彼女が姫様でしかも露出コスだった
体を包んでいた浮遊感が解けて両脚が柔らかい地面に着く。恐る恐る両目を開くと、目の前には青い空と遠くまで続く緑色の草原が広がっていた。
「え?あ?ええええ???」
顔に当たる風も晩秋の冷たいそれではない。夏の初めを知らせるような風だ。空にはワシかトンビのような大きな鳥が弧を描くように飛んでいる。状況が解らずにキョロキョロと辺りを見回すと、その大自然の中に佇んでいるセンパイがいた。
「いやあ、ハイキングにはいい天気だねぇ」
「いや、センパイ、その……何がどうなっているんですか!?」
呑気にそんなことを言うセンパイを無視して俺は説明を求めた。
「漣太郎くん、私とハイキングするの、イヤだった?」
「イヤじゃないです!イヤじゃないですが、ちょっと今大変不可解な事がありまして!」
小首をかしげてあざとくそんな風に言った所でさすがに俺の疑問を流すのには無理がある。
「さすがにワタシの可愛さだけではごまかし切れないかー」
そう言ってアハハと笑うるるセンパイの視線が真剣なものになった。
「?」
戸惑いっぱなしの俺の前でセンパイは振り返り、俺たちが立っている丘の先、やや低い所にある舗装もされていない道を見た。視線を追うとそこには一台の大きな馬車とそれを取り囲む子供のような影がいくつか見えた。
「子供……じゃない?」
手綱を持った御者がおびえながら棒を振り回している。取り囲む小さな人影は手に斧や刃物を持って馬車を襲っているようだった。それに人間の子供にしてはどうもおかしい。黒い肌に老人のように曲がった背骨、そしてここからでも見える長い耳は人間には見えない。
「襲われているんだわ」
るるセンパイはそう言うとポンチョを脱ぎ捨てて丘を駆け下り始めた。
「センパイ!?」
目が飛び出すかと思うくらい驚いた。馬車を襲っている化け物にセンパイが向かっていったからではない。ポンチョを脱いだセンパイの格好が凄かったからだ。
グラビアアイドルが着るようなセクシー水着を着ているのかと思ったが、違う。金属質の輝きを持つそれは小さいながら鎧に違いない。しかしへそまわりのお腹から美しい背中、そして魅力的な肉付きのいいお尻に掛けてほぼ丸出しだ。対照的に両肩と腰の左右、そして脚には翼の様な飾りのついたしっかりした防具をつけている。
いつの間にか持っていた槍を振り回しながら、センパイはそのまま昔話に出る小鬼のような化け物に突撃した。躊躇せずに後ろから一匹を突き刺し仕留めると、続けて穂先を振り回し左右の小鬼の手首を切り落とした。一気に三匹をやっつけたセンパイはその勢いのまま次の獲物に近づく。
「す、すげぇ……」
激しい露出姿と、年上とは言えか弱い女の子と思っていたセンパイの無双ぶりに俺は立ち尽くしたまま動くことが出来なかった。が、かろうじて遠くから見ていた分その異変に早く気付くことが出来た。
馬車の先にある林の木が大きく揺れたかと思うと、その何本かを叩き折りながら棍棒を持った巨人が咆哮を上げながら出てきたのだ。易々と木々を叩き折るその腕は丸太のように太い。状況はわからないがどう見たってその辺の小鬼よりは驚異的だし、あの巨人が俺たちと友達になりたそうには思えなかった。
「センパイ、危ない!!」
大声で危険を伝えると、背中を向けたままセンパイはわかった!とでも言いたげに槍を空に掲げた。
「……と、言うわけで、ワタシはこの『ディアスフィア』で国を守るために戦ってるプリンセスなワケなの」
「全然わかりません」
「そんなに難しい事言ったかなぁ」
センパイが真っ二つにした巨人の死体を見ればなんとなくここがファンタジー的な別世界という事はわかる。夢だと思って何度も頬をつねったが残念ながら目は醒めなかった。
理解はできなかったが手短にされた説明によると。
1、ここは地球とは違う世界『ディアスフィア』である。
2、るるセンパイは1年前にこの『ディアスフィア』に偶然やってきてしまった。
3、とある国の大臣に助けてもらったのは良いが、その国は戦争中で危機にあり行方不明のお姫様にそっくりなるるセンパイが影武者として頑張っている。
4、俺にはその手伝いをしてもらおうと思って一緒に連れてきた。
なるほど文章にしてみればシンプルなような気がする。あんまり納得は出来ないが。とくに4番。
「そんな急に言われても、話が滅茶苦茶すぎて信じられませんよ……」
俺自身は何もしてないが、急展開過ぎる事態に脳みそがパンクしそうでクラクラする。あとセンパイの胸の谷間がとても目に毒だ。るるセンパイは恥ずかしくないんだろうか。下手にツッコんで隠されると悲しいのでそこは黙っておいた。
「とりあえず日本に帰りたいんですが」
「残念ながら地球と『ディアスフィア』を繋ぐ道を“開く”には条件が合ってね」
センパイは少し申し訳なさそうに空を鎧に包まれた指で示した。その先を見ると天空にうっすらと月が佇んでいた。
地球で見る月とそっくりだ。白っぽい色で少し欠けていて、表面に凹凸があるように見える。その数が3つであること以外は。
「月が……3つ?」
大小の差はあるが、どれも月に見える。白っぽいの、少し黄色っぽいの、そして少し緑っぽいのの3つ。
「あの3つの月がね、全部重なる日に偉い司祭をたくさん呼んで、往還石という珍しい鉱石を使った大掛かりな儀式をやらなきゃいけないの。まぁワタシは姫様だからお金の方は心配いらないんだけど」
本気でファンタジーRPGめいてきた。そういえば中学時代のセンパイは常々皇帝になりたいと言っていた。どういう運命の巡り会わせか、夢叶ったりということか。
それより気がかりな事が一つある。
「それであの月、次はいつ重なるんですか?」
俺の素朴な疑問にセンパイはさっきよりもう少しだけ申し訳なさそうな顔になった。
「ええと、大体1年後……かな」
テヘッ、と可愛く笑っても許せない事がある。
「1年もこっちにいたら俺留年しちゃいますよ!」
センパイの両肩の鎧に手をかけてガクガクとゆさぶる(トゲトゲしてて持ちにくい)とセンパイはさすがに悪いと思ったのか俺の手を取って慌てて弁解する。
「だ、大丈夫!こっちと地球の時間の流れは断絶されてるから、向こうには漣太郎くんが居なくなった日、つまりついさっきの時間に帰ることが出来るから!」
「そ、そうなんですか」
どうやら元の生活に戻る事は出来そうだ。だが1年もこの世界に居なくてはいけないのかと思うと頭がクラっとする。
「あのう、お取込み中のところ失礼いたします」
横からるるセンパイよりはるかに申し訳なさそうな声が聞こえてきた。