リーリィとホットケーキ
パン屋の女の子はリーリィという名前だった。先の戦いで亡くなった父親の代わりにパン屋を切り盛りしているらしい。お母さんは出稼ぎに行っているがしばらく帰ってきていないと聞いた。
ともかくリーリィからパン用の麦の粉とミルク、それから卵をいくつか分けてもらい、センパイご要望のホットケーキを試作することになった。夜も更けてきたというのに気になるのかリーリィもついてきて、三人で城に戻る。
料理長から拝借したキッチンの鉄板を熱している間に金属のボウルに麦の粉、ミルク、卵をよく混ぜて液状にする。それを鉄板で焼けばいわゆるパンケーキだ。
「美味しい!」
いい感じに焼けたのを食べたリーリィが大きい目を見開いてぴょこぴょこ跳ねながら感動のコメントを発した。見た目もあいまってますますリスみたいな娘だ。
一方センパイは。
「まぁ美味いけど、ホットケーキの方が好きかなぁ」
「そんなに美味しいんですか?ほっとけぇきって」
「パンって言うかお菓子みたいなもんだからねぇ」
ここで取り出すのが城の地下に湧き出す天然温泉のお湯。温泉は普段は傷ついた男兵士にのみ解放されていて一般人や城の女性には使えないらしい。るるセンパイですらお湯を自室に運ばせてバスタブで入る事しか出来ないのだそうだ。
お湯はほぼ無色に近い。一応綺麗な布で濾してから舐めてみる。微妙な塩味とぴりっとした刺激が舌に残った。
「どう?漣太郎くん」
「イケるかもしれないですね……」
先ほどの配合で、ミルクを少し減らし代わりに温泉水を入れる。よーく泡立て器で混ぜ込んだ材料を鉄板の上で焼くと……。
「すごい!膨らんだ!」
「魔法みたいです!」
女性二人の感嘆を聞きながら俺は額の汗をこっそりと拭った。
「なんとかうまくいったみたいですね」
「どうやったの、漣太郎くん!」
キラキラした目でるるセンパイが俺の顔を覗き込んでくる。可愛いけど酒臭い。
「温泉に炭酸が入っていたんです。それを膨張剤代わりに使いました。他のお菓子つくりにも使えるかもしれません……すこし塩味入りますけど」
温泉にもいろいろあり全部が全部炭酸泉というわけではない。仮に炭酸泉でもナトリウムではなくカルシウムが入っている場合があるのでその時は使えなかったかもしれない。今回はだいぶ運が良かった。
「ではご試食ください」
「わーい」
二人が持ってきたビンからハチミツをかけて、ほかほかのホットケーキにかぶりつく。
「美味い!」
「美味しいです!!」
るるセンパイとリーリィは姉妹みたいに椅子から跳ねるほど喜んだ。俺も安心して溜め込んでいた息を吐く。
「良かったです。作り方も簡単だし、これで少しはお客が来るといいんだけど」
「これなら絶対売れるわよ。頑張ってねリーリィ!私もたまには食べに行くから」
リーリィはありがとうございます!を30回くらい連呼しながら試作品のホットケーキと共に帰途についていった。
翌日。俺と工房の職人たちは姫様の差し入れのパンを食いながらレガシーワイバーンの『竜纏鎧』の作成に取り掛かっていた。ワイバーンの肉をステーキにしたものを挟むと肉汁が染みてなかなか美味しい。これもリーリィの店で売れば儲かる気がするが、一つの店だけに食材を横流しするのは問題があるような気もする。ただでさえ温泉水をこっそり渡すらしいのに。
(それよか先に『竜纏鎧』だ)
王家伝来の鎧と違って一から作るのでなかなか手こずる。センパイのスリーサイズは(残念ながら)城のメイドが測ったものがあるのでそれを基準にあのピッチリしたボディスーツの様な鎧を作るのだ。
基礎のフレームを作り竜の血を循環させるケーブルを配置してエネルギーの発動源となる竜石の取り付け位置を試行錯誤し……とやっているとあっという間に日も暮れてしまう。
「のんびりする訳にもいかんが、慎重に作らんとのう」
急ぐ俺にボッズ師が諌めるように声をかけてくれた。さすが頭領、よく見ている。
「『鎧』もだが槍も仕上げなきゃならん。あの奇天烈なカラクリのおかげで手間取りそうじゃが」
煤で汚れた大量の髭を撫でながら疲れた顔を見せるボッズ師。工場の中央の作業台では鎧の胴体部分がようやく形になってきたところだ。まだ肩アーマー、腕アーマー、脚アーマーが全然手つかずになっている。
(先は長いな)
しかしこれが完成すればるるセンパイの攻撃力も防御もグンと上がるはずだ。今の鎧はそんなに強い竜の鱗を使っている訳ではないらしく、たまたま倉庫に残っていたのがあの一着だったという話だ。レガシーワイバーンの鱗は表面にヒビはあるものの非常に硬い。竜石も大きくパワーもありそうなのできっとこっちの方が高性能の鎧になるだろう。
「続きは明日だな」
「そうしましょう、ボッズさんもゆっくり休んでください」
ボッズ師が手を叩いて職人たちの手を止める。工場の屋根から下げられた40近い明かりの灯が落とされ広い作業場は真っ暗になった。
外に出ると同じくらい真っ暗だ。空には緑や青、中には赤など地球とは違いカラフルな星たちが煌めいている。しばし夜空に見とれていると不意に工場の角から名前を呼ばれた。
「レンタローさん」
暗がりでよく見えないが女の子の声だ。この世界で俺の名前を知っている女の子はそんなにいない。
「リーリィかい?」
俺の呼びかけに角から太い尻尾が飛び出てきた。
「どうしたのこんな時間に」
角から出てきた小柄な影は間違いなく昨日会ったリスっ娘、リーリィだった。
「ホットケーキ、うまくいかなかったのかい?」
リーリィは小さな頭を左右に振る。
「おかげさまで、たくさん買ってもらえました。卵を使うから結構出費もあるんですが今までに比べればびっくりするほど売れてます。でも……」
「でも?」
「ウチのフライパン小さいのが一個だけで……あと穴も開いてるから……」
なるほど、フライパンが小さくて少ないから生産性に問題があるのか。俺は帰りがけのボッズ師にお願いしてミニテーブルサイズの鉄板を頂くことに成功した。結構な重さだったがなんとか担いでリーリィの店のかまどに置く事に成功する。
「これで二枚くらいは一気に焼けるだろう」
「いろいろすみませんレンタローさん……いつか必ず恩返しさせて下さい!」
大したことはしてないのにそこそこ可愛い女の子に目を潤ませてお礼を言われるとテレてしまう。
「いやいや、頑張ってこれで借金返せるよう頑張るんだよ」
「わかりました!こんど私のホットケーキ食べに来て下さいね、サービスしますから!」
夜中なのに大声を出すリーリィの口をふさぐようにして落ち着かせる。ともかく疲れた。城に帰って休むことにしよう。