遠征準備・前編
この日の夕飯はマゥドネー商隊の持ってきた食料品が振る舞われた。多少はるるセンパイもお金を払うだろうがマゥドネーにしてみればギリギリの黒字、という所らしい。
「それでも命が助かったんだから儲けものですよ」
と、マゥドネー氏。謙虚だ。この世界の商人はみなこうなのだろうか。
それはともかく保存食の燻製肉じゃない新鮮な食材が食べられるのはありがたい。一番美味しかったのは白身の魚のソテーだった。やはり味付けはちょっと変わってるが、本場の地中海料理ですとか言われて出されても俺は納得するだろう。地中海も異世界も平凡な田舎の高校生にしてみればあまり変わらないのかもしれない。
「公国には魔法で作ったでっかい冷凍倉庫があるんだって。そこで水揚げされた魚を凍らせて他の国へ出荷するの」
るるセンパイにリラバティには作らないのかと聞くと、稼働させるランニングコストが結構かかるから断念したと答えられた。夢の無い話だ。
「グレッソンが言うには、とどのつまり地球で言う電気エネルギーや化学エネルギーの代わりに魔法を使っているだけであって、それを使う労力自体はどちらの世界もそれほど変わらないんじゃないかって。地球の方が便利な技術多いしね」
インターネットとかゲームとか、とセンパイはボヤきながら柑橘系の果物をむしゃむしゃと食べた。焚火の向こうでは商隊の女と兵士達が誰かの弾いている音楽に合わせ踊っているのが見える。日本と比べると娯楽も原始的だ。
「まー、こういう経験もいいんだけどさ。普通に生きてたら体験できないし」
「センパイは……王様になりたいって昔言ってましたけど、その夢を叶えるためにここにいるんですか?」
「うーん……」
俺の質問に苦笑いしながら少し考えて、センパイは何とか都合のいい言葉を思いついたような顔をした。
「所詮リラバティでは代理の姫様だから、カラダ張ってるけどごっこ遊びみたいなものよね」
焚火で炙ったケンタッキーみたいな骨付き肉に齧りつきながら俺は訊いてみた。
「お姫様が見つかったら、帰りますか?」
「逆に言えば、見つからなければずーっとここでお姫様をやっているかもよ」
意味深そうにセンパイが微笑う。言葉が出ないでいる俺を見下ろしながらるるセンパイは立ち上がった。
「明日は早いわよ。漣太郎くんも早めに寝なさい、ネ」
翌日は朝から雨だった。豪雨と言うわけではないが傘無しでは歩くのが躊躇われるくらいには降っている。俺はセンパイと高司祭と馬車に乗っているが兵士たちは鎧のまま馬に乗っているし、商隊も荷物以外はみなずぶ濡れで進んでいる。さして冷たい雨ではないから身体を壊すことは無いかもしれないが、俺には随分と異様な光景に見えた。
心配していた襲撃は無く、次の日の午後には無事にリラバティ王国に帰れたのが何よりの幸運だった。正直この雨の中では外に出て戦いたくない。
(このロプノールも雨の中使えるかわからないしな)
すっかり手に馴染んだ古めかしい銃を撫でる。センパイには工業科での知識や技術を買われてこの世界に連れてこられたはずだったが、いつの間にか戦場にも連れ出され気が付いたら二回も死んでいる。
(センパイの『竜纏鎧』も大事だけど、俺の防御もなんか考えなきゃいけないんじゃないだろうか)
そんな事を考えながら、馬車に揺られて俺達はリラバティ城に帰還した。
「2、3日中にはおそらくリド公国に出発するわ、忙しくなるけど準備よろしくね」
別れ際にそう言ったっきり、センパイは公務でずっと忙しくしているようだ。寂しいが俺も暇な身分ではないので仕事を片付ける事にする。
まずは鍛冶工房に顔を出した。
「じゃあまたしばらく顔を出さねえんかい」
ボッズ師が少し不満そうな顔をした。そりゃそうだろう、技師待遇で来たのに全然技師の仕事をしていないのだから。
「すいません、ドラゴレッグの空飛ぶカゴとか気になる事が多くて」
「空飛ぶカゴだかオケだかわからんが、しょうがねぇなぁ。あの『鎧』はこっちで進めておくから、肝心な所の機構だけ見て行ってくれや」
「わかりました」
そんな感じで帰ってきた日は夜まで工房で過ごす事になった。巨大な壁掛け時計(これは貴重なもので、城内にもう一つと町の広場に一つあるだけらしい)が日をまたいだところでやっと解放してもらった。大変だったがレガシーワイバーンの『竜纏鎧』は俺がいなくてもだいぶ完成に近づくはずだ。持って帰ってきたヴェロータートルの甲羅も兵士たちの良い盾の材料になるとの事で若い鍛冶師たちも気合が入っていた。
次の日は自分の旅支度だ。姫様のお付きメイドのターニアさんに話を聞くと、るるセンパイの想定通りリド公国と共同でドラゴレッグを叩くため騎士隊、あと徴兵で構成される戦士隊を派遣するらしい。リド公国まで約五日、ドラゴレッグの前線基地への攻撃を考えると十五日くらいは帰ってこれないかもしれない。
下着とかは最低限貰っているが、他の服やタオル的な物までくれとは言いにくい。そんな俺にターニアさんが「姫様から預かりものです」と言って革袋を渡してくれた。中には数枚の金貨、銀貨が入っている。
「今までのお給金との事です。旅支度にもお使いください。」
「ありがとうございます。じゃあちょっと町に買い物に行ってきます」
笑顔のターニアさんに見送られて俺は城下町に向かった。昨日とうって変わって雲一つない晴天だ。一人なのは寂しいが買い物日和と言っていいだろう。
(それは、いいのだけど)
参った。町に並んでいる物が良くわからない。なんとなくマント、ナイフ、袋、と言ったものはわかるが値札も読めなければ迂闊に手が出せない。
市場で唸っていると聞き覚えのある声が後ろから掛けられた。
「レンタローさん、買い物ですか?」
リスっ娘のリーリィだ。相変わらず丸々とした瞳が可愛らしい。手には野菜など食材の入った籠を持っている。買い物の途中のようだ。
「ああ、こんにちわ。お店の方は順調?」
「はい、お陰様でホットケーキが好評です!ありがとうございます!」
深々と頭を下げるリーリィ。お尻から生えているふかふかの尻尾の先が顔面にぶつかりそうになるのを俺は慌てて避けた。
「それは良かった。……今日はお休みなの?」
「はい、月に何日かはお休みをいただいて買い物とかしています……レンタローさん、何を探していたんですか?」
「ああ、ちょっとリド公国まで行かなきゃいけないんだけど旅の道具が無くて……」
「リド公国とはまた少し長旅になりますね。わかりました!リーリィもお手伝いします」
思わぬ申し出だ。
「それはありがたいけど、時間大丈夫なの?」
「はい、今日は全然大丈夫です!じゃああっちから行きましょう!」
リーリィは珍しく高いテンションで俺の腕を引っ張り始めた。