ラーメン勅令
当面、大鰐竜の脅威は去った。帰って二機の『アルム』の修理をしたかったが(ひどい損傷はないが試作機同然なので中の方はどうなってるか開けてみないとわからない)ここまで来たついでという事で俺とケイスンはるるセンパイに従って地下都市の視察についてきた。
川辺に広がる草原の下にごっそりとくりぬかれたように地下空間が広がっていて、高さも30メートルくらいはありそうだ。所々硬い岩盤の柱が上の地面を支えている。
そして既に結構な数の住居や店舗のような建物が碁盤状に建てられていた。通りには魔石で光る街灯が並び意外に風情がある感じだ。金があれば一部屋くらい自分の部屋が欲しいくらいに思う。
「かなり……広いんですね」
「ああ、俺もここまでとは思わなかった」
ケイスンと二人でぽかんとアホみたいに見ているとセンパイが自慢気に解説を始める。
「敷地面積はざっとリラバティ城下町の1.26倍。現在予定してる居住可能人数はリラバティ市民総数と同等…うまくいけば国力が倍になる計算ね。まぁそう上手くは行かないでしょうけど」
「難しそうですか?」
設備の問題だろうか、と考える俺に振り向いたセンパイは首を振った。
「この街は交易都市にしようと思っているから」
「商人たちが商売したり休んだりする町……って事ですか?」
「そうよケイスン。この周辺にはあまり大規模な商隊を受け入れられる町がないからね。商人たちが一気に集まって交易が出来れば便利でしょ」
「ついでに税収も上がってウハウハですか」
俺の一言にるるセンパイは悪びれもせずに言う。
「当然でしょ、ここまでデカイ町を作ってるんですもん。こっちだって慈善事業じゃないんだから」
「そりゃまあおっしゃる通りで」
幾たびも壊された城の防壁の修繕や、竜纏鎧の開発、『アルム』の購入で結構国庫はカツカツらしい。ここで少し稼いでおかないと竜を討伐する前にリラバティが滅びてしまう。
「で、隊商宿はしっかり用意したんだけど、やっぱりそれだけじゃ足りないじゃない?」
「そうですねぇ……はるばる遠くから魔物や山賊に怯えながらやって来るわけですから。とりあえず柔らかいベッドと……」
「美味いメシと、酒ってとこですか?」
「ハイ正解!」
俺とケイスンの答えにパチパチと拍手する国王様。
「酒はリド公国から仕入れるとして、やっぱり目玉になるご当地メシが無いと話題にならないでしょ!リーリィのホットケーキの支店も出してもらおうと思ってるんだけど、商人や護衛の傭兵ならもっとガツンとしたメニューでないと」
「じゃあドラゴンステーキとかですかね」
「それはリラバティ城の特権にしたいかなぁ。でもドラゴンを素材にするのは悪くないわ。あとさっき殺したワニもステーキになりそう……で、漣太郎くんにまた協力して欲しいのがね……」
はいはい何ですかとあきらめ気味に聞く俺に、センパイはニッコリ笑ってこう言った。
「ラーメン食べたくない?」
「ラーメン?」
「そう、ラーメン」
言われて見ればディアスフィアに来て麺類的なものは食べてない気がする。そして俺もラーメンはかなり好きな方だ。地元の駅前の醤油ラーメン屋の味を思い出して涎が出てきた。
「確かにラーメン食べたいですね。でもこっちで麺とか出汁とか作れるんですか?」
ラーメンは日本ではどこでも食べられると言っていいほど店があるが、その実、麺もスープも具も全て奥深く素人が簡単に手を出せるようなものじゃないと言うのはよく聞く話だ。
「日本で言う、ラーメンが“難しい”ってのは商売敵が多いからでしょ。この辺じゃオンリーワンの商売なんだから気楽にやればいいのよ。ワーツさんに協力してもらうから、漣太郎くんも味見とかで手伝ってくれる?」
「そのくらいならいいですけど」
その位の手伝いじゃ済まないんだろうなと、自分の中で諦めのハードルを下げておく。隣を歩いていたケイスンが興味深げに聞いてきた。
「ラーメンってどんな食べ物何ですか?」
「あー、味のついたスープに細い麺や肉や野菜の入った食べ物というか……出来たら試食させてあげるよ」
「本当ですか!楽しみです!」
取り上えずテ・レト達を残して、俺たちはリラバティ城に帰還した。二台の『アルム』の点検をし修理計画を立てる。予想通り、二機ともに外装は少々の修理で済むが中の間接に使っている歯車やシリンダーにはだいぶ破損があった。
「大鰐竜でこれだけの損耗なら、地竜との戦いではもっと激しくやられるんじゃろうなぁ」
ボッズ師が壊れた部品の数々を眺めながら頭を掻いた。
「装甲もそうですけど、こういう内部パーツの剛性も上げなければいけないんですかねぇ」
「理想はそうじゃが歯車の精度を上げるにはある程度柔らかい合金もつかわにゃならん。特にこの王冠歯車なんかはそうじゃ。充分に予備を用意するしかないのう」
言われて確かにそうだと俺もため息をつく。あの強靭なパワーを誇る巨大生物に個人でなんとか立ち向かえるようになっただけでも、前進したと思うしかない。
「まぁ、そう慌てても仕方あるまい。少しずつ改良するのがワシら技師屋の仕事だ。お主も他に仕事があるんじゃなかったか?」
ちょっと疲れと悩みで忘れかけていた。ワーツさんのところにも行かなければ。
「そうでした。すいません、これから行ってきます。また明日顔を出します」
「そうしてくれ、夜はしっかり寝るのじゃぞ」
そうします、と手を振って俺は“荷物”を持ち工房から町の方へ向かった。夕暮れ時であちこちからいい匂いが漂ってくる。っどこかの屋台でつまみ食いをしたいがこれからの仕事を考えると腹に余計なものを入れない方がいい。ぐっと我慢してなんとかワーツさんのレストランにたどり着く。
「おう、来たか。厨房の方へ回ってくれぃ」
久しぶりに会うワーツさんは忙しそうに肉を焼いていた。彼の経営するレストランは肉料理専門で客もほぼステーキを目当てにやって来る。限定のワイバーンステーキを一般市民が食べられるのはこの店だけだ。そのためリド公国や他の国からわざわざ食べにくる食通もいるらしい。
「取りあえず姫様から話を聞いて作ってみたけどよ。どうにも勝手がわからん。ちょっと味見てくれ」
清潔で空気の入れ替えにも気を使った立派な厨房。その奥のコンロにある寸胴鍋に入っていたのは、ワーツさんがるるセンパイの依頼で作った試作スープだ。白く濁ったそれは見るからにトンコツ!とい感じがする。俺は取りあえず小皿に一口分入れて恐る恐る飲んでみた。




