エルノパさんの依頼(前編)
翌日、軽い朝食を頂いた後(夜に散々食ったのだからこれはむしろありがたい配慮なのだろう)王に別れを告げ、リラバティ騎士団とテステッサ隊はリド公国を出立した。テステッサの率いる隊は、昨夜の話し通り俺と同じかより若い男子4人で組まれている。うち二人が今回が初陣らしい。皆鎧も真新しく初々しい姿で緊張が感じられた。
一方隊長のテステッサはリラックスし過ぎなほど朗らかな笑顔を見せている。
「お二人からも、気後れしないよう戦場で叱ってやってください」
「勘弁して下さい。俺達はまだ学生なんですから」
テステッサは、るるセンパイの正体を知らされても今までと同じように接してくれた。心底騎士道が染み着いているのだろうか。ジェントル過ぎて脱帽する。
天気は雲一つ無い爽快な快晴だった。このままピクニックかバーベキューでもしたいくらいだ。ひげもじゃ隊長以下、睡眠不足と二日酔いの顔をぶら下げたリラバティ騎士団が、ウヴェンドスから剥ぎ取った素材を持って予定通り街道を故郷へと向かっていく。確かにあの面々よりかはテステッサの若い部下たちの方が頼りになるかもしれない。
そこに関してはエルノパさんも同意の様だった。馬車に揺られながら水晶球でぼんやりと目的地の廃洋館を映し出している。
「見た感じ奴らの根城の古い館はそれほど大きくない。頭数も多くないだろうから彼らでも充分太刀打ちできる」
「エルノパさんはどうやって魔法を勉強したの?」
るるセンパイが興味本位で質問した。
「子供の時に近所の森に棲んでいたお爺ちゃんの魔法使いの家に出入りしてるうちに手ほどきを受けた。それから、素質があると言われてカルダーという街の魔法学院に通った。すごく厳しい学校だったけど、おかげで実力も付いた」
「厳しかったんですか、授業」
普段無表情なエルノパさんの顔が薄暗い物になる。
「ほぼ垂直の崖で登山実習をさせられたり、四十四日間魔物の棲む森でサバイバルをさせられたり、五百年前に死んだ初代名誉校長の霊を降霊させて延々と武勇伝を聞いたり……」
「うわあ……」
ちょっと聞いただけでも超絶ヤバイのがわかる。機会があっても興味本位で魔法学校に入ろうなどとは考えないようにしよう。
そんな話をしているうちに、るる姫一行は街道沿いの暗い森の中に入って行った。さほど奥まっていないところに目的の古い洋館チックな建物がある。こじんまりしているが凝ったつくりになっている三階建ての館だ。窓扉はほとんど割れて、壁もヒビや穴が開いているのが痛々しい。
「ゾンビが出たりハーブやタイプライターがあちこちにありそうな洋館ね」
センパイがざっと外見を見てよくわからない感想を言った。
「気配があります、気をつけてください」
テステッサがそう言うと部下に抜剣の号令を出した。同時に周りの茂みから前にも見た小型の魔物、黒子鬼が四匹ほど現れる。慌てて武器を構える俺とセンパイをテステッサが盾で制した。
「まずは、彼らに任せてください」
気を抜くな!と檄を飛ばされ、若い騎士たちが掛け声と共に突撃する。めいめいに一対一の形を取ったが、当然優勢を取る者も居れば押し込まれる騎士もいた。
「お二人は、魔法使い殿を頼みます」
テステッサはそう言うと不利になっている部下の元に駆け、剣の腹で相手の黒子鬼を叩き飛ばした。態勢を崩した所に若い騎士が止めに入る。
他の三人も、苦戦しつつも各々の相手を倒したようだ。若いとは言えさすが騎士。
(……!)
実戦での勝利に興奮しながらお互いの健闘を称え合う騎士たちの背後に、茂みから大き目の影が飛び出してくるのが見えた。相手が何かを確認する前に懐からロプノールを抜く。
「ドラゴレッグ!」
見間違えようもない。先日嫌と言うほど見たトカゲ人間だ。反射的に俺の腕はドラゴレッグの脳天に照準を付けている。
ガゥン!
銃声が森の静寂を切り裂く。発射された弾丸はドラゴレッグの頭部を貫通し後ろの樹に突き刺さった。即死したドラゴレッグが力無く倒れる。
「気を抜くなと言ったはずだぞ!……すみません、助かりました」
部下たちを叱ったテステッサが俺に礼を言う。しかし、事態はまだ収まっていない様だった。
「まだ来ます!」
「!」
古洋館の正面玄関、更に二階の窓から複数のドラゴレッグが姿を現した。若い騎士たちも再び剣を構えるが相手のプレッシャーに圧されている。彼らでは太刀打ちできないだろう。
センパイもマントを脱ぎ槍を構え俺の前に出た。
「行くわよ、漣太郎くん!」
「わかりました」
素早くロプノールをリロードする。使うのは普通の通常弾だ。特殊弾頭は先日の戦いでほぼ使い果たしているが鎧の無い所を狙えばドラゴレッグを倒す事は出来る。
「お前たちは魔法使い殿の護衛に回れ!お二方、私が先陣を!」
テステッサがカッコよく突撃した。体格で勝るドラゴレッグに大胆に接近し剣を振るう。センパイはその右手側、俺は左手側のドラゴレッグを狙う事にした。
左手の親指と人差し指の間に弾頭をつまみながら一発、そして素早くリロードをして二発。立て続けにドラゴレッグの喉元に銃弾をぶち込む。こっそり練習していた成果が出た。ドラゴレッグは派手に流血しながら倒れる。
テステッサも手首を切り落し一匹を戦闘不能に、センパイも太い穂先で鎧の上からドラゴレッグの胸を突き刺した。が、まだ相手は六匹ほどいる。戦力的にはやや不利か。
「厄介ね、こうなったら!」
センパイが残りの奴らに向けて槍を向けた。
「『焔の尖……」
「待ってセンパイ!火はダメです!」
俺は慌ててるるセンパイを止める。
「その火力じゃこの館ごと魔導書が燃えちゃいます!」
「あ、そっか」
危ない危ないとるるセンパイが槍を引っ込めた。しかしこれではこっちが不利なのが変わらない。
と、後ろからエルノパさんの透き通るような声が聞こえてきた。
「……ゆたう、戯れよ。虹の精霊……朝には夢を、夜には光を……幻光雀!」
エルノパさんの詠唱が終わると共に。俺の横にぼんやりとした人影が現れた。
「うわっ!」
良く見ると俺そっくりだ。驚いた顔までうり二つ。周りを見るとセンパイもテステッサも若い騎士たちもみんな二人になっている。
さらに自分の体に水色の光の粒がまとわりついた。手の甲を触ってみるとなんだか竹の表面みたいな固い感触になっている。
「幻視の魔法と防御魔法をかけた。ドラゴレッグは嗅覚も優れているけど多少はごまかせるはず」
「ありがたい!」
テステッサが強気に攻撃を再開した。センパイも続いて白兵戦に入る。一匹、二人の間を抜けて接近してきたが若い騎士が二人、むちゃくちゃに剣を振り回しながら応戦した。視覚的には四本の件がブンブンと迫ってくるのだからドラゴレッグも戸惑っている。すかさず俺は側頭部に一発ぶっ放した。
ドサッとトカゲ人間の体が横たわる。他のドラゴレッグもいきなり増えた俺達にビビッて退却しようとしていた。
「逃がすな!」
テステッサの命令に部下たちが走り出した。ここで逃がすと応援を呼ばれるかもしれない。少し躊躇われるが俺も逃げ始めたドラゴレッグの後頭部を次々と撃ち抜いた。
「ありがとうございますエルノパさん、おかげで助かりました」
エルノパさんにお礼を言う。防御魔法のお世話にはならなかったが、それもあの見事な幻の魔法があったからだろう。魔法凄い。それを使うエルノパさんも凄い。
「天雷網に比べれば大した術じゃない。それに……」
エルノパさんはゆっくりと小さい指で館の二階を指した。
「まだ悪い気が残っている」




