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あたたかやわらかまえばらい


陽もだいぶ傾いたころになって、やっと雲が晴れて来た。


「しかし、デカイ竜退治はエルノパさんに頼りっきりだねぇ」


地竜ステーキを食べながらセンパイ。地竜の肉ははワイバーンよりも脂がのってる上にもっちりとした食感で美味い。騎士団や民兵のみんなもケガを負いながらも全員むしゃむしゃと肉に食らいついていた。それでも地竜の肉はまだ半分も食べていない。


「ほうですねぇ……ミティがいても俺たちだけで勝てたかどうか……」


今回は最低限の防衛隊を除く騎士団のほぼすべてを投入したのだ。しかも相手は武器の届く地竜。その地竜相手にこのザマではリラバティ騎士団自体の戦力に問題があることになる。


「すまないが私はそろそろ次の国へ行く」


「え!?今からですか!?」


唐突な話に俺のナイフが止まった。センパイもエルノパさんも残念そうに首を縦に振る。


「居心地が良くてつい長居してしまった。魔術師はもっと勤勉でなければ大成できない」


「寂しくなるのう」


ベゥヘレムが付け合わせのマッシュポテトみたいなものを食べながらしんみりと呟いた。豚の癖にしんみりとしたコメントを言うものだ。


「いずれまたどこかで会うかもしれんが、これからも頑張ってくれ。二人とはまた会いたい。ベゥちゃんにも」


そう言ってエルノパさんは豚のサラサラの金髪を撫でた。


「俺たちもまた会いたいです。気をつけて旅をしてください」


「ありがとう、さて……」


エルノパさんは食後のお茶を飲み干すと、木のカップをカバンにしまい替わりに宝石で出来た数珠を取り出した。それを手首に巻くと、何かを呟きながらふく


らはぎのあたりをトントン叩いた。


「何をしたんですか?」


「イデテンソクの術。遠い東の国に住むテングーと言う人々に教わった。疲労を抑えながら四、五倍の速さで歩くことができる優れた魔術だ」


天狗に韋駄天か。時々地球由来の言葉が出てくるので戸惑ってしまう。いや、そもそも元はディアスフィアの言葉なのかも知れない。


「では、息災を祈る」


「エルノパさんも。また会いましょう」


「必ず」


僅かに穏やかな微笑みを見せると、エルノパさんは歩き出した。スクーター並みの速さで。


「速え!」


別れの寂しさもぶっ飛ぶような光景にしばし固まる三人。


「……人間には面白いのがいるもんだのう」


「しみじみと豚に言われても嬉しくないと思うけど」


「こう見えて郷里では賢者と呼ばれておるのだぞ」


「賢豚の間違いでないの?」


ぎゃあぎゃあと喚き始めた姫と豚を放置して俺は食器をかたつけ始めた。太陽はもう荒野に沈みかけている。帰るのは明日になるだろう。








食器や旅道具をしまい寝る準備をしていたら、センパイに二階の部屋に呼ばれた。今日の戦いのご褒美にセクシーな寝間着姿でも見せてくれるのかと期待したい所だが、この人に限ってそういう事は無いだろう。


「お疲れ様」


セクシーと言うほどではないがセンパイは白いワンピースのような楽な服装をしていた。普段の露出の激しい鎧姿とは違ってこれはこれでドキドキする。


「疲れてるのにごめんね。これからの事、相談に乗って欲しくてさ」


「エルノパさんがいなくなっちゃったからですか?」


ストレートに訊ねてみると、るるセンパイはため息をつきながら頷いた。


「戦術顧問みたいな感じで雇いたかったけど、無理強いはできないからねー」


ベッドにゴロゴロするセンパイを前に、俺も絨毯の上に足を投げ出して楽にすることにした。蛍光石を使った室内灯の柔らかい光が部屋に落ち着いた空気を作っている。


「エルノパさんほどでは無いとしても、誰か魔術師を雇うってのはダメなんですか?」


「他の魔術師にあては無いし、あれほど強大な魔法を使えないのであれば戦力的に運用するのも難しいかな。一応ウチも騎士の国だし」


「なるほど」


メンツとかいろいろ難しいのだろうな。俺はあまりそういうこだわりはわからないけど。


「じゃあどうします?」


「素直に騎士を増やすのも手だけど、ミティみたいにもう一人くらい『竜姫士』も欲しいし……あと、ちょっとまだ未確認レベルだけど、上手く行けば……ってアイデアはあるかなぁ。その時は漣太郎くんにもいっぱい働いてもらうけど」


フフッ、と悪戯っぽく笑うセンパイの表情は好きなのだがその先にある激務を考えると胃が痛くなる。


「お手柔らかにお願いしますよ」


「頑張ったらご褒美もあげるから」


「たまには前払いでお願いします」


ちょっとふて腐れて文句を言うと、るるセンパイは細い顎に指を当てながら少し考えて急にベッドの上に寝っ転がってから手招きをした。


「じゃあ今夜は添い寝してあげる」


オイデオイデと手招きをするセンパイに流石に俺も固まった。『パステルツェン』には鍵は掛かっているとはいえ外には大勢の騎士や兵士がいるし、何よりそんな事をされて眠れる気がしない。


「あう、でも、その、ココロノジュンビが……」


「嫌なの?」


この人は本気で天然ぽく言うから困る。こちとら女性経験なんかロクに無いんだから女の子の本意なんかわかりっこない。俺は素直に大声で答えた。


「嫌じゃないです」


「じゃあおいで」


センパイがめくってくれた布団の中におずおずとお邪魔する。あったかい。そして何とも言えない甘い匂いがする。シャンプーも無いはずなのに何でこんなにいい匂いがするんだ……。


「腕横にして」


?と思いながら右手を真横に投げ出すとるるセンパイはその腕を枕にした。


「おおー、初めてやってみたけどいいもんだねぇ、腕枕」


感触を確かめるようにぐりぐりと頭を動かすセンパイ。ちょっと痛いがそれよりも緊張で心臓が痛い。


「ん?どうしたの漣太郎くん、息なんか止めて。ワタシちゃんとお風呂入ったよ」


失礼だなぁと唇を尖らせるセンパイに俺はぶんぶんと首を振った。


「こ、こういうの初めてなんで……!」


緊張で噛みながら目線を天井から離せない俺の横で、センパイがいつもみたいににんまりと笑った、気がした。


「ふぅん、そうなんだ。漣太郎くんの腕枕童貞、奪っちゃったねー。ゴメンネ☆」


「変な言い方止めて下さい……」


いいじゃないと頭をまたぐりぐりと動かすセンパイ。俺がそれに何も答えられないでいると、いつの間にかセンパイの動きは止まりすやすやと寝息が聞こえて来た。


(寝たよこの人!)


流石に口には出さなかったが心の中で精いっぱいのツッコミをする。疲れているとはいえこんなに密着しているのにあっさりと眠りに落ちるとは。一人でドキドキしているのがなんかアホらしくなってきたが、それでも俺の体はガチガチに固まって動けそうにない。


目線だけセンパイの方に向けると、下を向いている可愛い小鼻と、その先の広めの襟口から覗くめちゃくちゃ魅力的な白い谷間が見えた。


(うおおおおおおお)


本能に任せて触りたいという欲求を堪える。そもそも右腕はセンパイの首の下で左腕はセンパイを起こさずにそこまで届かせることができない。俺はこの不幸な状況に感謝した。


(まぁ、休ませてあげよう……俺が寝れるかどうかは別として)


灯を消そうにもやっぱり手が届かない。俺は諦めて目をつむり、ゆっくりと横で上下するセンパイを感じながら羊を数え始めた。





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