道中と目論見と
夕暮れに差し掛かった頃、馬車パステルツェンは街道の分岐点近くにたどり着いた。東の道はリド公国へ、南へはまた別の国、そして西に続く荒野への道からは地竜とドラゴレッグの連中が進撃してきているはずだ。
この分岐点の北西側はリラバティ城そばにある滝から流れ落ちて出来た湖の端が差し込んでいる。ちょうど地平線に向かう陽光を弾いて湖はオレンジ色に輝いていた。
「あの丘を見て」
湖に見とれていた俺にるるセンパイがすこし離れた所を指した。見ると湖から少し離れた丘に木造の建物がいくつか建ち始めている。
「あれは?」
「ここに貿易拠点の町を作ろうと思って」
「ここに?」
話が呑み込めない俺はそのままセンパイにオウム返しした。
「リラバティはあの堅固な城壁のせいで今以上街を大きくできないでしょ。でも軍資金は今以上にたくさん必要になるし、そのためには商人や店を増やさなきゃいけないわ。だから城を盾にするように南側に街を作って人口を増やそうとしてるの。ここなら街道の分岐点だし、わざわざリラバティ城下に行くより楽でしょう?」
「でも……今回みたいに地竜や他の魔物の襲撃もあるかもしれないですよね」
俺の意見にセンパイは、ニヤリといつもの悪戯心を秘めた可愛い笑みを浮かべた。
「実はこの丘の下、地下空洞があってね」
「地下空洞?」
「地上はあくまで関所的な施設にして、街本体は地下に作ろうと思うの。でも湖側は外につながってるから半地下って感じだけど。まぁジオフロント的な?」
俺は心底驚いた。異世界で地下都市を作ろうとしてる人がいようとは。
「センパイは相変わらず……発想がスケールデカいですね……」
「そう?いろいろ竜対策を練ってたらこれしかないなって結論になっただけよ」
そう答えるセンパイもまんざらではない、というか鼻が高くなっているのだが。
「面白そうな発想じゃが、地下暮らしに民を慣れさせるのが大変そうじゃのう」
ピコピコと変な飛行音を立てながらベゥヘレムが会話に入って来た。ていうかコイツついてきてたのか。
「あらベゥちゃん。来てたの」
「いつもの事ながらお主ら二人は冷たいのう」
俺たちの扱いにも慣れたのか、ため息一つでベゥヘレムは話を続けた。
「他の大陸にもいくつか地下都市と言うものはあるそうだが、伝染病やら水回りやら地中に棲む魔物対策やら……地下は地下でなかなか難物じゃぞ」
「そりゃゼロから始めるわけだからなんにしたって大変なのはわかってるけど……逆に言えばそんなにリスクもないわけだし。慎重にやれば大丈夫でしょ」
あくまでポジティブなセンパイの発言に自称賢者(賢豚と呼ぶべきだろうか)ベゥヘレムは肩?をすくめた。
「ま、今度また助言でもしてやろう。それよりまずは地竜退治という所じゃな」
「そういう事ね」
半日をかけて戦場となる小高い丘へ俺達はやってきた。先に出発していた騎士や兵士たちが何組かに別れて焚火を熾し野営の準備に入っている。それほど風も無く過ごしやすい為、簡単なタープと寝袋だけで寝る者も多いようだ。
「私達は漣太郎くんのおかげで安眠できそうね」
「ありがたいことだ」
るるセンパイとエルノパさんが俺に感謝をしてくれた。手前味噌ではないが安眠は大事だ。この前のリド公国との遠征は結構キツかったがこのくらいの設備があったら少しはいいコンディションで戦えたかもしれない。
「料理長を呼んでキッチンでご飯を作ってもらいましょう。ついでにツェリバやみんなの調子を見て激励もしてくるわ二人は寝る用意や明日の準備をお願い」
そう言い残してセンパイはパステルツェンから騎士たちの所へ出て行った。
「リラバティには従軍料理長がいるのか?」
不思議そうなエルノパさん。リラバティ軍は常に人不足だと言っているから確かに戦場にコックやシェフがいるのは想像しにくいだろう。
「いや、普段は街でレストランをしているんですが、力も強くて戦いの得意な人がいるんです。こういう時だけ戦場に駆り出されるんですが」
「なるほど、兵士が専業と言うわけではないんだな」
納得をしたようにうなずくエルノパさん。二人で戦いの為の装備を確認したり交代にお湯を沸かして体を拭いている(シャワーはあるが水は節約したい)内に、その料理長と呼ばれるワーツさんが来た。
「こりゃまた随分と豪勢な馬車だなオイ」
所謂ハゲマッチョという表現が素晴らしいほど似合うワーツさんは大通りで肉料理メインのレストランをやって15年。俺も前に食べに行ったことがあるがリラバティで一番、日本でもなかなか味わえないレベルと言っても過言ではない美味さだった。
戦場に出てもその鉄鍋を振るう剛腕はいかんなく発揮され、この前の戦いでもドラゴレッグをハルバードで4匹倒したという豪傑だ。
「食材は保存食のベーコンと野菜くらいしかないんですが、よろしくお願いします」
「おうおう、これくらいのキッチンがあると俺も腕が鳴るってもんだ」
ガハハと豪快に笑いながら中に入っていく。エルノパさんは指だけのジェスチャーで(だいじょうぶなのか?)と聞いてきたが俺は大丈夫ですよと手を振った。
「調味料にハーブ、包丁も5本も揃ってるじゃねぇか!俺にもこの馬車作ってくれねぇかな、息子に店任せて俺はこれで諸国漫遊するわ」
「まともに買ったら店が無くなるくらいの値段になりますよ」
冗談交じりの俺の言葉にワーツさんがヒュ、と口笛を吹いた。
「さすが姫様のお車だ。庶民はコツコツ稼ぐしかないねェ」
「明日の戦いで活躍したら、姫様もご褒美をくれるかもしれないですよ」
「そりゃ、料理も戦いも張り切り甲斐があるってもんだな」
ワーツさんはニカッと白い歯とぶっとい上腕二頭筋を見せて俺にウィンクをした。




