姫様探偵出動
事情はこうらしい。
先日多数の試作品の中から選ばれた栄えある優秀作品、“桃ニンジンのホットケーキ”はその絶妙の甘さからかなりのヒット作になったらしい。その結果オリジナルのホットケーキよりも桃ニンジンの方が売れるようになってしまい、完全にメインの看板商品になってしまった。
それはいいのだが、数日前(俺たちがリド公国にゴーレム見物に行った当たり)から、いつもの八百屋が桃ニンジンを卸してくれなくなった。最初はどこかの店で同じように桃ニンジンの料理でも始めたのかとも思ったが、そういう話は聞かなかった。他の店に桃ニンジンを買いに行ってもどこにも売っておらず、ご近所に聞いても誰もが同じように見かけていないらしい。
たまにはそんなこともあるかと思ったが二日経っても三日経っても同じように買えない日が続いた。今は桃ニンジンの出荷最盛期で近所の村から毎日リラバティに農家が売り込みに来ているはずなのだ。
原因はわからないが桃ニンジンのホットケーキで売り上げを伸ばしていたリーリィには大打撃だった。もう客のほとんどはプレーンなホットケーキに飽きてしまい、ここ二日はすっかり客足も途切れているのだという。
「私の留守の間に随分妙な事件が起きたもんね……」
「このままじゃまた豆スープの毎日ですぅ」
涙を流すリーリィにセンパイがうっかり、家畜に神は云々とか言わないかヒヤっとしたが流石にそれはなかった。代わりに立ち上がって俺たちを見下ろす。
「よし、調査に行くわよミティ、漣太郎くん!」
「調査……ですか?」
イマイチピンと来ていない俺に力強く頷くセンパイ。
「私のお膝元で買い占めなどという自己中な犯罪は許さないわ。とっ捕まえて一人ジェンガ40年の刑を課してやる」
恐ろしい刑罰だ。
とりあえず捜査は聞き込みからという昭和ナイズなセンパイのポリシーに従い、俺たちは八百屋を回ることになった。センパイは一応目立つ髪を大きめの帽子にしまい込み伊達メガネをして変装までしている(したかったのだろう、たぶん)。
メインストリートの角、そこそこ大きめの八百屋に顔を出す。店主らしい坊主刈りの中年が声をかけてきた。
「へいらっしぇー!何にしましょ」
「じゃあそこのペルブベリーを」
「毎度!」
水色の木苺みたいな果物が篭ごと俺の手に収まった。一個食べてみると瑞々しく甘さと酸っぱさが程よい感じの果物だ。
「ありがとオジサン、ところで桃ニンジンはあるかしら」
「すんませんねぇ、桃ニンジン切らしてまして……最近人気なのか朝入ったの全部売れちまいまして」
申し訳なさそうに頭をぽりぽり掻きながら店主。センパイは少し考えるように顎に手をやった。
「明日になったら買えるかしら?」
「たぶん仕入れられると思いやす。けど早めに来てもらった方が良いですかね、ホント昼時前には無くなっちゃうんで」
「わかったわ、ありがとう」
お上品な笑顔を残し立ち去るセンパイに俺とミティも続いた。メインストリートを歩きながらるるセンパイが振り返る。
「桃ニンジンを買い占めてる奴がいるのは間違いなさそうね」
「でも姫様、城下町には大小合わせて七軒は野菜を売っている店があります。その全部から桃ニンジンを買い占めるとなると相当大変ですよ」
「それを現にやっている奴がいるんでしょう?頭のおかしい金持ちの道楽ってわけじゃないでしょうし。ミティは別行動して最近不審者がいないか聞き込みに回ってくれる?私たちはもう少し八百屋を当たってみるわ」
「わかりました!」
返事をするなりシュッと消え去るミティ。流石くのいち、見事な技だ。
その後、一時間余りをかけて何件か大きい八百屋を回ったが、得られた情報は少なかった。代わりに俺の手には大量の果物やら野菜がぶら下がっている。話の駄賃に買い物をするのはわかるがクソでかいカボチャなんかこんな時に買わなくてもいいのに。
「どうするんですかこの大量の野菜」
ヒイヒイ言いながら言う俺の抗議にセンパイはすまし顔で答えた。
「リーリィにあげればいいじゃない。豆スープじゃ可哀そうでしょ」
「なるほど納得です。じゃあコレリーリィの店に置いてきていいですか」
この重たい野菜を持ちながら歩き回るのはもう限界だ。るるセンパイは目を閉じて黙ってから、ちょっと待ってと空を指さした。疲れでダルい首を空に向けると夕暮れの朱い空に前触れなく人影が飛んできて、それが俺とセンパイの間に落下してくる。
「お待たせしました姫様」
「お疲れ様ミティ」
汗一つかいてないミティがるるセンパイに一礼した。冷静に考えると別に屋根の上から来なくてもいい気がするのだがそれがニンジャの流儀なのか。
「いろいろ聞き込みをしましたが、桃ニンジンを買いに来ているのは子供や宿無しといった連中のようです。しかしそいつらも小銭を貰って頼まれているようで主犯は別にいるようでした」
「なるほど、こちらの情報と矛盾はないわね。で、その主犯の情報はわかった?」
「それが、買い占めに動いた連中には口止めをさせていたらしいんですが、一人だけ金で口を割らせました。黒いローブを着た陰気なよそ者のようで……」
「!」
俺とセンパイに緊張が走る。黒いローブと言えば苦い経験のあの奴らしか思い当たらない。
「“黒づくめ”がこの件に?」
今まで戦場でしか見かけなかった連中が野菜の買い占めなんかをしているというのは腑に落ちない話だ。しかしもし“黒づくめ”がこのリラバティに潜入しているなら何をされるかわからない。一刻も早く真相を突き止める必要がある。
「居場所の情報はあった?」
「不確定ですが……すぐ向かいますか?」
今は当然『竜纏鎧』は無くセンパイが持っているのは護身用の装飾が凝っていて、明かりの代わりに光る魔法が付与されているだけのナイフ。おれもロプノールに通常弾が六発のみ。ミティは手裏剣やクナイを持っているだろうが全員装備的には心許ない。センパイはしばし優先順位に悩んだがすぐに決断した。
「……行きましょう、案内を頼むわ」




