異世界くのいち
城の被害は、近場で見ると結構な物だった。前にレガシーワイバーンと戦った第二城壁は、もうすぐ仮復旧と言うところまで来ていたのに半分以上崩されてしまっている。その内側の、より堅牢な第一城壁ですらあちこち穴が開いてしまっていた。
そして北側の主見張り塔とその横の副見張り塔が二つ、丸焦げにされて途中から折れてしまっている。
そのやけに見晴らしがよくなった元見張り塔の所で俺とるるセンパイ、ついでに先日一緒にやってきた飛ぶ仔ブタことベゥヘレムは、半ば開き直って王族用のテーブルセットを持ち込んで紅茶を飲んでいた。嫌味なほど晴天で、屋根や壁の無くなった踊り場からは西側の城の水脈、リベル滝の描く虹が良く見える。
「レガシーワイバーンは一匹じゃなかったんですか」
「そうみたい、短期間で現れるような種族ではないけれど……ウヴェンドスがあのような所に前触れも無く表れるようでは、今までの傾向はあてにならないってことかなぁ」
「……センパイみたいな『竜姫士』を増やす事は出来ないんですか?」
「漣太郎くんが来てくれたから、『鎧』を増やして『竜姫士』を増やす事自体は無理じゃない……けど、『竜槍術』を使いこなせる素質と勇気のある女の子っていうハードルがねぇー」
困った困ったとボヤきながら立ち上がると、破壊された床ギリギリのところまで進み竜の棲家である北方山脈を睨みつける。
「修理にはひと月以上かかるかなぁ……見張り台だけは仮の物を先に作らないと。せっかくウヴェンドスを討伐できても全然優勢になった気がしない……」
ぐったりと肩を落とすセンパイを元気付けようと、俺はテーブルの上のお菓子を持ってセンパイの所へ歩き出す……その時。
「姫様危ない!」
不意に若い女の声が背後から飛んできた。声はあからさまに殺気を孕んでいる。俺がお菓子を手放して愛銃ロプノールを抜く前に、俺の右ももと左ふくらはぎにそれぞれ衝撃があった。
痛み自体はそれほどなかったが力が抜けて立っていることが出来なくなる。転がりながら足を見ると、忍者が使う“くない”のような黒塗りのナイフが1本ずつ刺さっていた。傷口からはどくどくと血が流れ出している。
「ぎゃああああああああ!」
痛いというよりショッキングな映像に俺は情けない悲鳴を上げた。
「こりゃあ見事に刺さってるのう、下手に動いたり抜いたりしない方が良いぞ」
「やりたくても出来ないんだよ!」
冷静なベゥヘレムのコメントに怒鳴り返す俺。泣きながら後ろの方を見ると、見慣れない変な格好をした短髪の女が同じナイフを更に投げようとしている。
「姫様、お気を付け下さい!曲者にございます!」
「ええと、誰だっけ」
緊張の面持ちで構えていた女だったが、センパイのその一言に目を丸くし、それから絶望の面持ちになって泣き出した。
「うわあああああああ、姫様ひどぃいいいいいいい!姫様の為にざんねんもじゅぎょうじだのにぃぃぃぃぃいいい!」
「いやあそんな事言われても……困ったなぁ」
ぺたんとお尻をつけて泣き出した女にセンパイはどうしたらいいのかオロオロしてしまっている。そこにメイド長であるターニアさんがトレイを手に表れ、いきなりベコン!とその泣いてる女の頭を叩いた。
「いたぁー……!何するのお姉ちゃん!」
「お姉ちゃん?」
センパイとハモってしまった。ターニアさんは妹?の頭の形に歪んだトレイを置いて(結構な力で叩いたらしい)俺の所へ駆けつけてきぱきと止血をしてくれた。ついで部下のメイドに司祭を呼ぶように言づける。
「申し訳ありませんレンタローさん。とにかく早とちりしがちな愚妹でして……」
「妹さん、なんですか?」
椅子の脚にしがみつきながら何とか上体を起こす。ウェーブのかかった美しい黒髪のターニアさんと金髪のショートカットの小娘は一見あまり似ていなかったが、よく見ると目の色や顔立ちは血の繋がりを感じなくもない。年齢はわからないが、まるで中学生みたいに小さい。いろんなところが。
「妹のミティです。三年ほど前、姫様の護衛役を務める為に私の故郷に修行に出したのです。昨日ようやく戻りまして」
話を聞くとターニアさんの一家は、東方にある中世日本の影響を強く受けたエドゥト国という所の出自らしい。今でもエドゥト国では戦いの為にブシドーやニンジュツを継承しているらしく、ミティという妹さんもその修行をしてきたのだとか。
「てっきり姫様を狙った曲者かとおもいまして」
「こう見えても貴重な人材なんだから、これから気を付けてね」
「はぁい、よろしくお願いします姫様!」
テヘッと反省の色を見せず笑うミティにセンパイも呆れ顔を見せた。こんな慎重さの無い子に護衛なんて勤まるのだろうか。
「なんだか不安のある人材じゃのう」
ベゥヘレムに俺は初めて同意した。
パレィーア高司祭の元で働く若い司祭に足の傷を癒してもらってから、俺はリハビリがてら街に出る事にした。(センパイは多忙の為一緒に出掛けられなかった。残念)とは言っても大して知り合いもいない城下町では行くところも限られている。
というわけで俺は自然とリーリィのホットケーキ屋へ足を運んでいた。丁度すれ違った若い兄妹がリーリィの焼いたと思われるホットケーキを紙で持ちながら食べ歩いている。
「お兄ちゃん今度は別のおやつ買ってよー」
「ってもなー、他に甘いモノ売っている店も無いしよ……。リド公国にでも行けばいろんな店があるんだろうけどな」
(まだ売り始めてからそんなに日も経ってないのになぁ)
リラバティの住民はそれほど多くない。確か八千だか九千人と聞いた気がする。ハチミツ味だけではいつか飽きられると思っていたが若者はもうブームが過ぎてしまったのか。
リーリィの店の前にはお客は誰もいなかった。少し暇そうな顔をしていたリーリィが俺の顔を見て嬉しそうに手を振る。
「レンタローさん!お帰りなさい、ご無事そうで何よりです!」
少し前に脚を刺されたがまぁそれは内緒にしておこう。
「ああ、リーリィも元気そうで良かった。一枚焼いてくれないか」
「わかりました!少しお待ちくださいね」
元気よくリーリィが鉄板に火を通し始める。手際良くホットケーキのタネを落し、程よく焼けたところでフライ返しでぽんとひっくり返した。結構な枚数を焼いたのだろう。鮮やかな手さばきっぷりだ。
綺麗に焼けた甘い匂いのするホットケーキに三の字に切れ目を入れると、たっぷりとハチミツをのせ二つに折って厚手の紙に挟んでくれた。なるほど、こうすれば片手でも食べやすい。
「はい、お待たせしました!」
「良く考えたね。はい、お金」
ホットケーキと交換するように渡そうとしたお金をリーリィが押しとどめた。
「そんな、レンタローさんからはお代は頂けません!」
「いやいや、これはちゃんとしたリーリィの店の商品なんだから。胸を張って取っとかないと」
「……どうしてもですか?」
「どーしても」
もじもじして左右の人差し指をツンツンしているリーリィに俺はお金を握らせた。
「ううう、すいません」
「んじゃ、いただきます……うん、美味い!また腕を上げたね」
お世辞ではなく、焼き加減も絶妙なホットケーキだった。前に食べた時よりもふわふわして重くないからどんどん食べられる。中に染み込んだハチミツの味がまた食欲をそそる。勢いで二、三枚おかわりしてしまいそうだ。
「ほんとですか!?」
「ああ、前のよりぜんぜん美味いよ。いろいろ作り方変えたんだね」
「そうなんです、粉の種類とか卵の量とか結構変えてやってみました!今出しているのが一番美味しい……と思っているんですが」
リーリィのオレンジの様な笑顔が、だんだんと寂しそうになって声も小さくなってしまった。




