蓮太郎、生き返りに慣れる
どんなに驚くような出来事でも、一度体験してしまうとそれは驚きではなくなる。それが経験と言うものだ。
俺はそんな事を考えながら三日徹夜したかのような重い瞼を開け、次いでぐったりした体を起こした。
「おー、無事に復活できたね。良かった良かった」
額を抑えて唸っている俺の隣で能天気に喜んでいるるるセンパイも、もう俺の死亡には慣れたようだ。その隣にいるパレィーア高司祭(巨乳)にまた頭を下げる。
「毎度すみません。助かりました」
「私が一緒に来ていたからいいものの、死んでから城から呼ばれても間に合いませんでしたよ。今回は」
パンツ以外は裸の俺の肩口に人差し指を当てると、高司祭は小さく何かを唱えた。細く白い指先に綺麗な光が灯り、疼いていた傷口がみるみる癒されていった。
改めて見ると体中傷だらけだ。むしろ傷が無い所が無いようにも見える。
「カメに潰されてミンチみたいになってたよ漣太郎くん。流石に今回はダメかー!って思っちゃった」
ニコニコと縁起でもない事を言う姫様代理。記憶に無いとはいえあまり想像したくない光景だ。
「肉体の修復と魂の呼び戻しをいっぺんにやるのはすごく大変なんですよ。お返しに今度教会のお仕事を手伝っていただきますわ」
まだ完全にカラダがくっついていないから無理をしないように、と言うと司祭は馬車から出て行った。俺もベンチから降りようとするがうまく体が動かない。
「もう少し休んでた方がいいよ。ホラ」
センパイがかいがいしく俺にマントを掛けてくれた。優しい。まるで彼女みたいだ。
(……そう言えばるるセンパイはまだ俺の彼女なのだろうか)
こっちに来てから何度か考えていた事だったが、確かな事はわからない。改めてセンパイに聞いて「そんなのディアスフィアに連れてくるための方便だよ」とか言われたら立ち直れないような気がする。ここは真実を追求せずにあの告白の言葉だけを大事にしていた方が自分の為かもしれない。精神的に。
俺がぐったりしてるのを蘇生の後遺症だと思っているのか、センパイは気にせずに小さな窓から外に声をかけた。
「待たせたわね、いいわよ」
(?)
何だ?と待っていると司祭が出て行ったドアが再び開きそこそこ身なりの良い中年が入って来た。痩せてはいるが前に会ったルガミノになんとなく雰囲気が似ている。
「襲われていたキャラバンのオーナーよ。話があるんだって」
るるセンパイが俺に耳打ちする。中年は涙を流した跡がかぴかぴになっている顔とボサボサにセットが崩れた頭を下げた。相当怖い思いをしたようだ。
「この度はお助けいただきありがとうございました。手前共はリド公国で商売をやっているマゥドネーと申します。先日、リラバティに向けて隊商を組んで向かうという時に国王から姫君様に親書を預かっておりまして……危うく王命を果たせずに命を失うところでしたが、まさかその姫君様に助けられようとは……」
なんか既視感のある展開だが竜だの魔物だのが跋扈してる世の中だ、危険を冒して町の外に出ようというのはこういう人くらいしかいないのだろう。街道で助ける相手が商人ばかりなのも当たり前なのかもしれない。
マゥドネーと名乗った商人はまた涙を流しながら懐から金属製の筒を出した。金色のロウの様なもので封がしてあり馬の紋章が押されている。
「オムソー5世が、ワタシに?」
「はい、閣下」
恭しくマゥドネーの差し出した書簡を受け取り、るるセンパイはナイフで封印を外した。丸まっていた茶色い紙を広げると、俺の知らない文字で手紙が書かれている。
一通り読んだ後、るるセンパイは、ふむ、と息を漏らすように言った。
「貴方たちはこのままリラバティに行くの?」
「はい、その予定でございます」
「では私達は兵士と共に同行しましょう。またアイツラに襲われるかもしれないし。オムソー陛下へのご返答は城で用意するので持って行ってもらえるかしら」
「御意でございます」
マゥドネーはテーブルギリギリまで頭を下げて馬車から降りて行った。ドアの隙間から朱い西陽が差し込んでくる。もう夕方のようだ。
「……お腹が空いたわね。今日はここで野営をして明日出発しましょう」
手紙をくるくると巻いて筒にしまうセンパイに俺は訊いた。
「どういう内容だったんですか?」
「ああ、漣太郎くんはまだ読めないのか。ええと、隣にある商業国のオムソーって王様からの手紙なんだけど」
るるセンパイは窓から下の兵士に野営と食事の指示をしながら答えてくれた。
「簡単に言うと竜やさっきのドラゴレッグの被害が深刻化してて、特に最近あの変な飛行機みたいのがうろちょろしてるんだって。で、引き返していく連中の後を追ったら街道の近くに前線基地みたいなのが出来てて、おまけに飛行機を量産する工場みたいなのも出来てるとかなんとか」
「そりゃあ一大事ですね」
今回は一台しか来ていなかったからセンパイがすぐに片付けてくれたけど、あんなのが何台もいたら地上部隊は大きな被害を受けてしまう。
「それでウチの国と連携して一気に叩き潰したいんだけどどうですか?ってお誘い。まぁウチの戦力も厳しいけど正直王国の台所はリド公国に賄ってもらってる部分も多いから、断れはしないわね。政治って難しいわ」
あーあ、と面倒くさそうに伸びをしてから、思い出したようにセンパイは傍らに置いていた木箱を開けた。
「コレ、その飛行機だか飛行カゴについていた石なんだけど」
箱の中には長さ10センチほどのクリアブルーの鉱石があった。乱雑に面取りされていて宝石としての価値はなさそうだ。センパイが持ち上げて俺の手の上に置くと驚くほど軽い。というかほぼ重さが無い。
「なんですかこれ。風船?」
突っついてみると石の様な硬さはある。握っても形は変わらないし簡単に壊す事も出来なさそうだ。るるセンパイは俺の手から石を回収して今度はさっきの手紙が入っていた筒に入れてまた俺に手渡した。
「軽い……」
金属製の筒のはずなのに空のペットボトル以下の重さしかない。試しに筒から石を出してみると筒はしっかりと重さを取り戻した。
「この石が重さを中和してるんですか?」
「そうみたいね。私が知っているのは浮き岩って言うもっと大きい岩みたいな魔法の鉱石で、それこそ島とかそのまま浮いている地域もあるみたいなんだけどここまで小さくて力のある鉱石は初めて見たわ。浮遊鉱石ってところかしら」
センパイはそう言うと俺の手から浮遊鉱石とやらを受け取って大事そうに木箱にしまった。
「飛行カゴを落とす時はこの石を狙った方が良さそうね。大して頑丈な造りじゃなかったけど、弱点を狙った方が効率的だわ。それから……」
「それから?」
顎に手をやって神妙そうな面持ちでるるセンパイは続けた。
「今はちゃちな乗物しか作れないみたいだけど、これを利用したもっと速い飛行機とか造られると困るわ。もしこれが産出する鉱山とかあるのなら抑えてしまいたいわね。調査隊を編成しなきゃ」
るるセンパイは俺が思っている以上に皇帝の素質があるようだ。