騎士見習いケイスン
もう住み慣れたと言っていいリラバティに帰って来たが、あまりにバタバタしているので愛着が湧いたかと問われると難しい問題である。とにかく今言えるのは今日も変わらず忙しいという事だ。
ちなみに本日のスケジュールは起床後速やかに朝食を採り、すぐに工房にて俺の『アルム』の大改造開始。10時からはケイスンの操縦訓練。午後からはリーリィの所でホットケーキを焼いてもらいそれを手土産にキーナさんにお礼を言いに行って帰ってからまた『アルム』の作業に戻るというものだ。
(昼飯はリーリィのとこで済ませるとして晩飯は……どうするかな)
時間があればるるセンパイとまた町に食いに行きたいなと思うが、お互い忙しい身なので言いにくい。そしてセンパイの事を思うと昨晩の色っぽいバスローブ姿が思い出されて顔がニヤけてしまう。
「あれは……良かったなぁ」
「朝から何をニヤニヤしとるんじゃ」
「うわっ」
部屋を出た所に浮いていたブタに出会い頭にツッコミを入れられた。
「ベゥヘレムか、脅かすなよ朝から」
「まぁまぁ、それより今日はホットケーキを食いに行くんじゃろ。ワシも連れていくがよい」
「そりゃ……別に構わんが」
「なんで嫌そうに言うんじゃ」
バタバタと前足で殴りかかろうとするブタの金髪の頭を押さえつける。このサラサラヘアーだけは素直に羨ましい。
「昼頃過ぎに行くけど、それまでなにしてるんだ?」
「町をぐるぐる見回っておるよ。怪しい連中を見かけたら教えろと姫様に言われとるからのう。お前らは本当に人使いが荒いワイ」
なんか徘徊老人みたいな事を言ってる気がするが、特に悪さをするわけでもないだろうしほっとくか。それに黒づくめの件もある。コイツが見つけてくれればラッキーだ。
「そりゃご苦労さんだ。俺だってあの人のおかげで遊ぶ暇もないからお互いさまだな」
「なんか腑に落ちんが、お主もしっかりやるのじゃぞ」
ブタはそう激励の言葉を残すと、パタパタと時速5kmくらいの速度で飛んでいった。
工房で大まかな新型機のプラン出しをしてボッズ師達に任せ、俺は騎士見習いケイスンとリラバティ近くの丘に来ていた。俺から10メートルくらい先で、近接戦用に改造された機体『ゴーヴェク』がひたすら前後左右に回転しながら素振りをしている。一時間くらいしてようやく操縦に慣れてきたみたいだ。
その様子を双眼鏡で見ている俺の後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。
「よぉ、どうだ調子は」
髭もじゃ騎士のツェリバ隊長だ。平服でラフな格好だがあのもじゃ髭を剃ら無い限りどんな服を着ても正体を隠すのは不可能だろう。
「まぁまぁ、ってとこじゃないですか。飲み込みは悪くないです」
「そりゃ良かった。正直お前さんがいてくれて良かったよ。機体があっても他に教えられるヤツがいないからな」
気楽そうに笑い馬を降りる騎士隊長を俺が冷めた目で見る。
「聞きましたよ、養子なんですって?」
「ああ……それか」
ツェリバ隊長は俺のその言葉だけで言いたいことを察したのか、バツの悪い顔をした。
「勘ぐらないでくれよ、そりゃあ……入隊には隊長権限も使ったが戦歴がなければアイツを騎士にすることができん。将来食っていけるくらいの世話はしてやりたくてな」
ボッズ師に聞いた話では、ケイスンはツェリバ隊長の遠縁の子だという事だ。竜の襲撃で両親ごと住んでいた村を焼かれ行き場の無くなったケイスンを隊長が引き取ったらしい。本人の希望もあり、ケイスンを騎士団入隊させたとのことらしいが。
「しかし『アルム』は見た目ほど頑丈じゃないです。地竜相手なら尚更……ケガで済めば良し、下手をすれば……」
「別の道を用意させた方がいいとは思うんだが、不甲斐ない俺は騎士の生き方しか教えられなくてな」
髭もじゃ隊長がいつになく寂しい顔をしている。
「せめて無駄死にしないように、みっちりしごいてやってくれ」
じゃあな、と言い残すと軽やかに馬に跨る。
「声かけてはいかないんですか?」
「家の外では俺とアイツは上司と部下だ。だがこう人目のない所ではそういうのが上手くやれなくてな。……情けないと思うか?」
「……思いますね」
俺は隊長が誰かにそう言ってもらいたいのかと思い、躊躇したがそう答えた。ツェリバ隊長がニヤリと笑う。
「お前さんのそういうところ、頼りになると思ってるぜ。アイツを頼んだぞ」
馬で去っていく隊長。後にはどこかムズムズする気持ちと、ケイスンの振る大剣が空を切る音だけが残された。
「久しぶり、リーリィ」
「あ!いらっしゃいませレンタローさん!ベゥヘレムちゃん!」
久しぶりに来るリーリィの店はそこそこ繁盛しているみたいだった。カウンターには何人かの行列ができている。今日のおススメホットケーキは砂糖漬けのアクアベリーミックスと書いてある。
「後でいいからさ、三枚くらいコレ焼いてくれる?一枚はお土産で」
「わかりました、少しだけ待ってて下さいね!」
明るく返事をするリーリィに少し癒された。ここのとこストレスが溜まっていたのでこの娘の笑顔が心に染みる。俺は片手を上げて応えながら店の中に入った。
勝手にグラスに水を入れて飲みながら待っていると、10分もしないうちにリーリィがホットケーキを二枚焼いて来てくれた。
「すいません、お待たせしました。もう一枚はお帰りのころ焼きますね」
「ああ、ごめん。ありがとう」
よく気の利く娘だなぁ。
「最近はどう?」
「おかげさまで、あの桃ニンジン事件以降は順調です。いくつか新しいホットケーキもできて……やっぱり甘いものが人気ですが男の人はたまに辛いものを欲しがる人もいますね」
「そうなんだ。俺は甘いものが好きかな……うん、コレも旨いよ」
「うむ、嬢ちゃんのケーキはリラバティ一じゃ!」
焼いてもらったホットケーキを一口食べて俺と豚はそう答えた。ホットケーキの上にアクアベリーの青いブツブツが浮いて見た目はちょっとアレだが、味は爽やかな甘みと酸っぱさがちょうどいいバランスで桃ニンジンのホットケーキに負けず美味しい。
「良かった、ありがとうございます!」
それから俺達は最近あったことをリーリィに話してあげた。改めて振り返るとこっちの人間でも驚くような事ばかりらしく、リーリィもずっと目を丸くしていた。
「大変だったんですねぇ……お疲れじゃないんですか?」
「城には温泉があるからね、多少はマシだけどやっぱり辛いかな」
「無理しないで下さいね。でもそのゴーフトさんはちょっと触らせてもらいたいですね。フカフカして気持ちよさそう」
気難しい連中ではなさそうだしそれは頼めば触らせてくれるんじゃなかろうか。リーリィはそれからお土産用のホットケーキを焼いて丁寧に包んでくれた。
「ありがとう、また姫様たちと一緒に来るよ」
「はい、お待ちしています」




