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試食!


 城の主郭にある鐘が朝を知らせる。俺は疲れた体を起こし、壁に掛けたカレンダー(黒板とチョークの様なもので一月ごとに書き直すタイプだ。この世界にも紙はあるが大量生産や大判の紙を作るのは難しいようで割と貴重品の類に当たる)を見た。


 「そろそろリーリィの所に顔を出すか」


 あれから10日ほど経ったはずだ。もういくつかの試作品は出来ているだろう。俺は起き上がると小さな暖炉に火を入れてフライパンを温めはじめた。朝飯抜きで行くとなんだもかんでも美味く感じてしまうかもしれない。ここは冷静に胃袋を落ち着かせてから向かおう。


 油代わりにドラゴン干し肉を一欠けら入れて馴染ませる。それから冷えているハムを一切れ、その上に卵を一つ。鉄製のふたを乗せてその上でパンも温める。果物を切りコップに水を入れてテーブルの上から本や紙の束をよける頃には目玉焼きも固まっていた。俺はカチカチのハードボイルド派だ。


 すっかり慣れた朝食だが、やはり一人で食うのは寂しい。とは言えるるセンパイの部屋まで食べに行くのも周りの目が憚られる。一応王女様だし。


 (誰か同年代の飯トモでも探そうかなぁ)


 とは思ったがあまり心当たりはない。騎士の人たちや工房の弟子さん達もそれぞれ家庭があるみたいだし。


 (ミティと飯を食うのは……なんか疲れそうだしなぁ)


 ハムを齧りながらそんな事を考えていると、伝声管の鈴が鳴った。センパイの部屋からだ。


 「漣太郎くん、起きてる?」


 「おはようございます、今飯を食い終わる所です。どうかしましたか?」


 「仕事が一段落つきそうだし、お昼外で食べようかなと思って。ミティの修行の話も聞きたいし」


 ちょうどいいタイミングだ。


 「リーリィから新作の試食を頼まれてるんです。一緒に行きませんか」


 「わ!丁度甘い物が欲しかったの。じゃあ後でね!」










 「ブタさん……ですよね。可愛いですね!」


 「ベゥレヘムじゃ。お嬢ちゃんも可愛いのう」


 リーリィが飛ぶ仔豚を抱きしめて可愛がっている。普段あれだけ豚呼ばわりされると激怒するベゥヘレムもリーリィの天使のハグになすがままになっていた。


 「何で連れてきたんですか」


 「どうしても行くって暴れるんだもん」


 俺はるるセンパイにこっそり苦情を言ったがセンパイはあくまで責任の所在を本人……本豚?におしつけた。


 「姫様もご無沙汰しています。お元気そうで何よりです」


 「ありがと。今日は新しいホットケーキを食べさせてくれるんだって?」


 今日はお店を休業にして、俺達に試食品の感想をもらいたいとの事だった。ベゥヘレムまで付いてきたのは予想外だったが感想は多い方が良いと言うし、コイツは意外とグルメで役に立つ意見を言うかもしれない。


 ちなみにミティは『竜槍術』の練習で、エルノパさんは城の文献を漁っている。


 「はい!頑張って作ったので、食べ比べてご意見お願いします!」


 広いテーブルに次々とホットケーキが並ぶ。ピンクがかったもの、オレンジがかったもの、チョコっぽいものに白っぽい物、さまざま7種類ほど。言葉通り結構頑張ったに違いない。俺は心中でリーリィに敬意を表した。


 「じゃあこれから頂こうかな。何の味?」


 センパイが少し紫がかった1枚に手を伸ばす。


 「フォーパベリーっていうキイチゴを混ぜたものです。この辺のキイチゴの中では臭みが弱いのでいいかなと」


 まずは一口。キイチゴらしい酸っぱさが口の中に広がる。ホットケーキ自体の甘さは完全に負けている。ハチミツをかけるとちょうどいいバランスになるが、ホットケーキの味は無くなってしまった。


 「美味しいけど、ちょっとハチミツ頼みになるかしら……」


 「そうですね。ハチミツ苦手な人には進めにくいかも」


 なるほどなるほどと俺たちの意見をメモに取るリーリィ。


 次に渡されたのは緑色のホットケーキだった。


 「これは?」


 「お豆とお茶を使ったものです。豆を砕いて食感を変えてみたんですが……」


 「和風のロールケーキにありそうな感じね。いただきまーす」


 センパイが一口。そして俺とベゥレヘムも後に続く。口内にはゴリゴリと荒い食感が訪れた。プレーンなホットケーキの味は全く無く、お茶の味もあまり噛み合ってないような気がする。


 センパイと顔を見合わせていると、ベゥヘレムがバッサリとコメントを出した。


 「面白い食べ物だが、お世辞にも美味しいとは言えんな。一回食った人はもう食わんじゃろう。もっと生地自体に味を持たせることが大事じゃ」


 リーリィは偉そうな豚の講評にもめげずふむふむとメモを取り続けた。真摯だ。俺なら蹴っ飛ばして壁にめり込ませてもおかしくない。


 そんな感じで辛カカオ味、山芋味、粘り米味、西洋青菜味と迷走気味な試食を終えた。創意工夫をする所は悪くないが、新商品開発という事で少しのめり込み過ぎたのかもしれない。


 最後に残ったのがピンクオレンジ色のプレーンなホットケーキ。結構三人とも腹に溜まっていたが、ラスト一枚という事で気合を入れて口に入れる。


 「!」


 今までの試作品とは段違いの美味さだ。いや、今までの物が酷過ぎたのかもしれないが、それにしてもこの程よい甘さと爽やかさはなかなか味わえるものじゃない。


 「ど、どうですか?」


 「いや、美味いよ!これどうやったの?」


 「桃ニンジンをすりおろしてアンズを砂糖で煮込んだものを入れたんです。見た目は可愛いけどちょっと普通だったかなぁと思って、あまり自信が無かったんですけど」


 もじもじと話すリーリィに俺達三人はぶんぶんと首を振った。


 「私も、こんなホットケーキは食べたことない。これなら爆売れ間違いないね!」


 「ちょっと嬢ちゃん、これ毎日作りに来てくれんかのう」


 ベゥヘレムがずうずうしい事を言うので後ろ足を掬って転がしておいたが(まるまるとしているせいか良く転がる)、確かにこれは美味しい。


 「材料費との兼ね合いが気になるけど、これはこのままメニューに出していいんじゃないかな」


 「皆さんにそんなに褒められると恥ずかしいです……でも良かった!これでお客さんにアピールできますね!」


 リーリィの事は年下の可愛い女の子と思っているけど、時々こうやって自立した大人の顔になるのが、なんというか尊敬するというか気後れするというか。心構えだけで言えばこの子はセンパイよりも大人なのかもと思える。


 「頑張ってね、期待してる」


 「ありがとうございます、お時間のある時にまた来てください!」


 るるセンパイの言葉に手をぶんぶん振りながら別れを告げるリーリィ。センパイも笑顔で曲がり角まで手を振って帰った。


 「うまく行くといいですねセンパイ」


 「そうね、仕事に疲れた時あのホットケーキが無いと残念だし」


 山に挟まれたリラバティはほぼ夕陽が街に当たらない。足早に暗くなっていく帰り道に屋台で焼ける肉の匂いが広がり始めた。


  





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