王女様一行、リド公国へ
また何日か街道を進みやっとリド公国の街並みが見えてきた。頻繁に来襲する竜を警戒しなくてはいけないリラバティとは違い、街を囲む城壁も無くゆったりした雰囲気が感じられる。
「白い家が多いですね」
るるセンパイと窓を開けて街の方を見ていると、騎士のテステッサが俺たちの馬車の横に馬を着けた。
「このへんは日差しが強く、また海も近い為に白い石材などを壁に使っています。あの緑の屋根は公国領でよく採れる植物の染料で染めた布を屋根で干したものが移ったものです。我々深緑騎士団の鎧にも用いられています」
「染料で金属を染めるんですか?」
それには驚いた。植物由来の塗料で金属に着色するとは。
「年に1回ほど塗り直しますけどね」
テステッサの言い方にはそれほど珍しい事ではないという雰囲気が含まれていた。異世界テクノロジー奥が深い。
「会議はいつからになるかしら」
俺の後ろからるるセンパイがテステッサに問いかける。
「先ほど足の速い馬で伝令を送りました。二刻時もすれば陛下からの伝言がございましょうが……私の考えでは明日午後になるのではと」
「まぁ、その辺が妥当か……わかりました、ありがとう」
会釈を返してセンパイは俺の首根っこを掴みながら馬車内に引っ込んだ。
「どうかしたんですか?」
「暗殺でもされるかなと思ってたけど、まぁ大丈夫そうかなって」
普段の顔で物騒な事を言い出すセンパイ。驚いて大声を出そうとした俺の口を柔らかい小さな手が塞いだ。
「……ディアスフィアじゃそんな事、よく起きるんですか?」
「そんなに聞く話じゃないけどね。昔は結構あったみたいよ。漣太郎くんも拾い食いなんかしないようにね」
「しませんよ」
やがて深緑騎士団を先頭にリラバティの騎士団、そして俺たちも市街に入ってゆく。自国の騎士に加え見慣れない他国の騎士たちに街の子供はもちろん、大人たちも総出で大通りに顔を出してきた。遠くで良く見えないが先頭にいるテステッサは大人気のようだ。若い女の子の歓声やら悲鳴やらが聞こえる。
「モテモテね」
「そりゃ若くてイケメンで偉い騎士様ですし」
「乙女ゲーじゃないんだから、騎士なんてウチの連中みたいにムキムキの髭モサモサくらいでいいのよ」
「センパイ乙女ゲーもやるんですか」
「嗜む程度ですわ」
ホホホホホと笑ったが、別に何の気品も感じられない。
改めて街の様子に目をやる。リラバティとは建物も服装も相当に違っててまさに“外国”という感じだった。異世界と一口で言っても住む土地によっていろいろ変わってくるのだろう。
俺たちの馬車と騎士団は城、というよりは宮殿という雰囲気の大きな建物に案内された。テステッサが馬を降りこちらにやってくる。
「長旅お疲れ様でございました。こちらが我が公国の主、オムソー5世の居城になります。今は公務中でしばしお時間を頂きたいとの事で……よろしければこちらの離れでしばしお休み頂ければとの伝言です。すぐに食事も用意させますので」
恭しく頭を下げるテステッサ。
「お言葉に甘えます。トカゲ連中に気圧される事の無きよう、騎士団一同英気を養わせて頂きますと陛下にお伝えください」
「御意にございます」
るるセンパイの言葉を受け、テステッサは早足で宮殿に戻っていった。やれやれ、とセンパイが首を回しながら肩を揉む。
「肩っ苦しいのは苦手なのよね」
「センパイ好きで王様やってるんでしょ」
「それはそうだけどさ」
宛がわれたのは離れとは言っても相当の広さのある建物だ。大体コンビニが丸々二軒くらい入るような広さの三階建ての館で、扉にも柱にも細かい装飾が施されている。俺も騎士団の人たちもドアノブに触るのもおっかなびっくりといった調子だ。
それでもそれなりの強行軍で来た疲れで、騎士達は皆食事の後順番に眠りについてしまった。あまりのあっけなさに薬でも盛られたんじゃないかと思うほどだ。馬も城付きの馬飼いに丁寧に面倒を見てもらっている。
夜になり、俺も相当眠かったがテステッサの持ってきた地図での事前の会議に参加させられた。るるセンパイ、テステッサ、騎士隊長のツェリバ、そして俺は何故か書記係。
「公国の北西に広がるポゥ平原の外れにどうやらドラゴレッグの前線基地がある様です」
「そこであの飛行カゴの量産が?」
「はい、それを空に打ち上げる射出機のようなものも確認されました」
「射出機?」
センパイとひげもじゃのツェリバが首をかしげるが、俺的には想定内だった。
「飛行鉱石は接触した物を軽くする性質がありますが、重力に逆らって浮き上がる事は出来ません。飛行鉱石で重さを軽くしたカゴを一旦上空に持ち上げる手段が必要です。俺はどこか高台から飛ばしているんじゃないかと思っていましたが……」
俺の推測を聞いてテステッサが頷いた。
「火爆石を使うと思われる爆発で奴らがカゴを空に打ち出すのを目撃した部下がいます。ずいぶん不安定で半ば自爆行為にも見えたと言っていますが、奴らの事ですから」
柱時計がボーン、ボーンとクラシックな音を立てた。針は地球で言う夜9時か10時くらいを指している。
「だいぶ夜更けになってしまいましたね。失礼致しました、続きは明日御前会議にてお願い致します。今夜はごゆるりとお休みください」
資料をまとめてテステッサが一礼しながら退室した。ひげもじゃ隊長ツェリバと俺も一緒に出ようとしたがるるセンパイは資料の写しの整理をやるからと俺だけ部屋に引っ張りこんだ。
「明日でいいじゃないですか」
正直眠かったので不満を隠さずに抗議したがセンパイは取り合ってくれない。
「こんな広い部屋で一人で寝ろって言うの?」
俺以上に不満そうな顔をしてセンパイがぶーたれる。4人でいる時は気づかなかったが見回すと確かに広い。10㎡は余裕であるだろう。この国じゃ普通なのかもしれないが。
「え、俺もここで寝るんですか?」
「何よ今更。馬車でさんざん一緒に寝たじゃない」
言葉尻だけだと誤解をしそうだが一切そういったオトナのカンケイは無かった。
「いや、旅の間は仕方ないと思いますけど」
躊躇する俺の顔にセンパイは下から見上げるように自分の顔を接近させた。いつもの大きく、無邪気な丸い瞳が部屋の暗い蝋燭の炎に揺れているように見える。
「漣太郎くんは夜這いとかする派?」
「しない派です!……けど」
反射的に否定してしまったが、そもそもディアスフィアに来る前は俺とセンパイは彼氏彼女の関係だったはずだ(なりたてだけど)。それなら別に一緒のベッドで寝るくらいなら全然アリなんではないだろうかそれともナシなんであろうか。
童貞の深き悩みと戸惑いに頭を悩ませる俺の前でセンパイはそうそうにベッドに向かいだした。一応、予備の布団を床に敷いてくれているのがセンパイなりの優しさなのか。
「……念のために人食いオルゴールでも設置しておこうかしら」
「なんですかソレ」
なんか深く考えるのもアホらしくなってきたので俺も素直に寝る事にした。