新たな『竜纏鎧』
バリバリバリバリッ!
金属を引き裂くような不快音が空を突く。ウヴェンドスを縛り付けていた雷の網が吹き飛んでしまった。あのローブの女は既に姿を消している。
「ここから離れて、隠れていて!」
そう言ってセンパイは跳躍した。前の『竜纏鎧』とはスピードが違う。あっという間にウヴェンドスの頭の上まで飛び上がっている。
ウヴェンドスがまた風のブレスを吐きつけた。が、センパイはそれを更にジャンプで避ける。新しい鎧のパワーで実現した二段ジャンプだ。
そしてもう一つ、新たなレガシーワイバーンの『竜纏鎧』の性能。
「『焔の尖塔』よ!」
センパイの叫びに構えた槍の穂先が赤く輝き出し、溶岩の様な炎が噴き出した。燃え上がる炎は収束し火球となってウヴェンドスに射出される。
ドゴォォォォォ……ン!
予期せぬ顔面での大爆発にウヴェンドスが苦悶して体をくねらせる。地上に着地したセンパイは更にもう一発、火球を竜に食らわせた。連続する爆破にウヴェンドスの顔面が黒く焦げ始めている。
「チャンスです、センパイ!」
「行くわ!」
助走をつけたるるセンパイは再び空高く舞い上がった。二段ジャンプでウヴェンドスの遥か上空を取った。十分に降下距離を確保できている。
「夜を焼く火蜥蜴、陽炎のざわめき、黒き鋼に息吹を乗せよ……!」
両脚の鎧からオレンジ色の竜気を噴射して、まるで隕石のようにセンパイがウヴェンドスへ突撃する。
「『紅蓮の瀑布!!』」
グザッ!
灼熱に焼けた槍が深々と突き刺さる音が地上まで聞こえた。弱点の眉間の痛みに暴れまわるウヴェンドスに振り落とされないように踏ん張りながらセンパイは、さらに何度もゼロ距離で火球を浴びせ続けた。
ドゥン!……ドウゥン!!……。
何分も……何十分もたったように感じた。やがてウヴェンドスが沈黙し、その巨体をドシャッと力無く大地に伏す。巻き上がった土煙はまるで噴火のようだ。それを見た兵士たちが一斉に歓喜の雄たけびを上げた。
「センパイ!」
竜の頭から落ちる様に……というか落っこちて、お尻をつけて空を仰いで息を整えているるるセンパイの所まで俺たちは走った。
「腰が抜けちゃった」
エヘヘと笑うるるセンパイに肩を貸す。テステッサから槍を受け取り、センパイは最後の力でそれを天高く掲げ兵士達に応えた。
その夜。野営地にて。
騎士団総出で風の竜ウヴェンドスの鱗や角、竜石に翼膜といった素材を可能な限りはぎ取って帰ってきた。みんな浮かれてアホみたいに食って飲んでをしている。恒例のドラゴンステーキに加え近所の村から肉やら酒を貰ってきたので豪華な宴会になった。
そして俺とセンパイの横でむしゃむしゃと骨付きドラゴン肉を食っているフードをかぶった女が一人。
「……美味しいですか?」
「……(こくり)」
俺の質問にだまって頷いて答える女。
幼く見えるが歳はセンパイと同じか少し上かもしれない。短めの銀髪に眼鏡をかけ、ねじくれまがった杖と書物や薬品をいくつか持っている。間違いなく魔法使いというやつだろう。リアル魔法使いを見たのは初めてなので結構感動しているが、今はただの大食い選手権の人にしか見えない。
ワインを注ぎながらおずおずとセンパイがお礼を言う。
「あー、でもホント、助かりました。アナタが居なかったら全員全滅するところでした」
「エルノパ」
「?」
「私の名前、エルノパ。魔法の研究をしながら遠い大陸からやってきた」
るるセンパイから木のジョッキを受け取りグビグビとおっさんのように飲む姿がシュールだ。
「あんな巨大な竜は初めて見た。私の使える最大級の拘束魔法が成功したから良かったけど、まさか逃げないで倒しに行くなんて思わなかった」
「まぁ、倒さなければいずれ住むところが無くなってしまうので……でも全部エルノパさんのお陰です。ありがとうございました」
深々と二人で頭を下げる。が、エルノパと名乗った魔法使いはジョッキを置いて予想外の話をし始めた。
「通りすがりで見過ごせなかったので手を出しただけだけど……お礼代わりに良かったらちょっと手を貸してくれると嬉しい」
「何ですか?」
この強力な魔法使いが困る事なんてあるのだろうか。俺は興味本位で訊いてしまった。
「恥ずかしい話なのだが、野営でうとうとしていたらまだ執筆中の研究書を近で黒子鬼どもに盗まれてしまった。場所はわかるのだけどどうも古い館に棲みついているらしく一人ではちょっと危険を感じる。何人かボディガードを貸してほしい」
魔法使いが書物を魔物に盗まれるとは。意外とおっちょこちょいなのか。
「アナタほどの魔法使いなら一人で黒子鬼を全滅させられるんじゃないですか?」
センパイが素朴な疑問を口にする。俺も同意見だ。
「私の専門は大規模魔法。逆に狭い空間で一匹ずつ相手をするのはすごく苦手。盗られている書物を巻き込んで燃やしたりもしたくない」
なるほど。パワーがありすぎるのも問題なのか。
「どうしましょう、センパイ」
「エルノパさんは言ってみれば私たちの命の恩人、もっと言えば国の恩人でもあるわ。ぜひお手伝いさせてもらいましょう」
命を懸けた戦いで心底疲れているが、そう言われては仕方ない。俺もエルノパさんの依頼に付き合う事にした。件の館は公国から帰る途中にあるらしいので、エルノパさんには一度リド公国まで付き合ってもらいそこから改めて奪還に向かう事にした。近くで話を聞いていたテステッサも協力してくれると申し出てくれた。騎士団長なのに気のいい人だ。
「ありがたい。無理して手助けした甲斐があったものだ」
機嫌を良くしたエルノパさんは魔法でボコンとファンシーなピンク色の小屋のようなものを出現させた。収納系の魔法も得意分野らしい。中を見せてもらったセンパイは可愛い可愛いを連呼した挙句今夜は一緒にここで寝ると言い出した。エルノパさんもしょうがないと言いながら二人で小屋に入っていく。俺は一人寂しく馬車の中で眠りについた。




