新設・大浴場
その後ボッズ師達と『アルム』の改装の打ち合わせやら世間話をしていたらすっかり夜も更けてしまった。疲れた体を引きずって自室に帰ろうとすると、部屋に続く階段の前でメイド長のターニアさんが静かに立っていた。
「お疲れ様です、レンタローさん」
「こんばんはターニアさん。俺に何かご用ですか?」
「姫様から、レンタローさんを浴場にご案内するように言づかっております」
そう言えばそんな話もあった。すっかり忘れてしまっていたが。
「部屋にメモでも良かったのに、わざわざ待っててもらってすみません」
「お気になさらず。では、こちらです」
案内されたのは前にも見覚えのある……そう、留守中に竜の襲撃を受けて半壊した見張り塔の方だった。確か最後に来たのはセンパイとお茶を飲んでて、そしたらあのうっかりくのいちにクナイを投げつけられた時だ。嫌な事を思い出してなんか口の中に嫌な具合に唾液が溢れてきた。
「ここの地下にお風呂を作ったんですか?」
「いえ、作られたのは上ですよ」
にっこり微笑するターニアさんの後を、頭に?を浮かべながらついていくと、あの半壊したバルコニーが再建されて、さらに上に階段が続いていた。その先から微かに水音が聞こえてくる。
「こちらになります。ではごゆっくり……」
そう言ってターニアさんは俺を置いて帰って行くが、俺はしばらくその入り口の豪華さに動きを止めてしまう。
(こんなものをいつの間に……)
まさしく豪華だった。古代ギリシャ的な柱に壁には金とガラスの装飾、床も大理石に近い石を張ってある。入り口に掛けてある“ゆ”の暖簾が激しくアンバランスだが。
とりあえず暖簾をくぐり脱衣所に入る。脱衣カゴに(ここは和風なのか)服を入れ、積んであったタオルを一枚取って浴場へ足を踏み入れた。
「うわお……」
感嘆が漏れた。塔の上とは思えない結構な広さだ。洗い場に、これまた石造りの浴槽は三つもある。そしてすごいのは壁が一面ガラス張りな事だ。外にはリラバティ城下町の灯りと一面の美しい星空が広がっている。
上の方もドーム状のガラス張りになっていた。真夏なんかは相当暑かろうな……と考えていると、浴場の真ん中から柱が伸びていて高いところにも風呂があるのが目に入った。下の三つの浴槽はそこから溢れた湯が落ちて満たされているのだ。
「おーい、漣太郎くーん!」
と、その上の風呂からひょっこりとセンパイが顔を出して手を振った。
「!!?!?せ、センパイ!?」
るるセンパイは裸で風呂に入っているのだろうが、下から見ているせいで首から上と腕しか見えない。対して俺はタオル片手の丸裸だ。慌ててマッハで股間を隠す。
「ちょっと今湯気で見えなかったからも一回見ーせてー!」
「見せませんよ!!」
可愛いー★とか言われたら俺は今すぐそこの窓ガラスを破って身投げするしかなくなる。急いでセンパイの入ってる風呂の下、柱の影に隠れ込んだ。
「なんだよー!漣太郎くんのケチー!」
「ケチじゃないですよ!……しかし随分とご立派な風呂を作りましたねセンパイ」
いいでしょーとニコニコ笑いながら、風呂のヘリから俺を見下ろすセンパイ。地下の男兵士専用の浴場は広いは広いが岩ごつごつしていて風情はあるが優雅
では無い。ここはまさに王宮にふさわしい風呂だ。
「王様なんだからこれくらい贅沢してもいいよねー。一応メイドやミティ達にも使わせてあげるけど。漣太郎くんも夜こっそり入ってもいいからね☆」
「ええ、……なんかマズくないですか、それ」
「いいのいいの。あ、でも騎士のみんなには絶対内緒よ。あとこの上のお風呂は私専用だから絶対入っちゃだめだからね!」
そんなルールでいいんだろうか。でも相手は王様だし、なにかあったら王様のせいにしておこう。深く考えるのも疲れるだけなので俺は簡単に洗い場で体を流すと手近な風呂に入った。ブクブクするこの炭酸成分は間違いなくリラバティ源泉のお湯だ。どうやってこんな高いところに引き上げたのやら。気圧差を使わなければ難しそうだが、そのためには一旦冷やさなければいけない。わざわざそんな事するだろうか……まぁでも熱量系の魔鉱石を使えば難しくはないか……。
また別の考え事で頭がパンパンになって来たので俺は鼻下まで風呂に沈んだ。炭酸が肌の上で弾け、体中に温泉が染みてくる感じに満たされる。疲れた体にありがたい。
「『アルム』の方はどうー?」
「なんとかなりそうです。でもあ元通りに直すよりもう少し強化した方がいいだろうって事で再改造することになって、時間がかかります」
そっかー、と言いながらセンパイはバスローブを羽織って降りてきた。厚手のしっかりした生地で当然透けたりはしてないがそれでもるるセンパイの桃色に火照ったうなじを見せられるとドキドキして心臓に悪い。
「しばらくはでかけずに城に引きこもりになりそうね………あの革職人さんもそろそろ仕事終わるみたいだから明日にでもお菓子持って様子を見に行ってく
れる?女の人だしリーリィのホットケーキが良いかしら」
「わかりました……」
「どうかした?」
言葉に詰まる俺の顔を、風呂のヘリに腰かけたセンパイが覗き込む。
「いや、風呂場でこんなにセンパイに近いと……ちょっと緊張しちゃって」
「もうー、子供みたいなこと言ってー!」
べちーん!と乱暴に俺の背中を叩くセンパイ。痛い。
「リラバティじゃ15歳になればもう結婚も許されるのよ。もっと男らしくしないとー!」
「俺は日本国民なので……」
「その国籍はこちらに来た時に剥奪しましたー」
「ひでぇ!」




