巨古飛龍
レガシーワイバーンは再度城壁の上を通過し、やってきた方向(北側だろう、地球での呼び方に従うなら)に距離を取った。大きい身体のせいか小回りは聞かないようだが、その長大な翼で得ている速度はるるセンパイの跳躍と遜色ないかもしれない。
「普段なら子分のワイバーンを連れてくるんだけど……今日は運がいいみたいね」
「こういう時に運がいいって言うんですかね」
我ながらネガティブなツッコミだとは思ったが、センパイはあっさりと俺の言葉を無視した。クッ、と今までよりも深めに屈むと、一気に空へ飛翔する。
ワイバーンの炎に焼かれたわけではないだろうが、西の空はもう夕暮れの朱に染まり始めていた。早く決着をつけなければ夜になってしまう。奴らがどれだけ夜目が効くかは知らないが、こちら側は完全に不利だ。
そのレガシーワイバーンがセンパイに向かい大顎を開く!
(センパイ!)
あの炎が当たれば、ナントカという伝説の鎧でも耐えられないのではないか。俺が悲鳴を上げようとした時、るるセンパイは槍の穂先をワイバーンに向けた。
「『光条の礫』よ!」
槍の刃が輝き出し、その先からいくつもの眩い光の粒がワイバーンに降り注いだ。
グォォォォオオン!!
光の粒はワイバーンの目のあたりで次々と弾け、花火のように閃光を放っている。ダメージは微々のようだがレガシーワイバーンの動きが止まった。
「りゃああああああああ!」
先ほどよりも気負いの入った声で、るるセンパイは上空からワイバーンに強襲する。
が。
ガキィィィィィン!!
「!?」
槍の穂先が空しく跳ね返された。センパイはバランスを失ったが何とか鎧についた羽で姿勢を整えながら地上へ降下する。
(高度差が足りないのか!?)
推測だがおそらく『竜槍術』は高空にジャンプして、その高低差の距離だかエネルギーを利用して加速して攻撃する技だ。しかしレガシーワイバーンはレッサーワイバーンよりも高い位置を飛んでいる。センパイのジャンプと高度が近すぎて十分な突撃速度が出ないのかもしれない。
センパイは再度ジャンプ攻撃を敢行したが、視界を取り戻したレガシーワイバーンの速度についていけずにかわされてしまった。お返しにとばかり、着地したセンパイに向け大きな口から派手に火炎を放射する。
るるセンパイはかろうじて直撃を避けたが、近くにあったレッサーワイバーンの死骸が燃えて見る見るうちに白骨だけが残った。
「なんて火力だよ……センパイ!」
三度目の攻撃を仕掛けたるるセンパイが俺の隣に飛び降りてきた。ハァハァと息が荒くハッキリと疲れが見てとれる。足元も少しフラついているようだ。
一方、二度の直撃を受けたはずのレガシーワイバーンは全然ピンピンしている。
「大丈夫ですか!?」
「ダイジョウブ……って言いたいけど、実際この技、結構疲れるのよね。連打できれば鱗も抜けるんだけど」
鎧の力を借りているとは言え、それはそうだろう。竜よりも高く飛び上がって狙いをつけて降下してくるのだから。並みのアスリートだってそうそう連発はできないんじゃないだろうか。大体るるセンパイはゲーマーではあっても体育会系じゃない。
左右からは今まで以上に弓隊の苛烈な攻撃が続いている。中には鏃に火をつけた火矢も使っている兵士もいたがレガシーワイバーンにはまるでダメージになっていない。
(このままじゃ負ける……)
俺は勢いで、思いついた考えを口に出してしまっていた。
「……れば」
「漣太郎くん?」
「あいつが地上近くまで降りてくれば、倒せそうですか?」
「そりゃあ可能性はあるけど……どうするの?」
可能性があるなら、賭けてもいいかもしれない。俺は持っていた銃を握り直した。
「引き付けてみます!」
「ちょ、ちょっと待って漣太郎くん!」
壊れた城壁の瓦礫を伝って地上に駆け降りる。辺りは焼ける草とワイバーンの肉の異臭が立ち込めていたが気にしている場合ではない。
俺はレガシーワイバーンを睨みながら渡された銃、ロプノールの具合を確かめる。一発装填、銃身の一部をスライドさせて弾丸を装填する仕組みだ。
ワイバーンは茜色の空に悠然と羽ばたいている。そうしている間にも太陽はどんどんと山の尾根に沈もうとしていた。決着を急がなければ。
「くらえ!」
ガゥン!
センパイの方に気を向けている隙に銃をぶっ放した。思った以上に反動が凄い。思い切り腕が上に跳ね上げられたが、撃った弾丸はワイバーンの翼に穴を開けた。塔の兵士からわずかに歓声が上がる。
グゥルル……?
弾丸の小さな穴くらいじゃ奴の飛行能力はビクともしないだろう。だが自慢の翼にキズが付いたことがシャクに触ったのか、向こうの気がこちらに向いた。
睨み合っても凶悪な顔のプレッシャーに負けてちびりそうだ。俺は恐怖を堪えて弾丸を入れ、レガシーワイバーンを狙った。
ガゥン!
意外にも狙い通りまっすぐに飛んだ弾丸は奴の鼻先に命中した。鼻が頑丈な生物はそうそういないと聞いた事がある。若干怯んだワイバーンを見て更に次の弾を手に取る。
(熱!!)
ロプノールの砲身が熱を持ち始めた。こんなに早く加熱してしまうものなのか。しかし構っている暇はない。無理やり三発目を押し込んで射撃する。次の攻撃は眉間に直撃したようだった。
(意外と俺、射撃のセンスあるのかも?)
調子に乗りすぎたかもしれない。ワイバーンの大口がガバッと開かれる。俺は反射的に右に走り出していた。
ゴォォォォォォ……!
やおら吹きかけられる火炎が俺を襲った。距離があったので何とかかわす事が出来たが本当にギリギリだった。慌てて姿勢を立て直しワイバーンに銃を向けようとした時。
「漣太郎くん!」
鼓膜を撃つセンパイの叫び。だがその声ももう遅かった。
目の前はほとんど真っ暗だった。陽が落ちたからじゃない。視界いっぱいにレガシーワイバーンが迫って来ていたからだ。
ヤバイ、と思う暇も無く腕よりも長い鉤爪が無情にも俺の胸に突き刺さった。それを痛いとか怖いとか思う暇もまた無かった。そのまま足裏が俺の身体を押さえつけとんでもない重量が身体を押し潰し……。
哀れ、俺、御厨漣太郎はその場で絶命してしまった。