騎士の憂鬱・ホットケーキの憂鬱
ふと隣を見るとネイ士とゴーレムの後ろ姿を面白くなさそうな顔でテステッサが見送っていた。この人当たりの良い騎士には珍しいことだ。
「そんなに気に入らないので?」
「そりゃもう……いや、失礼」
センパイの言葉にからかいがあったのに気づいてテステッサも言葉を改める。
「陛下の、我々騎士団の被害や労力を慮っての采配とは理解しております。現に最近の魔物の襲撃は多く我々も十分に休養を取る暇もありませんでしたから。しかしそれでもあのような人形に民の安全を任せるというのは、騎士として忸怩たるものがあります」
苦々しくそういうテステッサ。意外と若く実直なのだろう。うちのツェリバ隊長なら楽ができると喜びそうだが。
「でもあの一体だけじゃあ他の村はカバーできないですよね」
「それが、あのゴーレムをベースに他にも防衛用のゴーレムを量産できるらしいのです。そうなれば防衛力は強化されましょうが新人に実戦の機会を与えることも少なくなりますし、新しく騎士を採用することも難しくなるかもしれません」
なんか地球で言う、機械に仕事を取られた的な話になってきた。ディアスフィア近代化問題か。
(しかし、術者が一人だけで上手くいくのか?)
テステッサも公務があるので……とこの場で別れる事になった。
「ゆっくりとおもてなしも出来ず申し訳ありません。また様子を見にお越しください。陛下も楽しみにしておりますので」
「わかりました。オムソー王によろしくお伝えください。テステッサ殿もお元気で」
若い騎士隊長を見送って俺たちも『パステルツェン』に戻った。慌ただしいが、あの村で食料と水を補給してまたリラバティに戻らなければならない。俺は『パステルツェン』のドアに向かうステップに乗るセンパイのお尻に問いかけた。
「で、センパイ。あのゴーレム、リラバティでも使うんですか?」
「戦闘力は認めるけどコントロールに不安があるわね……ゴーレム術者って彼だけが変人だと思う?」
「残念ながら、思えません」
あの鬱屈したコンプレックスは彼だけでなくゴーレム業界全体に蔓延しているのではないだろうかと思わされる演説だった。
「何すかね、理工学部の学生が、俺のほうが勉強してるのにカラオケ上手いやつの方がモテるのが許せん!みたいな感じでしょうか」
「わかりやすい例えね。漣太郎くんにも身に覚えがあるの?」
「男子校はもっと壊滅的にモテないんですよ」
つらい青春が思い出されて泣きそうになった。センパイに捨てられたらリーリィにプロポーズしようか。あの子何歳なんだろう。
「とにかく、あの戦力を見てもすぐ採用しようって気にならなかったのは確かね。しばらくはリド公国で技術的に揉んでもらいましょう」
「姫様もワルですのう」
「そういうそちも同罪であるぞ」
しばし悪代官ごっこをして気を紛らわす。とりあえず今夜は素直に帰ることにしよう。俺は馬車を村へ向けるようカヅチとサギリに頼んだ。
数日後、無事にセンパイと俺は帰国した。一度夜中に山賊っぽい連中と出くわしたのだが、武器も投げ捨てて悲鳴を上げて逃げて行ってしまった。何でだと思って外から『パステルツェン』を見てみると、両目が煌々と輝く鉄の馬二頭がこちらを向いて俺もちびりそうになってしまった。ぼんやり室内から洩れる光も相まって、地獄か死神の馬車にしか見えない。山賊が逃げ出すのもやむをえまい。
「お疲れ様でした姫様!」
出迎えてくれるのはミティ他いつもの人々だ。ミティは姫様しか眼中にないようだが。羽のある子豚もふわふわと飛んできた。そういえばコイツはいつ大人の豚になるのだろう。
「ゴーレムはどうだったかね」
「パワーは期待通りに出るみたいだけど、ちょっとコントロールがねぇ。あと三世代くらい先になればいいものが出来そうなんだけど。今スーフ○ミ位ならW○iにはなってほしいかなぁ」
その例えじゃ通じないですよセンパイ。しかもそのくらいの進化を求めるなら最低10年はかかるし。
「まー、ようわからんがリスのお嬢ちゃんのところにホットケーキを食いに行こう。お主らが返ってくるのをミティと待っておったのじゃぞ」
「待ってましたですよ!その桃ニンジンのケーキ!」
何を豚に聞いたのか知らないがミティはだいぶリーリィのホットケーキに期待しているようだ。まぁあの味ならその期待を裏切ることはないだろう。ずっと馬車に揺られてきたので疲れてはいるが、ひと眠りするにはまだ陽が高い。腹ごしらえも兼ねて俺とるるセンパイ、ベゥヘレム、ミティの四人はリーリィの店に行くことにした。
ぞろぞろと並んで城の門を出れば、サブストリートの端にあるリーリィの店はすぐそこだ。しかし見慣れた小さなその店には客の並びはできていなかった。
「あれ、休みか?」
「そんなぁ!?」
悲鳴に近い声を上げるミティに、子豚が落ち着かせるように言った。
「いや、リスの嬢ちゃんから休みの予定は聞いておる。今日は定休日ではなかったはずじゃ」
パタパタと飛んでドアの方へ向かうベゥヘレム。ほれ、と短い前足で示す先には、“営業中”と書かれた札がぶら下がっていた。
「それにしちゃずいぶん閑古鳥だけど……まぁいいや。こんにちわー、リーリィ、いる?」
ゆっくりとドアを開けて中を覗き込むセンパイ。店内にも客の姿は無く、昼飯時では無いにせよこの客入りの悪さは少し異様に見える。そしてその先のカウンターにうつ伏せするようにくらい顔のリーリィが半身を机に預けていた。
「あ……お久しぶりです皆様……」
疲れている、と言うわけではないがだいぶ元気がない。いつもの彼女とは大違いだ。心配して俺とるるセンパイが駆け寄る。
「どうしたの、病気?」
「そういうわけじゃ……むしろ病気くらいならその方が良かったんですが」
「そんな事言わないの。良かったら話聞くよ?」
すっかりへこんでいるリーリィを撫でながら、センパイは事情を聴いてみた。




