『ドゲロボッチュ』もとい『ムラクモ』
なんだかんだで太陽も傾いてきた。俺はベゥヘレムを城に帰させて足早にキーナさんの店に向かい、扉をノックする。
「こんにちは、漣太郎です」
「……少しお待ち下さい」
前と同じ、頼りなさげな足音と共にキーナさんはドアを開けてくれた。改めて見ると確かに美人と言っていい容姿の女性だ。
「どうも、こんにちは。テントの件ありがとうございました。リンカ族の人たちも喜んでいるそうです」
そう言って頭を下げる。ケイスンの訓練に出かける時にちらっと見かけたが、乗用車が三台は入りそうな立派なテントが出来ていた。あれを一人で作ったのなら噂通り相当の達人なのだろう。
「そうですか、お気に召していただけるか心配でしたが、良かった」
胸をなで下ろすキーナさん。
「これ、テントの代金とささやかですがお礼にと姫様から」
「まぁ、わざわざすみません……あそこのケーキですね、一度食べてみたかったんです」
キーナさんは荷物を受け取ると俺を店内に招いてくれた。中は相変わらず布や革の山だ。床に散乱している革の端切れが大仕事の名残りに見える。
「すいません、まだ掃除が終わっていなくって……」
「いえ、大変な仕事をやってもらって感謝しています。お金はそれで足りそうですか?」
「はい、十分に」
キーナさんは大事そうに棚にお金をしまってから、嬉しそうにホットケーキを包みから出した。
「私みたいな歳じゃ一人で買いに行くのもなんだか恥ずかしくって……本当に嬉しいです」
「そんな、みんな食べに行ってますから大丈夫ですよ」
「そうかしら……じゃあ今度勇気を出して行ってみますね」
良かった、リーリィのお客がまた一人増えそうだ。
「そう言えばレンタローさん、カバンが欲しいとおっしゃってましたね」
「あ、はい」
こっちに持ってきたリュックに双眼鏡やら弾薬やら入れて持ち運んでいるのだがいつの間にかくたびれて穴が開いたりチャックが閉まらなくなってきてしまった。中学から使ってる年季ものだから仕方ないのだが、このままだと旅に支障が出てしまう。
「大きなずた袋と、こう体に密着できる……こんなのが欲しいんですよね」
俺はそういいながら持ち歩いているメモノートに欲しい仕様を描いた。キーナさんもその絵を見てしばらく考え込む。
「なるほど……外で旅をしながら戦う兵士さん用のカバンってないですものね。わかりました、やってみましょう」
「すみません、お疲れでしょうからゆっくり休んでからでお願いします」
窓から外を覗くともうすっかり薄暗くなっている。俺はキーナさんに別れを告げてメインストリートへ急いだ。
それから三日ほどはケイスンの訓練をしながらの『アルム』改造という日々が続いた。訓練は順調で残っていた最後の『アルム』に俺が乗って模擬戦をやれるところまで進んだ。若いせいか意外に飲み込みがいい。重いディフェンダソードも攻防に扱えるようになってきている。
「今日はここまでにするか」
「ありがとうございました!」
『ゴーヴェク』の操縦席からケイスンが元気に降りてきて金髪の頭を下げる。こっちは『ゴーヴェク』よりスペックの低い機体なので結構相手するのも気疲れするのだが、流石騎士になりたいというだけあって体力には自信があるのか。
「レンタローさんのお陰でだんだん自信もついてきました。上手くなってますよね?自分」
「ああ、次に地竜が来るまでには結構戦えるようになるんじゃない?まだ早いけどな」
「早く叔父さん……いや、隊長の前で戦えるようになりたいです」
城の方を眺めながらケイスンはそう言った。この親子もなかなか難しい関係のようだ。
「レンタローさんももうすぐ騎士叙勲なんですよね?」
「あ、ああ。そうらしいけど」
「らしい、ってあんまり興味が無いようですね」
目標であり栄誉である騎士の身分を軽んじられたように思ったのか、ケイスンは少しむくれたように言った。
「悪い、別にそういうつもりじゃなかったんだ。……ただ俺はいつか地球に帰らないといけないからさ。残念ながら向こうじゃリラバティ騎士の身分なんて何にもならないんだ」
「確かに……。じゃあずっとこっちにいたらどうですか?地球からこっちに来た人の中にもそういう人がいるそうですし」
「たまに考えるけど、なかなかそういう決心もつかなくてね」
あーあと欠伸をして話題を打ち切ろうとした。家族がいるから地球に帰るとはこの子の前では言いにくい。
「まぁ帰るのもリラバティが落ち着いてからなんだけどさ」
「そうですよね!まずあの竜達をなんとかしないと!」
やるぞー!と言ってケイスンは『ゴーヴェク』を城に戻し始めた。その向こうではリンカ族があのでかいテントを畳んでいる。るるセンパイが建設させている地下都市の予定地の上が空いていて水場も近いのでそちらをのびのび使ってもらおうという事だ。本音を言えば体よく見張り役になってもらおうという目論見らしいがそう言うのは自分だけの胸の内にしまっておいて欲しいものだ。
(聞いたら共犯みたいになるじゃないか)
自分も練習用の『アルム』に乗り城に向かう。午後からはまた自分の『アルム』といい加減ウヴェンドスの竜纏鎧を仕上げなければ。
自分の機体は結構いいペースで改造が進んでいた。『ゴーヴェク』の経験がフィードバックされているおかげだ。専用のライフルに盾も完成し、若い技師に頼んでいたチェーンマント(細い針金で編んだ金属マント)も用意できている。これは『ゴーヴェク』にも装備させる予定だ。
「なかなか強そうじゃない」
見物に来たるるセンパイが組み立て途中の『アルム』の前でそう言った。ボッズ師も隣でうんうんと頷いている。
「『ゴーヴェク』にコイツが並べばウチの騎士団も安泰というわけですな姫様」
「そうね、ところで名前は決まったの?」
「名前?」
言われて見ればそこまで頭が回らなかった。
「『ゴーヴェク』はリラバティの英雄の名前でしょ?じゃあこの子にも名前付けてあげてもいいじゃない」
「うーん、なんか良いのありますかボッズさん」
「……『ゴーヴェク』に並ぶ英雄と言えば、一人でドラゴレッグを百匹相手にしたという『ドゲロボッチュ』というのがおるが」
それは確かにすごい英雄だがあんまり語感がよろしくないような。
「地球人のお主が乗るのだから、そちらの英雄の名前を拝借するのはどうかね」
「なるほど……マサカドとかですかねセ……姫様」
「なんか祟りがありそうだし、この騎士っぽい機体に武将は合わないんじゃない?……そうねえ」
センパイは目を閉じて三秒、黙って考え込んだ。
「『ムラクモ』、の名を頂きましょうか」
「叢雲……ですか?」
「私がイメージしたのは船の方だけど」
「船ですか」
センパイはちょっと微笑んで肩をすくめた。
「そこはおいおいね。さあ、『ムラクモ』ちゃんを仕上げちゃってちょうだい」
「了解しました!」




