エルノパさんの依頼(後編)
二組の襲撃を撃退して、館の周囲はシンと静まり返っている。館の中からも騒がしい音はしない。
「センパイ、どう思います?」
「黒小鬼とドラゴレッグが同じところにいるのも不自然……用心して行った方が良いわね」
テステッサが部下二人に扉をゆっくりと開けさせた。ロビーの様な広間……傾いてぶら下がっているシャンデリアには蜘蛛の巣が張り、壁や内装もボロボロで捨てられてから相当に時間が経ったのを感じられる。
広間からは左右に通じる扉、そして二階に上る階段があった。
「お前たちは固まって順番に一階を調査しろ。油断はするなよ」
テステッサの指示に神妙に頷いて若い騎士たちが右手の部屋に侵入していく。残る俺たちは固まって二階への階段を進んだ。テステッサ、センパイ、エルノパさん、俺の順番だ。なんだか一番後ろで情けないが武器の射程もあるし一番前は怖い。
二階に上がると通路は一本道だった。恐らく“の”の字を書くような廊下になっているのだろう。順番に手前から開けていくが朽ちて荒れ果てた廃墟の部屋ばかりが続く。
(本当に何かいるのか……?)
拍子抜けし始めた俺を戒めるようにエルノパさんが最後の部屋を指さした。
「あそこにいる。恐らく私の書物も」
テステッサが扉のノブに手を掛ける。残った手で俺たちに廊下際に身を隠すように指示をした。
(行きますよ)
テステッサの声に出さない合図に頷く。剣を抜いたテステッサが、バン!とドアを開け放った。
ヒュゥババババババッ!!
扉を開け放つと同時に聞いたことのないおどろおどろしい音が鳴り、扉の向こうから漆黒に近い紫色の、矢に似た何かが無数に飛び出してきた。暗黒の矢はテステッサの構えた盾を貫通してその甲冑を着た体に次々と突き刺さった!
「ぐぅっ!!」
「いけない、暗黒魔法!」
慌てたエルノパさんが全員に防御魔法をかけてくれる。光の微粒子を纏ったセンパイと俺は部屋に乗り込んだ。
「黒ずくめ!」
先日も見た黒いローブの男が一人、部屋の中にいた。別人だが黒い顔に赤い瞳は同じものだ。“黒ずくめ”はこれまた邪悪そうなヘビだかトカゲだかの頭蓋骨を付けた杖をこちらに向けて詠唱を行っている。
(させるか!)
ルプノールを向けて一発。詠唱で杖の動きを止めていてくれたおかげで杖の頭蓋骨の真ん中をぶち抜けた。さらにセンパイが槍を突きたてるが、これは惜しくも躱される。
詠唱を邪魔された“黒ずくめ”はこちらをにらみつけると傍のテーブルの瓶を床に叩きつけた。急激にもくもくと紫色の煙が湧き出して部屋に充満する。ツンとくる刺激臭も広がって涙が出そうになる。
「毒か!?」
「いや、これは……」
エルノパさんが俺たちを止める。慎重に煙が晴れるのを待つと、煙と共に“黒ずくめ”はその場から掻き消えていた。
「消えた……逃げたのか」
落ち着いてる場合じゃない。初撃をまともに受けたテステッサを助けないと。
振り返るとエルノパさんが苦しんでいるテステッサに手を当てて詠唱を始めている。全身に刺さった暗黒の矢がぼんやりと湯気のように薄まって消えていった。
「た、助かりました……」
処置が終わったテステッサが虫の息でなんとか起き上がる。鎧や服には穴が開いていない。純粋な魔法の攻撃だったのか。
「大丈夫ですか?」
「なんとか……不覚を取った。面目ない」
「魔法はとりあえず除去した。けど呪いが残ってるかもしれない。帰ったら司祭に清めてもらうといい」
エルノパさんがよろけながら起き上るテステッサにそう言った。暗黒魔法ってのはそんな厄介なものなのか。できれば食らいたくないな。
しかしドラゴレッグをしもべにしたり竜を笛で呼んだり暗黒魔法を使ったりと“黒ずくめ”は脅威的な存在だ。組織的に活動している連中なのだろうか。
「あった」
エルノパさんがボロイ本棚から自分の書いた魔導書を見つけたようだ。しかしパラパラと中身を確認して忌々しそうに顔を歪ませる。
「どうしたんですか?」
センパイの質問に本を広げて見せるエルノパさん。
「あちこち破られている」
「酷い奴らだな」
みんなでざっとあたりを探したが破られたページは見つからなかった。
「何を書いたページだったんですか」
「召喚や転移、捕縛の魔法……だけどまだ理論をまとめている最中であの内容だけじゃ役には立たない……はず」
少し自信なさげなエルノパさん。悪い連中に渡すには危険な知識だったのだろう。
「“黒ずくめ”の事を調べなきゃいけないですね、センパイ」
「うん、帰ったら手を打たないと」
引き続きページを探そうとすると、ガサゴソと部屋の隅で何か動く音がした。全員の視線の先は壊れかけたクローゼットがある。
「……まだ邪悪な気、感じますか?」
慎重に武器を構えながらるるセンパイ。エルノパさんも時間をかけて精神を集中してしたが、ふるふると小さな頭を左右に振った。
「いや、邪悪ではない……けど何か不思議な感覚だ。もやもやとしてうまく捉えられない。とりあえず生き物だとは……思う」
エルノパさんにしてはあやふやなコメントだ。体調の悪いテステッサに代わり、俺がクローゼットを開ける事にした。さっきの不意打ちの経験から、ゆっくりと扉に身を隠しながら取っ手を引っ張る……。
バタバタバタバタ!
「……ブタ?」
クローゼットの中で物音を立てていたのは……まさしくブタだった。血色のいいピンク色の肌を持つ仔ブタが乱暴に縛られて猿ぐつわのように布を口に嵌められている。
普通のブタと違うのは、頭の上になぜか立派なツヤツヤの金髪が生えているのと、その背中に小さな白い羽が生えている事だった。
「この世界のブタは羽が生えてるんですか?」
「……少なくともワタシは初めて見たけど……お二人は?」
センパイの問いにテステッサとエルノパさんが同じように首を振る。
「いくつか大陸を旅してきたけど、こんな変わったブタは初めて見た」
呑気に観察している俺たちに怒りを覚えたのか、仔ブタがより激しく縛られたまま暴れ出した。
「まぁ害もなさそうだし、可哀想だからほどいてやりますか」
「そうね、置き去りにするのも心が痛むし」
センパイはあまりこのファンシーな仔ブタには興味は無いらしい。ロープをほどいて猿ぐつわを外すと、ブタはパタパタと羽ばたいて浮き上がりながら盛大に息を吐いた。




