祝勝祭
リド公国での祝勝祭は予想以上に盛大なものだった。深緑騎士団だけではなく、姫様であるるるセンパイ以下参戦し生還した15人の騎士、そして俺までも英雄扱いである。
街の至る所で祝杯が挙げられ通りは屋台だらけになり吟遊詩人たちがめいめいに今回の戦の歌を作って歌い上げている。騎士たちは次々と花輪を首に掛けられ南国に旅行に来た人みたいになっていた。
「もしくは日本シリーズで優勝したチームの選手か」
「漣太郎くんも上手い例えするようになってきたね」
疲れた目で馬車から街の様子を見る俺とセンパイに、向かいに座っているオムソー王がにこにこしながら話しかけてきた。
「いや、ちょっと予想以上に盛り上がりすぎたか。しかし伝説の竜を討伐したとなればいくら祝っても祝い過ぎるという事はあるまい。姫君も長くは居られない分、盛大に祝勝会をさせてもらうよ」
あの戦いを離れたところから観戦していたオムソー王は帰途の間ずっと興奮した子供のようだった。最初はいろいろ質問や感想を応えていた俺たちだがいい加減公国に着く頃には精神の限界を迎えつつあった。
伝説の竜。ウヴェンドス。
リラバティにて大昔より恐怖とともに語り継がれる巨竜の一匹である。渦巻く雲と共に現れ暴風を従えし嵐の主。この大陸の竜巻や大雨は全てこの竜が起こしていると信じる者も少なくないとか。
一般的な小型の竜はトカゲやワニと同じように卵から産まれて増えるらしい(それでも雌雄の確認が取れず、ドラゴンは全て卵を産むことができるという説もある)。しかしウヴェンドスのような強大な竜は一代に一頭しか存在せず、その寿命も千年とも二千年とも言われている。
ウヴェンドスを討伐した、もしくは死んだという記録がない事、そして分厚い鱗の断面や筋肉の様子から俺たちが倒したウヴェンドスはかなりの老齢だったのではないかとセンパイは推測していた。
(でなければ、いくら新品の『竜纏鎧』とはいえ、ワイバーンの鎧を着た『竜姫士』一人で伝説の竜を狩る事はできない……か)
勝利した喜びよりも今はその事のほうが憂鬱だった。伝説には他にも火炎や雷、幻を操る竜がいるらしい。そんなのともこれから戦わなければいけないのか。今回はたまたま強力な魔法使いがいてくれたから奇跡的に生きながらえたようなものの。
その当の魔法使い、エルノパさんは後ろの簡易ベンチですやすやと眠っていた。王族用の高級馬車とはいえこの揺れで良く熟睡できるものだ。というかこの人も出会った夜以来食っているところと寝ているところしか見たことがない。魔法使いというのはそういう人種なのか。
「本当の異世界は、ゲームとは全然違うんだなぁ」
ゲームなら敵も徐々に強くなって、強い武器が売っている店があって強敵に勝てる様になるんだけど現実の異世界は厳しいという事なのか。ぼそっと独り言を言っていると、俺の目にリド王宮の豪華な門が見えてきた。
無礼講でやってくれ、とオムソー王は言ってくれたが大広間の周りに楽団やメイドがずらりと並んだ中では羽目を外しようもない……のは俺だけでリラバティの騎士も深緑騎士団の人たちも割と早々と紅顔するまで飲み食いしている。
明日には王国への帰途に着くというのにこれではほぼ全員が二日酔いになるのではなかろうか。
エルノパさんは俺の隣でまたむしゃむしゃと料理を食べていた。失礼とは思ったが、そんなに食べて大丈夫ですかと聞くと。
「こんな美味しい料理を食い逃すくらいならオルベラペペペソンドエビにでも生まれ変わった方がマシだ」
と返された。そのナントカペペペエビがどんなタチの悪いエビなのかは教えてもらえなかった。まぁ確かにただ見逃すには惜しいほどの美味さなのは確かだ。このピンク色のナスビみたいなのが入った甘いパスタなんか地球に持って帰りたくなるほど美味い。
その隣に座っているるるセンパイも同意のようで、話しかけるなと言わんばかりの気迫で次々と肉魚サラダフルーツ問わず胃袋に格納していく。あまりにもアレな映像だったので俺はそのうちにセンパイの方を見るのを止めてしまっていた。
酒も飲めない俺は冷静に腹八分目まで食べると、食後のお茶を頂いてこれからの事を考えようとした。ウヴェンドスの『竜纏鎧』は作れるならぜひ作りたい。しかしあの残されていた書物にウヴェンドスの鎧が載っていたかどうかは記憶になかった。ボッズ師に訊いてみようと思ったが、離れたところで弟子と美味そうに飲み食いしているので今で無くてもいいかと気持ちを引っ込める。
他にも、概ね竜に通用しない俺の銃(これでは量産してもワイバーンを追い返すのが関の山だ)。センパイしか扱えない『竜槍術』(『竜姫士』を増やすことはできないのだろうか)。飛行カゴなど想定外の技術を出してくるドラゴレッグ(はたしてどのくらいの戦力がいるのだろう)……。俺が無事にセンパイと日本に帰るには乗り越えなければいけない問題が山積みになっているのが浮き彫りになってゲンナリした。
「楽しんでいますか?」
グラスを片手に俺の横にやってきたのはテステッサだった。さすが酒に呑まれるどころかいつものイケメン笑顔を微塵も崩していない。空いていた椅子に座り一口グラスを傾ける。
「普段はあまり飲まないのですが、今日はめでたい日ですから」
「おかげさまで皆無事に戻って来れました」
「それを言うのはこちらの方です。お二方の活躍が無ければ深緑騎士団は全滅するところでした。心から感謝します」
深々と頭を下げられて恐縮してしまう。
「やめてください……大砲も壊してしまったし、俺こそ命を救ってもらいました」
「盾を構えて踏ん張って、なすすべなく飛ばされただけですよ。敵のカゴに乗って竜に立ち向かう勇気には敵いません」
風格のある騎士にそう言われるとくすぐったくて仕方がない。返答に困る俺にテステッサは意外な事を言い出した。
「そちらの魔法使い殿の護衛、私と数人の部下で参りましょう。リラバティの騎士の方々は帰国なされるといい」
「?」
意図が分からずにいると、テステッサは破顔して俺の疑問を解いた。
「いや、お礼代わりと言ってはなんですが、リラバティも戦力を欠いた状態が続いておられる。こちらから救援を依頼してこんな言い方もよろしくないが、出来るだけ早く主力を城に戻した方が良いかと思いまして」
なるほど、一理ある。
「けど、よろしいので?皆さん疲れているでしょうし」
「城で待機させていた若いのを連れて行きます。黒子鬼程度であればいい経験になるでしょう。こちら的にも損ではありませんよ……レンタロー殿、あれを」
会話の途中でテステッサが訝しむような表情を見せた。示す指の先を見ると、オムソー王がセンパイと連れだって別室へ行こうとしている所だった。
「センパイ?」
「行ってください、レンタロー殿」
思ったより深刻そうな顔のテステッサ。
「恥ずかしながら我が王は手癖の良い方ではありませんので。私も後詰で参ります」
急に穏やかでない話になってきた。俺はできるだけ自然を装いながら席を立ち急いで二人を追った。




