遠征準備・後編
女の子がショッピング好きなのは万国共通……ここは異世界だから全世界共通と言うべきか。とにかく普遍の原理らしい。
俺はリーリィに引っ張られながら、革のジャケット、寝具にもなる厚手のマント、携帯用筆記具、刃が丈夫なナイフ、火打ち石(魔力を持つ特殊な鉱石でどんな湿ったところでも使えるらしい)、小さめのランタン、手鏡、水袋、なぜかコンパス、双眼鏡、観光用のうちわまで買っていた。
値段はリーリィがよく見定めていてくれたようだから損はしていないだろうけど。
「はー、こんなところですかね。レンタローさん!」
何かをやりきったようなすがすがしい笑顔でリーリィは俺にそう言ってくれた。対する俺は一日町を歩き回って足が棒になっている。湿布があればすぐに買いたい。残念ながらこの町の薬局には売っていなかった。
「ありがとう、助かったよ……お腹減ったよね。何か食べていこうか」
奢るから、と続けようとしたら、リーリィはさらに目をキラキラさせた。
「じゃあウチに来ませんか?私の焼いたホットケーキ、レンタローさんに味見してもらいたいです!」
「え?でも今日休みなんだよね。疲れてるのに悪いし……」
この子の焼くホットケーキには確かに興味はあったが、せっかくの休みに買い物を手伝ってもらって更にごはんまで作ってもらうのは気が引ける。けれどもやんわりと断ろうとした俺のセリフはまたも遮られた。
「大丈夫です!これでも私、体力に自信がありますから!五日間寝ずに働いたこともあります!」
完全に労働基準法違反だ。この国に労基監督署があるかは知らないが。
さぁさぁ行きましょうと背中を押すリーリィの力に、疲れ切った俺は逆らえなかった。出来るだけ早くお暇しようと思いながらおとなしくサブストリートの方へ向かう。
「おおお、立派な看板」
久しぶりに来たリーリィのパン屋には前までなかった大きな木彫りの看板があった。相変わらず文字は読めないが横にツボからハチミツをかけられてるホットケーキも彫られている。こういうセンスは地球とあまり変わりないようだ。
「こりゃもう完全にホットケーキ屋さんだね」
「はい、常連さんになってくれた大工さんが格安で作ってくれたんです。パンは表通りのデルテラさんがいらっしゃいますから、ウチはもうこれメインで売っていければ」
なかなか逞しい事をおっしゃる。俺は感心しながらお家の中に案内された。
「狭い所ですいません。そこの椅子に掛けていてくださいますか」
パン工房を除いたいわゆるリビングは、親子が使っていたとは思えないほど手狭だった。寝室などは二階なのだろうが簡単なキッチンと茶の間が一体化し、まぁ簡単に言うと六畳一間のワンルームアパートみたいなものだ。
食卓の周りにもほうきやツボがスペースを使っているしそこにさらに縫いかけの服なんかがかかっている。テーブルクロスやカーテンもつぎはぎが多くリーリィの生活が楽ではないのが見て取れた。
あまりきょろきょろ他人の生活を勘ぐるのも不躾だし、黙っておとなしく待っていると、すぐ隣のキッチンからいい匂いがしてきた。
「お待たせしましたー!」
エプロン姿のリーリィが両手で大皿を運んでくる。湯気を立てるホットケーキは軽く10枚はありそうだ。
「随分焼いたね!」
「ちょっと張り切り過ぎちゃって……お口に合うかわからないですけど、召し上がってみてください!」
差し出された一枚にハチミツをかけていただく。うん、美味い。やっぱり日本で食べてるものとはちょっと食感が違うが、生地自体も少し甘みがあるしこのハチミツとさくっとした食感が噛み合っているように感じる。
「おいしいよリーリィ、うん、イケる」
「ほんとですか!?良かったー」
リーリィは俺の言葉にようやく安心したのか自分も座ってナイフとフォークを手に取った。ハチミツを少しずつかけてちょっとずつもぐもぐと食べるようすもリスっぽくて可愛い。
「なんか私の顔についてます?」
「いや、可愛いなと思って」
リスっぽくてとは言わなかったが、俺の言葉にリーリィが顔を真っ赤にした。
「なっ、やっ、いきなり、食べてる顔見て、そんな、止めて下さいーっ!」
顔を隠してばたばたと尻尾を振っている。その気はなかったがちょっとナンパっぽかったかと反省して俺は謝った。
「ゴメンゴメン、変な意味じゃないんだ。つい本音が出ちゃって、悪かったよ。冷めないうちに食べよう」
「は、はいぃ……」
顔を真っ赤にしたままのリーリィと黙々とホットケーキを食べ続ける事になってしまった。ひたすら炭水化物なので腹に溜まるが話題が出てこないので食べ続けるしかない。
それでも、完食する頃にはなんとか二人の間の空気も和らいできた。
「あー、食った食った。ごちそうさまでした」
めちゃくちゃ膨れた腹を抱えながらリーリィにお礼を言った。外はもう真っ暗になってしまっている。早く帰ろうと思っていたが完全にやってしまった。
「やっぱり作りすぎちゃってましたね。すいません、今お茶淹れますから」
「ああ、いいよいいよ気を使わなくて」
とは言ったがお腹が重くて動けない。出されたお茶を大人しく貰う。と、リーリィが何か言いたそうにもじもじしていた。
「どうかした?」
「あの……相談ばかりで言いにくいんですが……」
また何かトラブったんだろうか。少し身構えつつも聞いてみる。
「いいよ、言ってみて」
「……ここ何日か、常連さんも少し飽きてきたというか、新鮮味が無いみたいで……もう2、3人の方は来なくなっちゃったりしてて……」
ぽつぽつと語るリーリィ。なるほど、確かにウマいがこの濃厚なハチミツを毎日食べるのはちょっと飽きるかもしれない。
「じゃあ少し味を変えてみるとか」
「味を変えるんですか?」
「俺のいたとこで定番なのは、果物を乗せてみたりクリームをつけてみたり……それが難しかったら生地自体に野菜や果物を混ぜてみたり、かなぁ」
食べた事の無いパンケーキ知識をひねり出してみる。雑誌やTVで見ただけなのでそれがどんな味なのか実際は俺も知らない。いくつか試作してみるしかないだろう。
「なるほど……いくつかあれば毎日違う味のホットケーキを食べればいいですもんね!」
落ち込んでいたリーリィが元の明るい顔に戻った。
「そうだね、いくつか試しに作っていろんな人に意見を聞いてみるといいよ」
「わかりました!その時は……またレンタローさんに食べて貰っても、いいですか?」
「ああ、いいよ。頑張ってね」
嬉しそうなリーリィの笑顔に癒されて、俺は大量の旅道具と共に城へ帰った。