスープを見せてみぃ」


ポリカさんというおばあちゃんを連れて厨房へ戻る。試作品のスープをいくつか飲んで、ポリカ婆ちゃんはふーむと唸った。


「ど、どうだい婆ちゃん」


恐る恐る聞くワーツさんの姿は、まるで小さな丁稚坊主のようだった。その禿げ頭にまた杖がカツーン!と下ろされる。


「ぐあああ!」


「炊き込みと寝かせが足りないんじゃ!この竜のスープに山ショウガぶち込んで強火で明日の夜まで煮込め!そしたらアクを取って二晩冷ます!それから上ずみを使うんじゃ。勿体ながって全部混ぜ込みおってこの未熟もんが!」


「わ、わかった!ありがてぇ!」


泣きながら、しかし笑顔ですぐショウガを刻みにかかるワーツさん。ポリカ婆さんは俺の方に振り向いて目を見開いた。


「で、そのスープに入れるとか言う“メン”ってのはあるんかい」


「あ、ハイ!ここに」


慌ててるるセンパイが用意してくれた試作の麺を出す。城の厨房で作らせたもので、細麺や太麺、縮れ麺などいくつか出来上がっていた。どれも結構コシがありなかなかのものだと思う。一通り食べてみたポリカ婆さんもこの麺にはそんなに文句が無いようで俺はホッと胸をなで下ろした。


「初めて食べたが、なかなか面白い食材じゃのう。この縮れてるのと細い“メン”の中間の物が作れれば、スープに合うかもしれん。出来るか?」


「ハイ、やってみます!」


背中を伸ばして威勢よく答える。出来るかどうかは城のシェフ次第だが今の俺にはそんなこと保証できない。


「後は具じゃな。何を使うつもりなんじゃ?」


「やはり名物という事でワイバーンのチャーシューをメインにしたいです。コイツらならしょっちゅう城にちょっかいかけに来るので品切れにもなりにくいし」


ありがたいことではないけど、と思いながらこれも試作品のチャーシューをおばあちゃんに味見していただく。


「……このスープにこの肉では、やはり“メン”が負ける。ラーメンと言うからにはこの“メン”が主役なのじゃろう?」


「そ、そうですね」


ポリカ婆さんは懐からノートを取り出すとサラサラとメモを取り始めた。


「ラーメンに乗せる肉は少なめにして、物足りない客には追加で注文させるんじゃ。それから刻みネギを多めに。あと汁を吸いやすい野菜……白菜葉の茹でたのも乗せて、見た目の良い紅牛蒡も付けるんじゃ」


「わ、わかりました!」


ワーツさんが頼りにするだけあって、相当の経験とセンスを持つ料理人だという事がわかる。おっかないのは料理に誇りがあるからなんだろう、多分。




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