容疑者確保
ミティが案内したのは町はずれにある古びた倉庫だった。と言うよりもかろうじて建物の形をとどめている穴だらけのボロ箱という方が正確だけども。
「今度からこういうのは取り壊していかないといけないわね」
古倉庫を見上げてため息をつきながら、センパイが大扉を押してみる。立て付けの悪くなっているように見えた扉は、しかし意外にもすんなりと開いた。るるセンパイが深呼吸をし、懐からナイフを抜いて短く魔法のキーワードを呟くとボオっとナイフの刀身が光りはじめ倉庫の中を照らす。中には蜘蛛の巣が張りまくり埃だらけで、穴の開いた木箱や柄の折れた農具などが乱雑に散らかっていた。
センパイはナイフを足元に近づける。床の一部が他と違って埃の上に複数の足跡が残っていた。足跡は大小あるものの、そろって倉庫の隅の方へ向かっている。
「プロの工作員の仕事とは言い難いわね……」
小声で呟くセンパイに同意して頷く。フェイクでやってるにしてはその足跡はばらつきがリアルすぎるように見えたからだ。足跡を追うと地下室へ降りる狭い階段があった。俺がギリギリの通れるくらいだから、鎧を着た騎士なんかでは通れないだろう。
地下は壁穴からの陽の光も届かず更に暗い。ナイフの光を頼りに慎重に進む……と、転ばないように壁に手を当てていたセンパイの指先あたりからカチッという音がした。なんだ?と思う間もなくミティがセンパイを突き飛ばす。
センパイが、ゴッ、と痛そうな音と共に石壁に額を打ち付けるのと同時に、奥から音もなく何か鋭いものが突き出してきた。
(矢だ!)
と認識するのが精一杯の俺の前でミティがクナイを抜く。両手の二本で一本ずつ矢を弾き飛ばすが、流石のシノビも三本目までは防げなかった。ギリギリ身を捩って躱そうとしたが、太ももにざっくりと長い傷跡が残される。
「ミティ!大丈夫!?」
おでこを抑えながらセンパイが戻ってきた。ナイフの灯りに照らされる傷跡に応急手当てをしながらミティが痛恨の表情で呟く。
「ごめんなさい姫様。ワタシが警戒して前を進むべきでした。お怪我は大丈夫ですか?」
「私のは大したことないよ。それよりミティの方が!」
「私のも……大したことありません。毒が付いていたようですが、強いものではないようです。気付け薬を飲めば抵抗できます」
腰の小袋から苦そうな丸薬を取り出して飲み込みミティ。五秒ほど深呼吸をしてから額に浮いた汗を拭って、行きましょうと立ち上がる。
「本当に大丈夫?今日は一旦引いてもいいのよ?」
心配そうに言うるるセンパイを制してもう一つ別の丸薬を飲むミティ。
「先ほど姫様が突入を決めたのは、犯人を逃がしたくないからでしょう。トラップが発動したのは向こうも気づいていると思います。一度突入してしまった以上、今ここで撤退するのは良策とは言えません」
「……わかった、無理はしないでね」
苦渋の決断をしながらナイフをミティに渡すセンパイ。手負いではあるが潜入活動はやはりプロの彼女に任せた方が確実だ。
地下への階段はさほど長くはなかった。螺旋階段を四周も回ったところで木の扉が設置されている。怪しげなところを素早く確認し、罠がないと判断したミティが扉を開け放つ。
「“黒づくめ”!!」
予想通り、と言うべきか。見慣れた黒いローブの小柄な男が暗い室内に立っていた。小さい壁掛けランプに照らされる部屋の中にはたんまりと桃ニンジンが山になって積まれている。理由はわからないがコイツが犯人なのは間違いなさそうだ。
「動くな!」
と叫ぶセンパイの警告を無視して、“黒づくめ”はローブの下から短い杖を取り出した。先端に真っ黒い水晶が嵌められているそれを左右にふりまわしながら“黒づくめ”が詠唱を始める。
「ッ!」
短い気合と共にミティが手裏剣を投げた、が“黒づくめ”の肩を狙った十字手裏剣は、フッと現れた“影”に遮られて床に落ちてしまう。
「なんだ?」
“影”は“黒づくめ”の足元から延びていた。それが壁に映される影絵のようにおれたちのまえで人型になって立ち上がっているのだ。その“影”は机に置かれていた剣を取り、鞘から抜くと俺たちの方へ向かい構えを取った。
「“影戦士”!」
ミティが少し驚いたように声を上げる。俺はもちろん、センパイも知らない術のようだ。
「西方大陸の魔術師が使う呪術です。自分の影に偽りの生命を与え戦士として操る……」
ミティの説明の途中で“影戦士”が剣を突き出してきた。ミティのクナイと剣がぶつかりギィン!と鈍い金属音が地下室内に反響する。
「強いッ……!!」
ミティが珍しく弱気なセリフを漏らすのを聞きながら、俺は抜いたロプノールを構え“影戦士”の脳天の辺りに向けて引き金を引く。
ガァン!
弾ける炸薬音。しかし弾丸は影の中に入ったとたん勢いを失い呆気なく床に転がった。コイツには物理攻撃は効かないのか。
(ならば!)
本体の“黒づくめ”を狙う。ミティも俺に合わせて手裏剣を投げたが、それも“影戦士”が間に割って入り押しとどめられる。思った以上のスペックを持つ強敵だ。
「弱点は……?」
「たしか、日光とか強い光を浴びせれば弱まるとか……」
ミティのたどたどしい答えにるるセンパイが頷きその手からナイフを回収すると、振りかぶって光るナイフを“影戦士”に投げつけながら大声で叫ぶ。
「『解放せよ』!!」
ナイフの刀身がガラスのように割れ激しい光が広がった。暗い室内にいたせいで余計に目に突き刺さる。“黒づくめ”もそうだが俺やミティまでうろたえて目を抑えていた。
「漣太郎くん!撃って!」
「くそッ!!」
打ち合わせする時間が無かったのはわかるが、あまりに無茶な要求だ。外れても知らないぞ!と心中で怒鳴りながら愛銃をぶっ放す。その“黒づくめ”をかばうようにスッと“影戦士”が間に入るが、その影の体は薄いグレーに透けてしまっていた。弾丸は“影戦士”の体を貫通し“黒づくめ”の手元に向かう。
パキィ……ン。
まぐれ当たり(だと自分では思う)でヒットした弾丸が“黒づくめ”の杖を粉々にした。同時に“影戦士”が溶けるように消失する。床に落ちた剣を拾い上げ、センパイは逃げようとした“黒づくめ”の顔を剣の腹で思いっきりぶん殴った。
「……◆○↑×▼」
よくわからないが、クソッタレ的なフレーズの言葉と鼻血を漏らしながら桃ニンジン事件の容疑者は気絶した。




