ゴーレム術士が言うには
「お久しぶりです。ご健勝そうで」
久しぶりに会うテステッサは相変わらず爽やか青年だった。
「そちらこそ。皆様お変わりなく?」
「ご招待しておいて申し訳ないのですが我が王は少しばかり体調を崩しておりまして、こちらに出向くことができないと聞いております、面目ありません」
「それはそれは……後で最上級の竜肝を送らせましょう。よろしくお伝えください」
「恐れ入ります」
テステッサもるるセンパイの粗暴な、もといフランクな素性は知っているはずだが部下の手前わきまえた対応をしてくれている。
到着したのはリド公国首都から少し離れた比較的大きな農村だった。最近この村は黒小鬼やトロール、はぐれドラゴレッグなどに襲われているらしい。そこで対策として採用されたのが……。
どぉぉぉぉぉ……ん。
畑の向こうから地鳴りのような音が聞こえて来た。見れば人間の二倍くらいの高さの土煙が上がっている。事態を把握する前にもう一つ。
「丁度説明がはぶけそうですね、こちらへ」
テステッサの馬に従い『パステルツェン』を進める。畑を迂回した先に見えて来たのは、トロールに率いられた複数の黒小鬼とそれに立ち向かう石…いや、“岩人形”だった。
大きさは2メートル半くらいか。脚が短く腕がその倍もある、いわゆるゴリラ体型だ。岩ゴリラが腕を無造作にぶぅん!と振るうと、黒小鬼が遥か遠くへ野球ボールかのように吹き飛ばされた。あの高さではおそらく墜落死は免れないだろう。もう死んでいるのかもしれないが。
続けて足元に群がる黒子鬼を払いのけ、ぐるりと腰から上を180度回転させて別の子鬼にチョップをかました。蟻でも潰すかのようにあっけなく黒子鬼が絶命する。
「あれがゴーレムです」
テステッサが特に誇るでもなく、努めて無関心を装っているのが俺にもわかった。ゴーレムは逃げ出す黒小鬼をに怒鳴っているトロールにガッシリと組みつく。腕力も体格も両者は互角のようだ。何分も殴り合いや取っ組み合いが続いたが、やがて出血と疲労でトロールの戦意がくじけたようだ。泣きそうな顔になって魔物一党は逃げて行った。
「なるほど、なかなかの性能ね」
るるセンパイが素直なコメントを言った。俺も同意だ。一対複数でもあのゴーレムは疲労も損傷も見られない。なんならもう一戦交えても負けないような余裕が見える。
「あのゴーレムは自動で敵をやっつけるんですか?」
俺がそんな質問をすると、いつの間にか近くに来ていた痩せ気味の男が目に入った。ぼさぼさ気味の長髪、発色の悪いモスグリーンのローブ、ガリガリの細い手が持つ大きな水晶球、その水晶球よりは澱みがある黒い瞳が印象的だった。
「紹介しましょう。この度我が国に招聘された魔術師、ネイ・ロウ士です」
「初めまして」
「ど、どうも……」
挨拶をするるるセンパイと俺に落ち着きのない返礼をする魔術師。年齢は不詳だが少なくとも二十歳は越えているだろう……と思うのだが、ボソボソと話すのでどうにも大人っぽく見えない。
「ネイ士、こちらはリラバティ王家のルルリアーノ王女、そして地球からの技術士のレンタロー殿だ。疲れているところ悪いがゴーレムについて説明して頂けないか?」
テステッサの言葉にネイ・ロウ士という魔術師の目が異様にギラっと光って見えた。
「お、二方、ゴ、ゴーレムに、興味があるので?」
「え、ええ。まぁ」
嫌な予感がしたが、既に時遅し。コンマ一秒、センパイがテステッサの方を睨んだのを俺は見た。
「ゴ、ゴーレム魔術は偉大なのです!魔力量あたりのエネルギー換算では火炎系や雷撃系なんかとは比べ物にならないパフォーマンスを示しています!て、敵対する魔物に対して攻撃から捕縛、威嚇と柔軟に対応する事ができる上ゴホッ失礼拳や武器に炎や冷気を付与すれば肉体を持たない魔物にも攻撃が可能!一度制作すれば半永久的に稼働し労働力としても人や馬の数倍!その辺のチャラチャラしている見栄えばかりのゲフンゲフン、軟派な術者やそれに媚びる連中には理解できないようですがね!」
両腕を振り上げながら早口で一気にそうのたまうネイ士。よほど他の魔術師に恨みでもあるのか唾を飛ばし目を血走らせて声を張り上げている。流石のセンパイも狼狽しながら、何とか本題を聞き出そうと言葉を選ぶが全くペースを掴めない。
「ええと、そのう……」
「そもそも術式の精密さからして違うのですよ!魔力量で無理やり空間に火や氷を出現させる属性魔法にはゴホッゴホッ雑な詠唱式しかない、対して我々のゴーレム術は素材の選定から用途に応じてのサイズ、馬力、可動範囲、重量を計算し魔法陣に落とし込み、それを正確に再現する集中力とセンスを要求される高等魔術!魔術書一冊読めば習得できるその辺の魔術とは訳がちゴホン!違う!さらに比較するならば……」
ネイ士の演説?はさらに続いた。テステッサはさっさとお付きの部下を先に帰してしまっている。自分も帰らないのは流石に騎士隊長としての尊厳があるからだろうか。たっぷり30分以上、ネイ士の説明を聞いてからようやく俺たちは質問を許された。
「で、何かき、きたいことがあれば、ハァ、ハァ」
息が切れるほど勝手に喋りまくるなと胸中でツッコミ入れてから俺は訊いてみた。
「このゴーレムは」
「ハーケンフォルツェッダ・マークツー」
「へ?」
質問をいきなり打ち切られたことより、その謎の呪文みたいな言葉に俺は固まってしまった。
「ただのゴーレムじゃない。わ、私が精魂込めて作り上げた陸戦型迎撃用白兵ゴーレム、ハーケンフォルツェッダ・マークツーです」
「ああ、はい……で、そのマークツーさんは自動で敵を認識して戦うんですか?」
「いい質問です」
ネイ士は鷹揚に言うとローブをバサッとはためかせるようにゴーレム……ハーケンなんちゃらを指した。
「も、勿論自動迎撃機能も用意しております!が、やはりオートメーションには限界があります。野盗や山賊は人間と判断して攻撃できないし動物に関しても家畜なのか魔物なのゴホッなかなか識別機能には、け、研究の余地がありましょう。しかしそこは術者であるわ、私と情報をリンクすることでカバーが可能。人間とゴーレムが互いの能力を補完することで優れた戦闘能力を持つことが出来るのです!」
「ええと、つまりネイさんがこのゴーレムを遠隔で操る……という事で?」
センパイのかいつまんだ要約にネイ士はやや不満そうな表情を見せたが、とりあえず肯定した。
「まぁ、そ、そうなります。誤動作などでクライアントに損害を出すわけにはいかないのでしっかりと事故防止を図りたい。何せ三年ぶりのクライアントだし……それでは、私はハーケンフォルツェッダのメンテナンスがあるのでこの辺で失礼します……」
何だか切ない事情があるようだが、それを聞く前にネイ士はゴーレムを引き連れて村のほうへ帰って行ってしまった。その大小の影はがイマイチ頼りがいがなさそうに見えたのは俺だけだろうか。
「なんだか不安が残る説明でしたね」
「というか、術者に不安があるわ」




