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御国のためなら呪法も厭わず




戦いは予想以上に泥沼化した。

ドラゴレッグは太鼓持ちを含め全滅。一方で騎士団も死者はいないが重傷者多数、残ったものも疲労でこれ以上戦えそうにない。今はツェリバ隊長以下ほぼ全員が後退している。


「もう少しなんだけどなぁ……」


俺の横に降り立ちながら悔しそうに言うセンパイも肩で息をしていた。『竜槍術』での攻撃はもう20回を超えている。体力も集中力も必要とするジャンプ攻撃を連発すれば疲労で動きが鈍るのは当然のことだ。


唯一残った地竜も、後ろ足を中心に全身キズだらけ、正に満身創痍なのだ。騎士隊はその名に恥じない戦いをしたが、しかし決定的な一打を与えられない。強固な鱗にぶ厚い筋肉が骨や神経へのダメージを防いでいるのだ。動きもだいぶ鈍ってきているものの、進行を止めるまでには至っていない。


「火に強いっていうのも盲点でしたね」


ドラゴンなら当たり前か感はあるが、地竜には『メルトランサー』の炎攻撃は効果が薄かった。俺のロプノールの攻撃も奴の厚い肉質に阻まれて内臓や脳には届いていない。


「何とかして諦めて帰ってくんないかなぁ……」


「!センパイ!?」


ボヤくセンパイに右手の岩の上を示す。そこには、もう見慣れた“黒ずくめ”が一人、フルートのような笛を持って佇んでいた。その笛をおもむろに口に当て、脳を苛立たせるような不快な音色を紡ぎだす。


「何だかわからないけど、狙撃!!」


「ラジャー!」


雑な命令だったが、楽しく笛を吹きならすだけのはずはない。俺は銃を構え容赦なく引き金を引いた。


……ィン!


陶器が割れるような音と共に、弾丸を受けた笛は粉々になった。弾はそのまま“黒ずくめ”の右手に当たり血を流させる。“黒ずくめ”は、見えている口元を忌々しそうに歪ませてから岩の影に隠れて走り去る。


「クソ!」


「待って、地竜が!!」


傷を負い、動きの鈍くなっていたはずの地竜の様子がおかしい。目を血走らせて紫色の吐息をゼェゼェと吐き始めた。四肢や尻尾はぶるぶると震えて……と見ているうちに所かまわず尻尾を振り回したり地団太を踏み始めたりした。大きな地震でも起きてるかのような震動が周囲に広がり立っていられなくなる。


 「あの“黒づくめ”の仕業か!」


 疑う余地は無いだろう。思えばあの太鼓も地竜のコントロールの効果があったのかもしれない。それがわかったからと言って今更なにもできないが。


 とにかく、目の前で大暴れしている地竜を何とかしなくては。


 (!)


 野太い地竜の足が俺の上に上げられた。畳四枚ぶんはありそうなあんな足で踏まれたら俺は栞か絨毯になるしかない。


 と、最近慣れて来た感覚。首を上に引っ張られそのまま風を切って俺の体が上昇する。


 「センパイ!」


 「ぼさっとしないの!」


 るるセンパイは俺を引っ掴んで離れた丘の上、丁度朝騎士達と別れたあたりに着地した。首根っこを離したセンパイがついに膝を地に着く。


 「るるセンパイ!?」


 「……ハァ、ハァ……さすがにちょっぴり、シンドイかなぁ……」


 槍を支えに何とか立ち上がるが、もう何発も『竜槍術』を使える体力が無いのは俺にもわかった。


 (どうする……!)


 悩んでも、当然次善策など浮かんでこない。撤退するにしてもコイツを放置したらどうなるか。

 そこに、妙に重い蹄の音が聞こえて来た。振り返るとエルノパさんがカヅチかサギリか、とにかくどっちかの馬ゴーレムに跨って駆け付けて来てくれたのだ。


 「流石にのんびりお茶を飲んでる場合じゃないと思って」


 お茶飲んでたのか?という俺の疑問をよそにセンパイはエルノパさんに泣きついた。


 「大先生!何とかしてください!」


 「……王族のプライドのかけらも無いのう……」


 エルノパさんに付いてきたのか、ベゥヘレムの無情なツッコミが寂しく聞こえた。残念ながら俺も同意せざるを得ない。


 「うっさいわね!国民19000人の命がかかってるのよ!」


 気持ちはわかりますがもう少し威厳とか欲しいところですセンパイ。


 若干現実逃避しかけた俺の前でエルノパさんがカバンをごそごそ探り始めた。


 「何も策が無い訳じゃないけど……失敗はできない一回きりのチャンス。槍と、弾を貸して」


 言われるままにエルノパさんに得物を渡す。彼女はまず槍の柄にお札のようなものを巻きつけた。続けてロプノールの弾丸に何か塗り薬をつけ、短く詠唱をかける。それが終わるとその二つを俺たちに返した。


 「まず姫様がこの槍をアイツの喉元に突き刺す」


 「ふむふむ」


 それくらいならできそう、とセンパイは気合を入れた。それからエルノパさんが俺の方を向く。


 「そしたらレンタローがその槍を今渡した弾丸で撃つ」


 「難易度高!……で、撃つとどうなるんですか?」


 エルノパさんは俺の質問にかなりのワルの顔になった。


 「アイツの喉元で禁呪術式が発動する。全身の血が超低温になり、循環器の動きを止めて死に至らしめる」


 「「「怖ええ!!」」」


 俺とセンパイだけでなくベゥヘレムまで震え上がった。予想以上の残虐作戦にちょっと躊躇しかける。しかし当のエルノパ女史はすっとぼけたように付け加えた。


 「まぁあんなにデカイ生き物に通用するか……そもそもドラゴンがそんな事で死ぬのかどうかも知らないけど」


 ぶっちゃけ発言に一瞬空気が固まったが、なんにせよやるしかない。


 「ドラゴンも血が出るし、なんとかなるでしょ!蓮太郎くん、頼んだよ!」


 「わかりました!」


 ぶっつけ本番は主義ではないが仕方ない。受け取った弾丸をロプノールの薬室に戻し、カバーをかける。


 「じゃあ、任せた」


 「頑張るのじゃぞ」


 魔法使いと豚に激励されて俺は銃を構えた。センパイも一足先に飛び上がって、槍を大きく上に構えている。


 「うりゃぁーーーーー!!」


 最後の元気を振り絞って、加速するるるセンパイ。赤い鎧が残像を引いて地竜の喉元に突撃する。


 ギャァァァァアアアス!!


 渾身の一撃が突き刺さった。るるセンパイは悲鳴を上げ身もだえる地竜に振り落とされたが『メルトランサー』はしっかりとその首に抉り込まれている。


 「センパイ!」


 「構わず撃って!」


 吹っ飛びながら叫ぶセンパイ。グッと唇を噛んで俺は『メルトランサー』に銃を向ける。左右に暴れる竜の喉だが、狙い所はある。


 (右端か左端、どちらかに触れきったところからの“返し”。その前は一瞬動きが止まるはず……!!)


 グラついた竜が、痛みに耐えその首を持ち上げようとする瞬間を俺は見逃さなかった。


 「そこだ!」


 銃声。ロプノールから発射された弾丸が、キィン!と音を立てて槍に命中した。


 直後に槍を包むように三重の魔法陣が出現して、消えた。続けて槍の刺さっている地竜の喉元がどす黒く変色し始めた。


 「発動したのか……!?」


 暴れまわっていた地竜が少しずつ苦しそうに呻きだす。変色は徐々に首から胸、足や腹へと広がってやがて全身を浅黒く染め上げた。地竜の目から輝きが失せ、眠るように身体を地へ横たえる。


ズゥゥゥ……ン。


視界いっぱいに砂ぼこりが立ち昇る。自ら巻き上げた砂に埋葬されるかのように地竜の全身は砂まみれになった。


「やったの……かな?」


センパイの疑問に、目を閉じて地竜に杖を向けていたエルノパさんが息を吐きながら答える。


「生命の感知は出来ない。おそらくは死亡しただろう」


ヤッター!と飛び上がりたい所だが、俺もセンパイも両手をバンザイさせながら地面に転がるのが精一杯だった。


  


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