テステッサ
「回収できたのは五個、か」
兵士たちがお互いの傷の手当てをしている中、俺は飛行カゴの残骸を見回って飛行鉱石を回収した。最後に火だるまになった飛行カゴの鉱石は真っ黒に焼けてボロボロに崩れ、力を失っていた。
(火に焼けるとダメなのか)
理屈は分からないがファンタジー世界の物を俺の知識に照らし合わせても仕方ない。俺は慎重に五個の鉱石を袋に入れて馬車へと歩き出した。めっちゃふわふわする。思い切りジャンプすればるるセンパイと同じくらいの高さまで飛べるかも知れない。
「漣太郎くん、おつかれさま」
『竜纏鎧』の上からマントを羽織ったるるセンパイがやってきた。流石に他国の騎士の前ではあのカッコのままでは不味かろう。改めて残念だ。
「鉱石、回収してるんだ。漣太郎くんも飛行機作る?」
「興味はあるけど実際は強くなさそうですね、アレ。それよりもう少し現実的な物に使おうかなと」
「現実的な物?」
「失礼、ルルリアーノ姫殿下でいらっしゃいますか?」
俺が簡単に説明をしようとしていたところに、先刻のリド公国の騎士がやってきた。馬上から降りた騎士は兜を脱ぎ礼をする。
「始めてお目にかかります。自分はテステッサ・ハリン。リド公国深緑騎士団の第二団隊長を務めております」
顔を上げた金髪の騎士は意外なほど若く、イケメンと言うより端麗だった。俺やるるセンパイよりは年上だろうが彼ほど若い騎士はリラバティにもほとんどいないはずだ。
隣を見るとあまりの貴公子ぶりに当てられたのかるるセンパイがぽやーんとしている。
「セン……姫様!」
「はっ、失礼。戦の疲れが……リド公国の援軍に感謝しますわ」
俺のツッコミで正気を取り戻したるるセンパイが慌てて体裁を取り繕った。
「いえ、我が国境内での敵襲にご助力頂き恐縮であります。名高いリラバティ騎士団の戦いぶり、お見事でした。しかも姫殿下の伝説の戦技まで拝見できるとは……このテステッサ、光栄の極みであります」
さらに最敬礼するイケメン、もといテステッサ隊長。
「閣下のお陰で農地の被害も少なく済みました。本来であればリドでの御前会議ののちご助力頂くという話でしたが」
「ここは我が国にとっても重要な交易の地ですから、公国領ではあっても大事があればすぐに兵を派遣いたしますわ」
だんだんお姫様口調を取り戻してきたようだ。伊達に一年も影武者はしていないらしい。
「陽も暮れてまいりました。今夜はこの村で戦いの疲れをお癒し下さい。街の物とは比べ物になりませんが最大級の歓迎をさせていただきます。部下に案内させますので騎士団の方々もお越しください」
「お言葉に甘えさせて頂きます……」
るるセンパイはそのまま紹介された深緑騎士に連れられてリラバティの騎士団をまとめに行った。俺も馬車から荷物を持って追いかけようと思っているとテステッサが話しかけてきた。
「貴公は……地球の者か?」
「ええ、御厨漣太郎と言います。そういうの、わかるんですか?」
「地球からの異邦人に何年も前に一度、旅先で会ったことがある。なんとなく雰囲気や所作がやはり違うものだ」
俺やセンパイ以外にも本当に地球から来ている人間がいるとは。俺も一度お目にかかってみたい。
「るる……リアーナ姫の要請でリラバティ城の工房で働いています」
「地球から来た人はみな進んだ技術や多くの知識を持った方々と聞く。レンタロー殿も若く見えるが相当の技師なのだろうな」
「いやいや、まだまだ勉強中の身ですよ」
謙遜しているように聞こえるかもしれないが、ぶっちゃけ只の工科高校生だし。
テステッサは俺の銃に興味があるようだった。
「それは、銃か?よければ見せて頂けないだろうか」
断る理由も無いので銃身を握って渡す。弾丸は入っていない。受け取ったテステッサはいろんな角度から真剣に見つめ始めた。
「珍しい物ですか」
「存在は知っているが、この近辺の国では取り扱ってない。だいぶ古いもののようだが」
ありがとう、と言って丁寧に返された。
「銃が使えれば騎士たちも危険な接近戦をしなくても済むのだろうが、その量産も難しいらしくてな……地球にはこれよりももっと強力な銃がいくつもあるのだろう?」
「100発くらい弾が入っていて一つ数える間に10発ぐらい発射する様なのもあります」
テステッサは天を仰いで頭を振った。
「そんなものが出回ったら我々は案山子みたいなものだな。ディアスフィアにそんな銃が無いことに感謝するよ。ともかく今日は助かった、ありがとう。ドラゴレッグの討伐戦までよろしく頼む」
「こ、こちらこそ」
握手を求められ、握り返す。手甲越しだったが優しさが感じられた。テステッサは満足そうに笑うと村の方に歩き始めた。
気が付けばもうとっくに太陽は沈んでしまっていた。今日も疲れた。夕食を楽しみに俺も馬車へ急いだ。
村でささやかながら歓待を受けた俺たちは再びリド公国に向かい街道を進む。テステッサ率いる深緑騎士団もついているし、どんどん補給が出来る町が増えてくるから安心ではある。竜とかこないだの亀とか出なければだが。
夜を迎えた姫君様ご一行は街道沿いの平坦な草原で野営を始めた。簡単にスープと干し肉、硬いパンの食事を済ませ俺とセンパイはねぐら代わりの馬車に戻る。
「あの村はリド公国とリラバティの商人たちが交易している村でね」
長旅に飽きたのか気怠そうなセンパイが馬車のベンチにだらしなく寝っころがりながら口を開いた。
「本当はお互いに相手の国まで行って、交易許可証を見せて適正価格で商品を卸さなきゃいけないんだけど、そこまで行く余力の無い商人同士があそこで落ち合って物々交換とかしてるらしいのよ。当然税金逃れだから良くないんだけど何日もかかる上に魔物も出るでしょ。だから正式に交易所を作って兵士も常駐させようって話もできたらいいなぁって」
「センパイ本当に王様みたいですね」
「ひれ伏したまえ」
「へへーっ」
流れで平伏してしまった。
「テステッサって騎士も、すごいイケメンだけどラストあたりで裏切りそうな顔してるわよね」
「ラストって?」
「ああ、ゲームの話」
ゲームで例えられても。
「あの若さで騎士団隊長ってのも凄いですね」
「貴族かなんかのお坊ちゃんじゃないの?まぁ昨日の戦いぶりを見たら実力はあるみたいだけど」
「ああいうの、るるセンパイのタイプじゃないんですか?」
何気なく……を装って聞いてみると、るるセンパイがにんまりと悪い笑顔でこっちへ近づいてきた。
「なーに?気になるの?」
「そりゃ、その……俺だってセンパイの事……」
口ごもる俺をニヤニヤと見つめながら、センパイは俺にデコピンをした。
「いでぇ!?」
「私が仕事で忙しい時にリーリィとデートしてたくせに」
バレテタ。
「いや、あれは、その!」
「言い訳なんて聞きたくないですー」
センパイは仕切り代わりのカーテンを閉めてしまった。謝ろうか説明しようか迷っている間にすやすやと寝息が聞こえてくる。
(疲れてるんだなぁ)
同情もしたが言い訳できずもやもやしたまま、俺も馬車に揺られるままうとうとと眠ってしまった。