アルパカケンタウロス
ハーシャと別れた俺たちは街の観光をしながら、教えられた『アルム』の武器屋に行ってハンドカノンと弾薬を買った。他にもいろいろ強力そうな銃や武器があったのだがこの店は配送をやってくれないのと、手持ちの金が心許なかったので『パステルツェン』に乗せられる物を買った形だ。
ハンドカノンは人間の使う拳銃のような形で、それこそ俺のロプノールを大きくして『アルム』に持たせるような物だった。銃口は5㎝以上。弾丸も重たく命中させられればロプノールや弓矢なんかとは比べ物にならないダメージが期待できるだろう。
(命中させられれば、だけど)
『アルム』の操縦に慣れていないのもあるが、コンピューターの補正もないあのアナログなマシーンで空を飛ぶ敵に弾を当てる自信は全くなかった。練習次第でなんとかなるよ、とセンパイは気楽に言いうのだが。
ともあれ、それは帰ってからの問題だろう。ここはリラバティ領内とはいえ城からはだいぶ離れている。帰りの分の食料を買って俺たちは夜半過ぎにゾラステアを出国した。
「もう少しゆっくりしたかったですね」
『パステルツェン』のバルコニーから闇夜に浮かぶ機械まみれの浮遊島を眺めながら、俺は呟くように言った。
「定期的に飛んでくるから、またその時にでもね」
「わかりました……それにしてもセンパイは疲れないんですか?俺もこっちに来て働いたり戦ったりでもうクタクタなんですけど」
「若いのにそんな事じゃ困るなぁ……まぁワタシもそろそろゆっくりしたいんだけど、どうにも王様は忙しくてねぇ」
夜風が冷たくなってきた。
俺はセンパイの手を取って二階のセンパイの寝室に連れていく。風邪でもひかれたら大変だ。お湯を沸かしてコーヒーでも淹れよう。
「これからのご予定は?」
「まずは買った『アルム』を使えるようにしたいかな。漣太郎くん用に一機、あとは若手の器用そうなのに一機。それから壁の補修、新しい街の建設に……」
「なんか胃に穴が開きそうですね」
「それでも原子炉が爆発したりUFOや怪獣が攻めてこないだけマシかも」
時々この人は良くわからないことを言う。
「……ドラゴンは怪獣じゃないんですか?」
「言われてみれば、そうかもね」
るるセンパイが俺からコーヒーカップを受け取ってふーふー冷ましながら飲み始めた。こちらのコーヒーは地球のものより少し赤みがあってしょっぱい。砂糖で中和しないと飲みにくいがあえてこのしょっぱさを楽しむ人もいるそうだ。
「ま、順番にやってくしかないでしょ。漣太郎くんも明日に備えて寝なさい」
「了解です。お休みなさいセンパイ」
明けて翌日。初夏独特のやや暑い朝日を浴びながら『パステルツェン』はリラバティへの帰途を進んでいた。途中で貿易都市の建設経過を見ていこうとかセンパイと話してると、窓の外から騒がしい音が聞こえてきた。
「何ですかね」
「あんまり穏やかな音じゃない気がするけど」
パンやウィンナーを齧りながら二階のバルコニーに上がると、街道から離れた丘の方に土埃に霞む人影がいくつも見える。人影は……普通の人間よりも大きい、と言うか異形であるように見えた。小型の馬のような影にセンパイではないけどぴょんぴょんと飛び回る人影。そして金属同士が力任せにぶつかる耳障りな音。
そこに更に接近する一団があった。銀の鎧に身を包み軍馬に跨る騎士たち。リラバティ騎士団だ。その中から一騎、兜に隊長印の赤い毛をなびかせた騎士がやってくる。髭もじゃ騎士隊長のツェリバだ。
「姫様!」
「ツェリバ!どうしたの!」
珍しく少し慌てた様子のツェリバ隊長が面頬を上げて略式の敬礼をしながら答えた。
「朝早く、リラバティに救援を求める特使が来て駆けつけたところです。飛面族に住処を奪われ追い出され、さらに一族の半数近くが殺されたと……」
朝から随分と物騒な話だ。やはり異世界はスローライフとは縁遠い。
「あのぴょんぴょん飛んでるのが飛面族ね?でその襲われているのは?」
「ゴーフトです」
「ゴーフト?」
センパイが聞き覚えがない、と言わんばかりにオウム返しした。当然俺も存じ上げない。双眼鏡で戦場を見ていると土埃の中から馬だと思っていた影が出てきた。
(!)
アルパカだと最初は思った。体中を白い毛で包んだその姿は正にアルパカに見える。しかしその首が生えているべき部分からは人間の上半身が生えていた。
「ケンタウロス的な奴かしら」
るるセンパイもそのアルパカ男の姿を認めたらしい。
「アルパウロス……ってとこですかね」
あれがそのゴーフトという種族なのだろうか。アルパウロス(仮称)は疾走しながら弓に矢をつがえ、空を狙った。上空には仮面を被った人間サイズの生き物がまるで『竜槍術』のように両手の鋭い爪を向けて降下してくる。
しかし、アルパウロスは冷静に、そして冷徹に矢を放った。仮面に矢が見事に突き刺さり、飛面族は悶えながら地面に落下した。打ち所が悪かったのか痛みに転げまわっている。
「センパイあっちの味方をした方が良いんじゃないですか?」
「いやよ、可愛くないもの……ツェリバ、ゴーフト?を援護してもいいけど、相手は無駄に殺さないで。追い返すだけでいいわ」
「了解いたしました!」
ツェリバ隊長が愛馬を返して本隊に合流していった。ロプノールを準備する俺にもセンパイは釘を刺す。
「漣太郎くんも、いいわね。事情がまだ読めないんだから下手に奴らの恨みは買いたくない」
「政治的判断ですか?」
「そうよ!」
センパイはそう言うと『竜纏鎧』を着るために部屋に入っていった。 俺はサギリ達に少しずつ近づくように伝えると、二階のバルコニーからロプノールにバレルをつけて狙撃に入る。
(っても、威嚇射撃であいつら止まるのかな)
何発か土煙の中にぶち込んでみる。高いところを狙ったのでアルパウロス達には当たらないはずだ。飛面族に運悪く当たったら謝るしかない。何にせよ、その心配はなさそうだった。手ごたえは無かったし、更に言えば双方の戦闘は全然収まる気配がない。
(だいたい、何人くらいいるんだ?)
双眼鏡で覗くとアルパカは10前後、飛面族は15以上か。弓を持つアルパカは戦えているが、剣しか持っていないのもいて全体的に押されている。リラバティ騎士団が割って入ることで均衡を保てるようだが……俺がどうしようか迷っていると、センパイが『メルトピアサー』を着てバルコニーに出てきた。
「どう?」
「威嚇射撃じゃ止まらないです。ロプノールじゃ加減できないし……」
「仕方ない、ワタシが行くか」
センパイは軽く準備運動をすると長いジャンプをして戦場に接近した。




