姫様の事情と無茶振りと
グレッソン大臣はゴホン、と一つ咳払いをすると静かに話し始めた。
「ここ、リラバティはワゥカール大陸の北側にある国家です。ここより南には牧畜国家であるリド公国を始めいくつかの国家がありますが、北側に棲む竜の眷属が常に我ら人々の街を狙っているのです。時折小さな飛竜が畑を焼き果実を貪ったり、人のように道具を使うしもべたちドラゴレッグが家畜を奪ったりするのですが、それらを防ぐため我らの先祖がこの地に砦を築いたのがリラバティの始まりと聞いています」
固有名詞がいくつか出てきてよくわからないがとりあえずは話を聞くことにする。
「普段であれば人間の境界にやってくるような竜どもは撃退できるのですが、何十年かに一度奴らの中には強大な者が生まれます。焔熱竜バルカナ、氷白竜シュニークス、他にも名のある竜たちが定期的に卵から生まれるのです。これらは普通の竜とはちがい10倍も20倍も強大な力を持つためひとたび襲来すればこのリラバティは総力を挙げて撃退しなくてはなりません」
深刻そうな顔でお茶を飲みほした大臣のカップに、静かな雰囲気のメイドがそっと茶を注いだ。
「この城の東西には高く険しい山がそびえるため、奴らとてもこの城を通過せねば人間の生活圏にはこれないのです。その為竜どもと我らは何百年も戦いを続けてきました。城が全壊寸前まで追い込まれたこともあります。だが我らリラバティは誇りを胸に人々の盾となって戦ってまいりました」
「『竜槍術』を編み出してね」
奥の部屋から、スカイブルーのロングドレスに着替えたるるセンパイが帰ってきた。髪を編み込み頭には金の小さなティアラを着けているのを見ると、確かにお姫様に見える。
「どう?漣太郎くん」
「とても……お姫様です」
「ありがと♪」
俺の素直な感想に気を良くしたのか、るるセンパイは残っていた椅子に腰かけてティーカップに手を伸ばした。両手のシルクの手袋が窓から入り込む陽光にキラキラときらめいている。
「しかし1年前、今までに無い竜の大群がリラバティに攻め込んできたのです。当代城主、リラバティ王位に就くルルリアーノ・ラ・リラバティ様は全軍を率いてこれに立ち向かいました。しかし三日間の激闘の後、なんとか竜どもを撃退した時には……前線で部隊を鼓舞していた姫様の姿が……」
嗚咽を堪えながら大臣は後を続けた。
「我々の必死の捜索にもかかわらず、ルルリアーノ様は見つかりませんでした。かわりに私が戦場跡で見つけたのが」
「『ディアスフィア』に落ちてきて気を失っていた、姫様そっくりなワタシってわけね」
「姫様無しでは滅亡寸前のリラバティの再建は不可能だと思い……私は悩みながらもルミ様に頼み込み、姫様の代わりとして国民を励まし再起にご助力頂いたのです」
「そんなにそっくりなんですか?」
「神様の悪戯かと思うほどに」
真顔で頷く大臣。
(そんな出来過ぎの話、あるんだなぁ)
「その……お姫様は、まだ……」
大臣はうつむいたまま左右に首を振ったが、その瞳はまだ死んではいなかった。やおら顔を上げ拳を握る。
「しかし姫様の亡骸も見つかってはいない以上、希望は捨てられません!ルルリアーノ様が見つかるまでは何卒ルミ様にはご協力を……」
頭を下げまくる大臣の前でおっけーおっけーと気軽な感じで手を振るセンパイに多大な不安を感じる。
「で、俺は何で連れてこられたんですかセンパイ」
今までの話だとるるセンパイがここにいる理由はわかるが、俺が必要になる理由はわからない。まさか本当に寂しかったなんて理由では……。
(残念ながら、ないだろうし)
心の中で嘆息する俺の前に、センパイがさっきまで着ていた露出度満点の鎧を持ってきた。
「まずはこの鎧の修理ね」
「修理?」
確かによく見ると古めかしい鎧だ。いくつか傷もあるし歪みもあるが、鎧の修理なんて鍛冶屋の仕事なんじゃないだろうか。
「『竜槍術』を使う『竜姫士』が着る鎧を、『竜纏鎧』と呼ぶんだけど……ココを見て」
センパイが指差す先、肩の鎧に付いた大きな翼のパーツの根元の可動部が歪み油のようなものが漏れている。回してみると歯車のような感触があった。
「この城にある『竜纏鎧』は、先祖が使っていたこの一着。大昔のものを引っ張り出して使ってたんだけど、簡単な解説書があるだけで誰も仕組みを知らないし修理もできなかったの。このまま使ってたら壊れちゃいそうで、何とか仕組みをわかりそうな人を連れてこようと思って」
センパイから受け取った羊皮紙のようなごわごわした紙の本をめくる。図解入りで説明が書いてあるがあちこちかすれたり虫が食っていた。そもそも文字が全然わからない。なんとなく仕組みは絵でわかりそうではあるが、にわか知識で壊したりしたら本も子も無いだろう。
「表面もボロボロで大分防御力落ちちゃってるみたいだから、リフォームしたいのよね。漣太郎くんならできるかと思って……それから後はこれ」
「これって……銃ですか?」
続けて手渡されたのは、カリブの海賊が持っていそうな銃といくつかの弾丸だった。木製の胴体に金属製の銃身、握り手などには細かい彫刻のされたプレートがある。連発は出来ないシンプルな機構だが弾丸に火薬が装てんされているタイプで、そこまで原始的でもない。
「ロプノールっていう名前みたい」
「ろぷのーる?」
どこかで聞いたことがあるような名前だが思い出せなかった。
「これも城の蔵から出てきたの。遠い昔に他の国から購入した物みたいなんだけどリラバティでは銃の生産はやらなかったみたい」
「で、これをどうしろと?」
「できれば量産したいかなーって。なにせドラゴンってでかくて速いから剣や弓で倒すの大変でね」
気楽に言われたがとんでもない話である。工科高校に通ってるからとは言え17歳男子に銃の量産をしろと言われても。
どう言ったら断れるのだろうかと悩んでいる所にガシャガシャとけたたましい音をさせながら鎧を身に付けた兵士が部屋の前に表れた。
「ほ!報告します!再建中の第二防壁に飛竜襲来であります!数は3!現在防戦中であります!」
兵士のその緊張しまくった声音を聞いて、俺はまだまだとんでもない展開が続く事を痛感した。