リラバティ城下町
明けて翌日はまるまる王家伝来の『竜纏鎧』の修理に追われてしまった。城の中にある鍛冶場の長、ボッズという老人にいろいろと教わりながら歯車を直し内部の管を繋ぎなおしていく。
ボッズ師は地底族という種族の血を引いているそうで普通の人間より長命なのだそうだ。御年200歳。しかしそれでも『竜纏鎧』の事は祖父から伝え聞いた程度の知識しか無いとの事だった。
「昔はこの城にも20揃い位の『竜纏鎧』があったと爺様は言っていたがなぁ……その後平和が続き、人間同士の戦があった頃にそれらの『鎧』も紛失してしまったそうじゃ。もしかしたらどこか別の国にあるのかもしれんが、今頃朽ちて使い物にならなくなっておるだろうなぁ」
膝まで伸びている顎鬚をさすりながらボッズ師はそう教えてくれた。もしガラクタ状態でも残っているのなら回収して参考にしたいが、この世界に疎い俺にはどうしたらいいのかさっぱりだ。
ともあれボッズ師やその弟子たちの協力もあり、意外なほど早く作業は進んだ。ボロボロで穴もヒビも入っていた装甲表面は新しい鱗を張りその上を高熱で溶かした剛性の高いリラゼ鉄でコーティングを施していく。長年の使用で欠けまくっていた歯車も新しい物に組み直し傷んでいた翼の部分を昨日倒したレガシーワイバーンのものと交換。
「これで防御力に関しては元通りのはずだ……」
「見事だ若いの。姫様にはあまり戦場に出て欲しくは無いのだが、お国のためじゃからな。せめてワシらに出来る事をするしかあるまい」
ボッズ師が涙ながらにそう言った。グレッソン大臣やメイドのターニアさんと他に極少数の者以外にはるるセンパイがルルリアーノ姫の代役をしている事は知らされていないらしい。
(姫がうまく見つかればいいんだが)
そうすればセンパイもこの国に居る必要が無くなり俺と一緒に地球に帰ろうとしてくれるだろう。しかし戦場で行方不明になった王族が無事に見つかったりするものだろうか。まして相手は竜だ。姫様を攫う竜の話は聞いたことがあるが、あのワイバーン達を見ればそんな知能があるようには思えなかった。
「レンタローさん、レガシーワイバーンの竜石や鱗、角その他もろもろを持ってきやした」
ボッズ師の弟子の若者が荷車にでかい角やら爪やらをどっさり積んでやってきた。
「ありがとうございます、とりあえず蔵の方に纏めて置いておいてください」
「っかりあしたぁー」
俺は姫様が招聘した地球の技術士としてある程度の身分を与えられていた。『ディアスフィア』は魔法があるとはいえ技術的な事は地球よりも遅れている物も多く地球人と言うだけで結構重用されるものらしい。
「若いの、レガシーワイバーンの『竜纏鎧』、ワシも協力するからな」
「よろしくお願いします。ぜひお力を貸してください」
「任せておけ、もうワシの代では作れないと思っていたから腕が鳴るわ」
ガッハッハと小柄な体に似合わず大声でよく笑う。この人も根っからの技術屋なのだろう。そこに、鍛冶場に似合わない可愛らしい声が響いた。るるセンパイだ。
「漣太郎くーん、晩御飯行こうよー」
「今行きます!じゃあボッズさん、明日もよろしくお願いします!」
「おう、しっかり休めよ!」
夕方のリラバティ城下町は食事時と言うのもあり大分ごった返していた。外壁門から城門を結ぶメインストリートは勿論、その左右のサブストリートも食事処や屋台が多くいろんな人が食ったり飲んだりしている。
「だいぶ活気ありますね、センパイ」
旅行客のようにあちこち見ながら歩く俺を、フードをかぶったお忍び姿のセンパイがひっぱりながら人混みを縫って歩いていく。
「昨日のレガシーワイバーンの討伐をみんな目の当たりにしたからね。ちょっとしたお祭りみたいになってるわ」
「アイツ、やっぱり強敵なんですか?」
「城壁が健在で対空装備も充分ならワタシ抜きでもギリギリ追い返せる……くらいかなぁ。こちらも相当兵士がやられるでしょうけど」
「センパイが『竜槍術』を復活させてよかったって事ですね」
「ワタシ的にはいくら平和だからってあの技術を失ったままにしていたここの王族がどうかしてると思うけど……あ、あったわ」
街の外れ、一軒の屋台を見つけてセンパイは空いているベンチに座りぱっぱと注文を頼んでしまった。俺も座って一息つく間にドン!と二つのでかい木彫りのジョッキがテーブルに置かれる。暑い鍛冶場で一日働いてカラカラになっていたのでそれはありがたいのだが。
「センパイ、俺達未成年ですよ!」
「わかってるわよ。これは果実酒、梅酒みたいなもんよ」
そう言うや否やセンパイはグビグビとジョッキを一気に傾けた。俺も一応その言葉を信じグイッと一口飲んでみる。
「ゲホゲホッ!」
咽喉の中を強い刺激が蹂躙した。細かい酒の種類はなんだかわからないがその正体はわかる。間違いなくアルコールだ。
「センパイ!」
「なによー、このくらい飲めなきゃ、オトコノコとして将来やってけないわよー」
「早速酔い始めてるじゃないですか!」
暗い夕暮れの中でもセンパイのほっぺが赤く染まってるのがよくわかる。るるセンパイは19だからもうすぐ酒が飲めるのかもしれないが(それでも法律違反だ。日本では)俺はまだアルコールに慣れてない。仕方なく料理を持ってきた店員に氷水を頼む。
「ぷぷー、まだまだお子様ねぇー。お子様ランチ頼む?」
早くもめんどくさい酔い方をしているセンパイを無視して並べられた焼き鳥?のようなものを齧る。
「……ううん」
不味くはない。不味くは無いがあまりいい肉ではないようだ。味付けのタレもなんか雑に作ったような、ダシ的なものが効いてない感じでくどく感じてしまう。
「イマイチ?」
「あー、うん、その……」
センパイのおごりだと聞いて付いてきたのであからさまに貶すのは憚られるが、俺の顔には答えがはっきりと出ていたようだ。
るるセンパイはそれを見て寂しそうにまたジョッキを傾ける。
「ほんとはね、もう少しは美味しい物が出るはずなんだ。この店も」
「?」
「そりゃあ日本の屋台と比べたらやっぱり味は負けるけど、肉なんかはいい物が出回ってるんだ。でも竜の襲撃が激しくなると今まで交易に来てた商人もおっかながって減っちゃってさ……」
半分やさぐれながらぽりぽりと良くわからない野菜スティックを齧るセンパイ。
「漣太郎くん疲れてるだろうし、今夜もお城で美味しい物食べさせてあげたかったんだけど、街でみんながどんな暮らしをしてるかも知ってほしくてね」
「飯が不味いのは……確かに嫌ですね」
「でも、みんな嬉しそうにしてるでしょ」
見回すと、俺たちのようにクサってる顔をしてるのは誰もいなかった。オッサンもおばさんも子供も爺さんも、みんな笑顔で歩いている。
「ワイバーン達を、やっつけたから?」
「そうね、それでさらにご飯も美味しくなれば、言う事無し!って感じがしない?」
センパイがやっとニッコリと笑った。
俺にはセンパイが具体的に目指している物がまだ見えていないけど、何となくやりたいことはわかったような気がした。