冬の女王様の望むもの
あるところに、春・夏・秋・冬、それぞれの季節を司る女王様がおりました。女王様たちは決められた期間、交替で塔に住むことになっています。そうすることで、その国にその女王様の季節が訪れるのです。
しかしある時、冬の女王様がいつまでたっても塔から出てきてくれなくなってしまったのです。
このままではいつまでたっても冬が明けません。そうなれば、植物は育たず、それを食べる動物たちもやせ細り、じきに食料もそこを尽きてしまいます。
そこで事態を重く見た王様はお触れを出しました。
『冬の女王様を塔の外に連れ出すことができたものには褒美を与える』
お触れを見た国の人たちは、こぞって冬の女王様を塔の外に連れ出そうとしました。何人も何人も、連日のように多くの人が塔まで向かいました。しかしどれだけお願いしても、冬の女王様は塔から出てくれません。
人々はたいそう困りました。このままでは飢え死にしてしまう。人々は思いました。早く冬の女王様に塔から出て行ってほしいと。
これは、いつもよりちょっとだけ長い冬のとあるお話。
「冬の女王様!どうかそのお席を春の女王様にお譲りください!」
季節を司る女王様たちが決められた期間暮らす塔の中、。今日も冬の女王様に塔から出て行ってもらうため、お願いする声が響く。
「……」
しかし訴えられる側である冬の女王様はといえば、椅子に座ったまま冷ややかな目で懇願に来た男を見つめるばかり。
「何かお望みの物はございませんか?どんなものでもご用意いたしましょう。ですから-」
「……用意する代わりに春の女王に席を譲れと?」
「なにとぞお願いいたします」
男は冬の女王様に頭を下げる。その瞳はどんなものを要求されようが必ず用意してみせるという決意に満ちていた。
男が頭を下げ続けることしばらく。唐突に女王様がポツリとつぶやいた。
「……欲しいもの確かにはある」
「-っ!」
冬の女王様の声に男は思わず頭を上げる。
「だがそれはお前では絶対に用意できない」
しかし続く言葉を聞き、男は顔をしかめる。
「それは聞いてみなければわからないのではないでしょうか?」
男の疑問はもっともだ。要求されるものが何なのか聞かなければ実現可能かどうかなど、判断できるはずもない。
「いいや、無理だ」
しかし冬の女王様は一貫して、男ではできないと言う。
「……では何が欲しいのかお教えいただいてもよろしいでしょうか?私の代わりに用意ができる人物を探します」
ならばと男は欲しいものがどういったものであるかを聞く。
「……それは教えられんな」
しかしこの問いに対する冬の女王様の答えはといえば、答えられないという一点のみである。これには男も困惑した。
「それでは冬の女王様が望むものを用意することができません」
「だから最初からお前には無理だと言っている。教えられん理由は、自分で考えろ」
それだけ言うと冬の女王様は男を部屋から閉め出してしまう。
男はしばらくの間冬の女王様が扉を開けてくれるのを待ったが、とうとうその扉が開くことはなく、男は困惑のまま塔を後にした。
男が塔を訪れた次の日から、冬の女王様のもとにはたくさんの贈り物が届くようになった。
冬の女王様は何か欲しいものがあるという話が国に広まったからだ。
冬の女王様のもとには国中から多くの物が届いた。それはきれいな宝石であったり、素晴らしい絵画であったりした。
しかしどんな贈り物が届いても、冬の女王様は塔から出てくることはなく、さらに何日もの日付が過ぎていった。
「まったく、冬の女王様は何を考えてるんだ」
「早く冬終わらないかな」
「冬の女王様もさっさと出ていけばいいのに」
冬の女王様には欲しいものがある。その情報が出回ってしばらくたったある日のこと、国はいまだに冬が終わらずにいた。長引く冬に国中の人たちの不満は高まっていた。
「みんな変なの……」
「……」
季節の女王様の塔の前。一人の女性が塔を見上げていた。女性は傘をさしていたが、その傘の上には雪がつもり、長い時間女性がこの場にいることを示していた。手足はすでに冷たく、よく見れば体も小刻みに震えている。しかし、女性がこの場を離れる気配はまるでない。女性の視線の先には塔のとある部屋がある。女性はただただその場所を見上げていた。
「……」
それからさらに女性が塔を見上げて続けて何時間もたった時である。
「こんにちは!こんなところでどうしたんですか?」
突然後ろから声をかけられた。
振り返って見てみれば、一人の女の子がそこに立っていた。
「あなたは?」
「はっ!いきなり声をかけてしまってすいません。びっくりしましたよね」
「……まぁ」
「私のシロナって言います。すぐそこの町から来ました」
シロナがおそらく町があるのであろう方角を指差しながら話す。あいにく雪でまったく見えていないが。
「えぇっと、これはご丁寧に。私は……そうですね、プランレーヌです」
「……」
「……?」
「……何ですか、今の名乗る直前の『そうですね』って?」
「……」
「……」
「……秘密?」
「疑問系?」
なんだかよくわからない間が二人の間を支配する。
「まあ、あれです。女性には秘密が多いってことでここはひとつ」
「……よくわからないけど、わかったということにしておきます」
「それがいいです。あ、長いのでプランって読んでもらっていいですよ」
「はぁ。それでプランさんはこんなところで何をしてるんですか?」
何かよくわからない行程を経ることになったがようやく話が最初に戻った。
「塔を見ています」
「……」
「……」
「……それだけですか!」
「ふぇっ!?」
だが残念ながら、その回答はあまりに言葉足らずだった。
「えぇっと、塔を見て、それで?」
「塔を見て……塔を見てます。うん、それ以上でもそれ以下でもないですね」
「……この時期にここにいるってことは、冬の女王様を思ってとかじゃないんですか?」
「はっ!?そう、それですそれ!」
「えぇぇ……」
シロナは思った。何だこのあやしい人はと。ついでに何だこの変な人はと。
プランはといえば、何事かを考えながら何度もしきりうなずいている。ついでになぜかしたり顔である。
「何だかよくわかりませんが、ここは寒いので風邪を引かないよう気をつけてくださいね」
「えぇ、ありがとうねシロナちゃん」
「いえいえ、では私はそろそろいきますね」
その言葉のあと、シロナはプランに背を向け、塔のある方へと向かおうとする。
「そういえばシロナちゃん」
しかしいざ出発しようというちょうどその時、シロナの後ろから声がかかる。声の主は、もちろんプランである。
「シロナちゃんは、ここに何をしに来たの?やっぱり、冬の女王様に塔から出てもらえるようお願いに?」
シロナが振り返れば、そこには先程までのどこか抜けた雰囲気とはまるで違う、寂しそうな顔のプランがいた。
「へ?私ですか?」
「うん」
「そんなのは当然決まってます」
「……」
「もちろん、違います!」
「なあ、最近毎日のようにおかしなやつがここに来るんだが」
季節の塔、冬の女王様の部屋。そこには現在二人の人影があった。一人はもちろん、現在の部屋の主である冬の女王様。
「あぁ、シロナちゃんのことね。確かに変な子よねぇ」
「やっぱ、あんたの差し金か。それとお前にだけはシロナも変な子呼ばわりはされたくないと思うぞ、プラン」
そしてもう一人は、プランであった。
「えぇー、あなた私のことそんな風に思ってたの?私は悲しい」
「……そういうとこだよ」
とりあえず言えることは、相変わらずのプランであった。
「まぁ、私のことはひとまず置いといて。シロナのことだけど、あの子は別に私の差し金とかじゃないよ」
「……ホントに?」
「もちろん!」
「……」
「……」
「……はぁ、わかった信じる」
「あはは。信じてくれて、ありがとう」
それから程なくして、プランは冬の女王様の部屋から出ていった。
「イヴ!今日は何して遊びますか!」
「またお前か……」
冬の女王様の部屋。これまでは塔から出てもらうようお願いに来る人々の声と、それに否を突き付ける冬の女王様の声しか響かなかったこの部屋に、ここ数日はまったく違う声が響き渡る。
「はい、私です!それからそろそろ私のことはシロナと読んで欲しいです!」
「……はぁ」
そのいつもと違う声の主―シロナ―は元気よく手を上げながら、冬の女王様ことイヴ(冬の女王様と毎回呼ぶのは面倒と言ってどうにか聞き出した)に向かって自身の要求を突き付ける。
「まぁ、気が向いたらね」
「むむっ、昨日も同じセリフを聞いた気がしないでもないですが、いいということにします。イヴ、今日も遊びましょう!」
「……私はまったく遊んでいる気がしてないんだけど」
イヴはシロナをにらみつける。
しかし当然のことながら、シロナはそんなもの一切気にしない。
「この視線も毎日受けていると、だんだん気持ちよくなってきますね」
「……へんたい」
いや、少しくらい気にする普通の感性を持った方がいいのかもしれない。
「それでイヴ、今日は何します?せっかく雪もたくさんありますし雪合戦でもします?」
シロナがいつものように完全な思い付きで提案する。
「……それはもしかして、遊びに誘うと見せかけた私を塔から出す作戦―」
「わー、なしなしなし。今のなしです!うん、今日は絵でも描きましょう!そうしましょう!」
「ではないな」
一瞬シロナの言葉を作戦か何かかと疑ったイヴであったが、続くシロナの態度に考えを改める。なんかすごいわたわたしている。あ、こけた。嘘をついている様子は最初からなかったが、これが本当に作戦なのだとしたら、あまりにも雑すぎる。
「イヴ、道具を持ってきましたよ!」
そう言うと、シロナは腕一杯の紙や絵の具をイヴに差し出す。
「……一応いっておくけど、それ私の貰い物なんだが」
差し出された物を見て、思わずつぶやくイヴ。
しかしそれもそのはず。シロナが持ってきた物はといえば、イヴに早く塔から出てもらえるようにと届けられた品々の一つであったからだ。
「そうですよ。でも使う予定のなさそうな物たちでしたし、せっかくなので使えばいいじゃないですか。……もしかして、使う予定があったりしました!?だとしたらごめんなさい」
なんかまたわたわたしだした。しかも一人で勝手に。
「はぁ。大丈夫、使う予定なんてなかったから。だから何の問題もない」
「そうですか!それはよかったです。もぉ、心配しましたよ」
シロナの顔に安堵の色が広がる。
「では絵を描く準備をしますから、少し待っててくださいね」
そう言うと、シロナは今度こそ絵を描く用意をしだす。
そしてイヴはといえば、準備に動き回るシロナの姿を、黙って見つめ続ける。
「準備完了!イヴはこっちの紙に描いてくださいね」
そしてようやく準備が終わったところで、イヴはシロナに紙を渡される。
「では私は向こうの風景を描いていますから、何かあったら呼んでくださいね」
そうしてシロナは窓の近くに陣取ると、無言で絵を描き始めた。
「……遊びに来たと言いながら、やることが別々に絵を描くって」
一方イヴはといえば、思考がちょっとあれなシロナを大変に残念に思っていた。
「……」
「……」
無言の時間が続く。室内に響くのは、紙の上を滑る鉛筆の音だけ。何だかんだと言いながら、シロナに付き合うイブである。
それか、さらにどのくらいの時間がたったであろうか。
「そういえばだけど、シロナ」
イヴは紙に目を向けたまま、疑問に思ったことを口にする。
「早く冬が終わって欲しい?それともこのまま続いててもいい?」
シロナも他の人たちと同じなのか。それとも……。
「そうですね、早く終わって欲しいと思います」
しかしシロナの口から出た言葉はイヴが聞きなれたいつも通りの言葉であった。
「……そっか」
知っていた。うん、知っていた。当たり前のことだ。このままではみんな飢え死にしてしまう。そんなものを人は願わないと。
イヴの呟きに感情の色はなかった。
「でもですね―」
しかしその続きは、イヴが聞きなれたいつもの言葉とは違っていた。
「それがイヴと会えなくなることと同義でしたら、それは嫌ですね」
「―っ」
「だから正直困ってるんですよね。冬は早く終わって欲しいけど、イヴとは離れたくこの矛盾。イヴ、冬が終わってもここにいれませんか?」
「……それはムリ」
「そうですか、残念です。でしたらもうしばらくの間ここにいてください。じゃないと私が寂しいです」
イヴとシロナ。どちらも視線は紙の上。顔を合わせることはない。
「そっか」
「はい」
しかしこの時ばかりは、相手のことなど直接見なくとも、わかりあっていた。
時間は過ぎ、そろそろシロナが帰る時間が近づいてきた。
「なんか気付いたらもの吹雪なんですが……」
しかし窓の外を確認すれば、辺りは猛烈な吹雪に覆われていた。
「これはさすがに帰れないでしょ」
「……まぁ、そうなりますね」
シロナは帰宅について少しの間思考を巡らせてみた。しかしまったく帰りつける気がしなかった。そのためシロナは早々に帰宅するという選択肢を放棄した。
「こうも吹雪いてると大変だな」
「えぇ、本当に」
「……まったく」
イヴの顔がほんの一瞬、憂いの色を帯びる。しかし、それもわずかな間のこと。その変化を見たものは誰もいなかった。
「しょうがない、今晩は泊まっていけ」
「えぇっと、一応確認ですけど、いいんですか?」
「まぁ、さすがにこの吹雪の中を出ていけとは言わないよ」
「そうですか。ありがとうございます、イヴ」
「気にしなくていい」
こうして、シロナの塔への一晩の滞在が決定した。
そしてその夜のこと。
「えへへ、イーヴー」
「……暑苦しい。ついでに鬱陶しい」
シロナとイヴの二人は、一つの同じベッドの中にいた。
「いやぁ、こうして同じベッドで寝れるって何だか楽しいなって思って」
「いや、これお前が勝手に入ってきただけだからな」
ベッドの中、二人は(かなり一方的に)くっついて寝ていた。そしておそらくそのせいだろう。二人の表情は明暗がはっきりと別れていた。
「私お泊まり会と言ったら、恋の話だと思うんですよね」
「……唐突にどうした」
「イヴは誰か好きな人っていないんですか?」
「会話のキャッチボールって大事だと思う」
「ねえねえ、誰かいないんですか?」
「話を聞けよ」
これもお泊まり効果というものであろうか?テンションが上がりすぎたのか、会話が全然成立しなかった。
「……好きな人ね」
しかしこんな状態でも、会話にきちんと付き合ってあげるイヴは何だかんだでお人好しだと思う。
「私は…………いないな」
「いないんですか?」
「いないな。みんな等しく嫌いだ」
そして考えた結果導き出された言葉は紛れもない本心であった。
「そうなんですか?」
「……あぁ。みんな嫌い。冬なんて早く終わればいいのに、冬なんか来なくてもいいのになんて言うみんなが、嫌いだ。私にさっさと出ていけって言うみんなが嫌いだ!」
「……」
「草木が育たないのも、動物たちの食べ物がなくなるのも、私のせいじゃないのに。私のせいだけど、私のせいじゃないのに……」
それはイヴの心からの声だった。絞り出すような声は儚く、まるでイヴ自身が今にも消えてしまいそう。そんな印象さえ与えた。
「……」
「……」
「……それでも」
「?」
「それでも!私はイヴのことが大好きだー!」
「うぇっ!?ちょっ!なに?」
しかしそんなしんみりした空気などまったく読まないのがシロナだ。シロナは突然ベッドのうえで立ち上がると、大声で宣言した。
「イヴ大好きー!」
「えぇっ!?」
「ホントに大好きー!」
「も、もうやめて」
「愛してるー!」
「ホントにもうやめてください、お願いします」
シロナの暴走に、最初こそ呆けていたイヴであったが、連呼されるシロナの叫びに、次第に顔を真っ赤にさせた。そうして最後はシロナを取り押さえるような形でもって、その口をふさいだ。
「んー、んー」
「もう叫ばない?約束しないとこの手はどけない」
イヴの鬼気迫る勢いに圧されたのか、シロナはすぐに首を縦に何度もふった。……実際のところただたんに息が苦しかっただけなのかもしれないが。
「イヴひどい」
「ひどいのはどっちだ!」
しばしの間、二人はお互いをにらみつける。本当に、さっきまでの空気はいっいどこへやらといった感じである。
しかしこのにらみ合いも長くは続かない。早々に終わらせたのは、もちろんシロナである。
「そういえば、私すっかりイヴに夢中でここに来た最初の目的を忘れていました!」
「最初の目的?」
その情報はイヴにとっても初耳であった。シロナがそもそもどうしてイヴの元へ来たのか。イヴはその答えを待った。
「そうです。私は文句を言いに来たのですよ!」
「文句?私に?」
「何でですか!どうしてそんな発想になるんですか!」
「……ごめんなさい?」
「私はここに来る人たちに文句を言いに来たんです!」
「どういうこと?」
「どうもこうも、何ですかこの物をあげますから出ていってくださいって!自分に不利益になってでも出ていって欲しいって、ほとんどお前が嫌いだっていってるのと同じじゃないですか!」
「……それはちょっと大げさなんじゃ」
「違わないです!少なくとも、私だったら何だこいつって思います!それに―」
「……」
「ここに悲しんでる人がいるじゃないですか。そして私もそんなのは悲しいです」
「……だから、文句を言いに来たの?」
「はい!その通りです!ついでに今なら私の友達を悲しませるなもついてきます!」
シロナの言葉が終わる。イヴはといえば、少し前から顔をうつむかせている。
「……わすれてたのに?」
「そ、それは……。ここに来てもイヴとしか会ってないからといいますか……文句を言うべき対象がいなかったせいといいますか」
イヴの指摘に思わず目を反らすシロナ。シロナのその姿に、イヴは肩を震わせ。
「あはは。ホントに変なやつだな」
次の瞬間には大声で笑っていた。
「な、なに笑ってるんです!」
「くっくっく」
「もう、なんなんですか!」
「はぁ、ホントにもう、シロナは鬱陶しいなぁ」
「まったく。まぁ、イヴが楽しそうなのでよしとします」
思わず苦笑が漏れるシロナ。その視線の先には、目元に小さな水滴を浮かべるイヴがいた。
「本当にいいの?」
「いい。それにこれ以上みんなに迷惑はかけられないし」
「みんなに?シロナにの間違いじゃなく?」
「うるさい」
「……欲しいものは手に入った?」
「うーん、どうだろう?正直これでいいのかと言われると、微妙なところだけど……とりあえず塔から出る気にはなったかな」
「そっか」
「うん、それじゃあ後のことは頼んだよ」
「わかったわ。頼まれました」
その日、ある時間を境にして雪がまったく降らなくなった。
「……あれ?」
次の日の朝。シロナが目覚めると、ベッドの中にイヴはいなかった。
「イヴ、どこ?」
眠たい目をこすりながら部屋の中を見渡す。
しかし、部屋の中にイヴはいない。
「え?なんで?」
「おはようシロナちゃん」
代わりにプランがそこにはいた。
「プランさん?」
「はい、そうですよシロナちゃん」
「……なんでいるの?」
シロナは突然の事態に思わず疑問を口にする。
「その答えは簡単です。ここが私の部屋だからですよ」
「え?」
「正確に言えば、今日から私の部屋になったというべきですかね」
シロナの疑問にプランは実に何でもないことのように答える。いや、実際プランにとっては何でもないのだろう。今プランが部屋にいるこの形こそが正しい形なのだから。
「プランさんは春の女王様なんですか?」
「そうとも言うわね」
プランの言葉に、シロナはプランがここにいる理由を理解する。そして同時にイヴがここにいない理由も理解する。
「イヴは……塔から出ていったんですか?」
「……うん、そう言うことになるわね」
やはりそうである。イヴは塔を出ていったのだ。
「……イヴは何かいってましたか?」
「シロナちゃんにこれ以上迷惑はかけられないって。それからシロナちゃんのお陰で欲しいものが手に入ったって。だからありがとうって」
プランの言葉に、シロナは思う、よかったと。イヴが悲しい気持ちのまま塔を出なくてすんで。
本当によかった。間違いなくそう思う。
だというのに。
うつむいた顔をあげることができないでいた。
「うーん、そうだね。よし、じゃあこうしよう!」
シロナの姿を見て、さすがに思うところがあったのだろう。名案を思い付いたとばかりにプランはうなずく。
「なん、ですか?」
シロナは顔をうつむかせたまま、プランの言葉に答える。
「知ってる?冬の女王様を塔から出すことができたものには褒美を与えるってお触れが出てること」
「……はい」
「つまりシロナちゃんには褒美を貰う権利があるんだよ」
「……別に―」
「でもこのお触れには『誰が』褒美をあげるかって名言されてないんだよね」
「……へ?」
「つまり私がシロナちゃんにあげてもいいわけだ」
「……どういう―」
「それに私は春の女王。つまり王様。うん、なんの問題もないね」
「それ屁理屈」
「だ・か・ら!今から私がシロナちゃんに褒美をあげちゃいます」
「……」
さすがはシロナ以上の変人と名高いプラン。本調子ではないとはいえ、シロナが完全に黙ってしまった。
「でもその前に一つ質問。ねぇシロナちゃん、イヴ会いたい?」
「私は……」
どうする?イヴは自分から去った。だったら今は会わなくていいのではないか?……ううん、違う。必要があるとかないとかじゃない。私は―。
「会いたい。イヴに会いたい!何で黙っていっちゃうんだよ、バカ!それにいなくなったら寂しいっていったじゃん。なんで人の話を最後まで聞かないの!バカ!バカ!バカ!会ったら絶対文句言ってやる!」
「あはは、愛されてるねあの子。よしならばお姉さんに任せなさい!」
シロナの慟哭を聞いたプランはニヤリと笑うと、シロナの耳元に、口を近付ける。
「―。―。―」
言いたいことを全部言うと、プランはシロナから離れた。
「これが私からの褒美だよ。その情報をどうするかはシロナ次第」
話を聞いたシロナはしばし呆然としていた。しかしそれもわずかな時間。シロナはすぐに部屋の扉の方へ向かう。
「もうお帰り?」
「はい。それとプランさん、情報ありがとうございます」
「いいって、いいって。これも褒美だから」
「それでもです。ではすいません。すぐにでも行きたいのでこれで失礼しますね」
「はいはーい。それじゃあまたね」
「はい、また。それでは行ってきます」
「行ってらっしゃい」
その会話を最後にシロナは部屋の扉に手をかけた。考えることは最初になんて言ってやろうか。
シロナは扉を開け、塔を出ていった。