トカゲ兵士襲撃
鳥の囀りを聞いて夜明けを知るのはこちらの世界でも同じようだった。古い木材を使ったベッドから身を起こし背伸びをする。
姫様の招聘した技師と言う身分の俺に与えられた部屋は日本で言う十畳くらいの広さだった。壁は石造りのままで冬になったら寒そうだがこの国に冬があるのかは聞いてない。ベッドと同じくらいの本棚、その横には製図用の机、その上にはるるセンパイからもらった銃、ロプノールと西部劇のガンマンが使うような弾薬を収納したガンベルト。
銃に使う弾はボッズ師が製法を知っていたらしく三十発ほど用意してくれた。が、センパイの希望の量産化という仕事は全然進んでない。
(一発ずつ装填というのも使いにくいしなぁ)
そんな事を考えながら机の前にある窓のカーテンを開けて朝の空気を吸い込む。
部屋の隅には洗面台がある。リラバティは城のすぐ傍にある高い山から落ちる滝を水利にしており、その高低差を活用する事で驚くべきことに城の4階まで上水道が使えるのだ。シンプルなシステムだがとてもありがたい。
(今日はまた鎧の仕事だな……ん?)
顔を洗っていると窓の外から騒がしい声や蹄の音が聞こえてきた。首を出して下を見ると城門の方へ一隊の騎兵隊が駆けていくところだった。重厚な鎧に身を包み長いランスを持っている。まるで戦争でもするかのような……。
「漣太郎くん、起きてる?」
くぐもりながらも緊張感のある、るるセンパイの声が俺の部屋に響いた。机の横にある伝声管からだ。城の主要部分はこの伝声管で繋がっていて片交だが通話ができる。
「起きてます、何があったんですか?」
「キャラバンが襲われてるの。装備を整えて正門前に来て!」
早口でそう言うと、伝声管のフタが乱暴に閉められる音まで聞こえてきた。まったく、こっちに来てから忙しい事この上ない。俺は急いで着替えるとロプノールとガンベルトを掴んで部屋を飛び出した。
「キャラバンは食料品を主に運んでいる商団で、リラバティとリド公国を繋ぐゲーター街道の真ん中でドラゴレッグに襲われてるらしいわ」
激しく揺れる馬車の中、『竜纏鎧』に身を包んだるるセンパイが俺の横で地図を広げた。後ろには司祭の(そして美人巨乳の)パレィーアさんがいる。この人がいれば多少の怪我やうっかり死んでも大丈夫なのは知っているが余計に不吉な感じがしてしまう。
乗っているのは軍用の強攻馬車で普通の馬よりも一回り大きく筋肉の付き方も凄い。兵員の高速移動だけでなく弓隊を乗せて戦場でも運用されるとか。馬車には俺達三人だけで、護衛の陸戦隊は各自馬に乗って馬車の前を走っていた。
「ドラゴレッグ?」
「見ればわかるけどトカゲ人間ね。竜を神様扱いしてる連中で人間ほどじゃないけど知能もあるし集団生活をしてる。武器や鎧を作って時々人間を襲ったりするの」
「迷惑な連中ですね」
「うっかり天変地異とか起こって絶滅してくれればいいのですが」
パレィーアさんの一言に俺とるるセンパイが絶句する。人間至上主義なのか、神に仕える身分の割には過激な事を言う人だ。
「とにかく、商団が襲われている情報を受けてからもう一時間になるわ。先行で部隊を出撃させておいたけど……見えた!」
馬車の先で戦っている集団が見えた。いくつもの商人の馬車を囲む様にして兵士とトカゲのような怪人たちの白兵戦が行われている。戦いは長引いているらしく、すでにキャラバンの護衛だったのか武器を持った戦士たちやドラゴレッグが何人も地に倒れて動かなくなっていた。
そして。
「センパイ!空に!」
空中には見慣れない物体があった。翼を持ったカゴとでも言うのか、簡易的な飛行機に見えるがプロペラの様なものは見当たらない。そのカゴの中には三匹ほどのドラゴレッグがおり、空中からクロスボウを地上の兵士たちに向けている。
大した攻撃力では無いがこちらには弓兵がいないので完全に無敵状態という奴だ。
「んにゃろー、小生意気な!」
るるセンパイが年頃の女子としても一国の王としてもアウトなフレーズを吐きながら馬車から身を乗り出した。
「漣太郎くんは離れたところから援護射撃!あの飛行機は私がやっつける!」
馬車が止まると同時にセンパイが駆けだす。そのお尻に見とれていたかったが俺も地面に降りて兵士と戦っているトカゲ人間に銃を向ける。あまり気持ちのいいものではないけど商人たちを助けるためだ、仕方なく狙いを定めて引き金を引いた。
ガァン!
けたたましい爆音と共に薬室内から火花が飛び出す。鋼の弾頭はドラゴレッグのむき出しの側頭部にぶち当たった。紫色の血を派手に噴き出して弾を食らった一匹が事切れる。
グゥル……?
その一発で十分に俺は奴らの気を引いてしまったようだ。手すきの何匹かが曲刀を振り上げながらこちらに迫ってきた。人間より大きい割には意外なほど速い。
「クソ!」
素早く次の弾を装填してから、足元にあった地面に落ちていた誰かの盾を拾い上げる。目の前には早くも一匹のドラゴレッグが刃を振り上げていた。
(!!)
キィン!
高い金属音。俺の掲げた盾が間一髪相手の攻撃を受け止めた。曲刀は薄刃で切れ味は良さそうだが金属板で補強した盾を切断できるほどではないようだ。しかし、ドラゴレッグの力は強く俺はじりじりと盾越しに姿勢を崩されていく。
「こ……のやろう!!」
右手のみで相手の喉元にロプノールを突きつける。それが何なのかわかっていないドラゴレッグはそのまま長い首に風穴を開けられてぶっ倒れた。
「ハァハァ……まだ来る!?」
今度は二匹がかり、俺は装弾を諦めて防御に徹した。片方の攻撃を盾で受け、もう一匹の攻撃を屈んだり跳ねたりしてギリギリで避ける。城の兵士にもらったハードレザーのジャケットを着込んでいるが全然防御の役に立たず袖やズボンと共に切り刻まれ始めた。
(ヤバイヤバイヤバイ)
息が上がってきた。このままじゃ絶対に避けきれない。俺が絶望で泣きそうになった時、右側から襲い掛かってきたドラゴレッグの脳天に突如槍が突き刺さった。
「漣太郎くん!ごめんね、大丈夫?」
「るるセンパイ!」
槍は空中からセンパイが投げた物だった。太陽を背に滞空しているセンパイはそのまま肩アーマーの中から護身用のナイフを抜いてもう一匹に体当たりするように降下する。
ギェァッ!!
気持ち悪い断末魔を上げてもう一匹のドラゴレッグも絶命した。なんとか一命を取り留めたようだ。俺は戦いの最中なのにがっくりと膝をついてしまった。
「三匹も引き付けるなんて、漣太郎くんはいつもムチャするわね」
「好きでやってるわけじゃないですよ」
泣き言を言いながらるるセンパイの手を借りて起き上がる。戦場を見れば戦いは終結に向かっていた。空中を飛んでいた飛行カゴ?もセンパイによって墜落させられている。
「おかげで一気に戦況をひっくり返せたわ、ありがとうね」
「お役に立てて何よりで……なんですかねこの振動」
ニッコリ笑うセンパイの笑顔に癒されようとしていた所に、まさに地を揺らすような振動が響いてきた。地震じゃない。振動は一定のリズムを踏んで強くなってくる。
「まぁ、ろくな来客じゃないでしょうね……」
センパイが街道の脇の丘の上を見た。直後、巨大な亀のような生物が方向と共にその場に姿を現した。