美人の革職人
『パステルツェン』に水と食料を詰め込んだ俺はるるセンパイに断って革職人の人の所へ行くことにした。空はもうすぐ赤みが差してくる頃合いだ。急がなければ。早足で向かった先には、リーリィの店と同じくらいこじんまりとした一軒家があった。それほど古いようではないが不思議と重苦しいと感じられる雰囲気がある。
ともあれ、話をしなくてはならない。俺は三段の木のステップを上がり玄関でペンキの少しはがれた木のドアをノックした。
「ごめんください」
たっぷりと三秒、返事はなかった。もしかして“ごめんください”という言い方が通じなかったのか。どうやって言い直せばいいか迷っているあたりで微かに女の声が聞こえた。
「どちらさまですか?」
「すいません突然、ええと……城のものです。ルルリアーナ姫様からの仕事の依頼で……」
「姫様から?」
パタパタと軽い……子供のようではなく、頼りないような足音を立てて家主がドアを開けてくれた。長い黒髪の大人の女性が顔をのぞかせる。
歳は、三十路に行っているかいないか。ディアスフィアの人は地球の人のようにしっかり化粧をしないので逆に歳が読めない事が多い。
「どうも、初めまして。姫様の使いの御厨漣太郎と申します」
「ミクリヤ……変わったお名前ですね。とりあえず中へどうぞ……」
部屋の中も、外と同じかそれ以上に暗い雰囲気だった。窓にはレースのカーテンがかけられ傾き始めた陽の光が差し込んでいるが、不思議と夕方に近いくらいの明るさだ。通されたのは小さい応接間兼リビング兼作業場といったところで、大きな木のミシンや織り機、作業台に多種多様の布や革が積み重なっており城の工房に似た印象を受けた。
「すみません、こんな散らかっているところで」
「いえ、こちらも突然お伺いしてしまって……」
女性も、部屋と同じように影のある、言っては悪いが暗いイメージのある人だった。確かに美人ではあるようだが痩せぎすで顔の前にかかる長い前髪も少し不健康そうにも見えてしまう。俺個人としてはセンパイのように明るくてメリハリのある(いろんな意味で)人の方が好みだ。
その女性は俺に椅子を勧め水出しのお茶を出してくれた。緊張で口の中が乾いていたのでありがたく頂く。ほっと一息ついて俺は話を始めた。
「ええと、キーナさんで?」
「はい、革職人をしております。見てのとおり小さな仕事場ですが………」
俺のぶしつけな質問にも眉一つ動かさず丁寧に答えてくれる。見た目はともかく根はいい人なのだろう。恐縮しながら話を続ける。
「いえ、腕は本物と伺っています。早速なんですが姫様の依頼がこちらで……」
懐からるるセンパイの手紙を渡す。中身を見たキーナさんはそばのスツールからメガネを取ってもう一度ゆっくりと読み返した。
「モノはシンプルですが、随分と大きい天幕のような物ですね。何に使われるのかお伺いしても?」
「実は、最近城のそばに逃げてきたアルパカ……じゃなかった、ゴーフトさん達の寝床にという事で」
「なるほど、私も一度遠くから様子を見ましたが、お子さんもいましたし確かに屋根も何もないところでは可哀そうですものね」
キーナさんはゆっくりと立ち上がって部屋にある布と革を見回した。
「わかりました。多少つぎはぎになりますがそれでよろしければ急いでやりますとお伝えください」
瞳に力がある。さっきとは違い彼女は職人の目になっていた。
「そうですか、助かります」
「いえ、最近はあまり仕事も無く手持無沙汰なものでしたから……」
俺は何気なく近くにあったポーチのような袋を手に取った。厚手の革なのに細かく針が通っていて、素人の俺が見ても頑丈な作りになっているとわかる。ふと、こっちに持ってきたリュックが戦いでボロボロになっていることを思い出した。
「……仕事が終わりましたら俺のカバンも作ってもらっていいですか?」
「ええ、喜んで」
ニッコリと笑うキーナさんの笑顔は、年上ながら可愛いものだった。これがこの人の本来の魅力なのだろう。俺は改めて頭を下げてキーナさんのお店を後にした。
「どうだった?」
『パステルツェン』の前でゴーレム馬を撫でながら待っていたセンパイが、俺の姿を見るなり聞いてきた。陽はすでに高い山に姿を隠し夕焼けが空を半分赤く染めている。『パステルツェン』とその傍に用意されていた俺の銃撃戦用『アルム』が夕陽に照らされまるで赤く塗られたように輝いていた。
「仕事、受けてもらえましたよ。つぎはぎになるけど急いでやってくれるそうです」
「そうじゃなくて、美人だったかって事」
「ああ……」
少し不機嫌そうにしているが、まさか俺が本当に未亡人にうつつを抜かすと思っているのだろうか。
「確かにまぁ、美人でしたけど俺の好みじゃなかったですね」
「本当?」
「本当ですよ……疑うなら他の兵士やミティに行かせればよかったじゃないですか」
「そういう事を言うから、漣太郎くんはまだまだ半人前なのよ」
センパイは俺に背を向けると『パステルツェン』の中に入っていった。バルコニーからひょっこり顔を出したベゥヘレムも続けて中に入っていく。
「さぁ行くぞ半人前」
「うるさいな」
豚に続けて馬車に乗り、サギリ達に合図を出す。誘導杖に従って後ろから無人の『アルム』もドスンドスンと歩き始める。
「便利なもんねー」
るるセンパイが妙に感心した声を出した。
前と同じ村に行くので今回も三日くらいで着くだろう。俺たちは馬車に揺られながらターニアさんに作っておいてもらったスープとリド牛の熟成肉ステーキで腹を満たすと、それぞれ順にベッドへ潜っていった。




