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暁闇のヘリオドール  作者: 沙華
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95 共闘



「ど、どうすれば宜しいのですか!? 私、何だって致します……!」


 降って湧いてきた希望に対してシャルロットのやる気は充分過ぎる程だ。

 時間がないのならば、それこそ急がなければならないが急ぐにも目的や方向性は必要である。首元に下がる、やたらと輝き主張してくる石にシャルロットは半ば叫ぶかのように問いかけた。


『先程の彼を追い掛けて下さい。そして、彼の持ち去った石を取り返して頂きたい。そうすればジェイドは蘇るでしょう』


 聞こえてきたヘリオドールの指示は、まるで夢物語か御伽噺を聞いているかのような気分にさせる。

 石を取り返せば死人が蘇るなんて、そんな事普通ならばある訳ない。

 ある訳ないが、ジェイドの魔力総量は人とは大きく差がある。瞳の色も不可思議だ。心の中にもう一人の人格も在る。

 元々三属性しか扱えなかったのに、後から他の属性も使えるようになったなんてイレギュラーな事すら経験してきた。

 ジェイドは普通のシュルクと違う。良い意味で普通ではないのだ。

 ならば石一つで死すらも退けるという、更に普通ではない事をしてみせてくれるに違いない。


 何よりシャルロットは、もうこの話に縋るしかない。それ以外に手立てはない。

 ヘリオドールの事は余り信頼してはいないが、今回ばかりは嘘を言っているようにも思えない。

 ジェイドが死んでしまえば、別人格であるヘリオドールも己の精神の拠り所を喪ってしまうのではないか。

 ジェイドの亡骸を使わずに、宝石を媒体としながら声を掛けてきたのが何よりもの証拠だ。

 今まで黙りであった彼が、この緊急事態に声を発したのは詰まるところそういう事なのだろう。

 ジェイドがいなくなれば肉体を喪うヘリオドールに、罪人として捕えられてしまうシャルロット。

 利害が一致した。今はまさに協力する時。


 シャルロットを護るように展開されていた焔の渦は、少女がジェイドの目蓋を指先でそっと伏せさせ身体を抱えて立ち上がるのと同時に消える。

 それを合図に、周囲のグランヘレネ兵達は一斉に槍の穂先や剣の切先を向ける。


「まさかそんな強力な魔法まで使えるとはな……だが観念しろ、仲間は死んでしまった。同じような目に合いたくなければ、降伏した方が身のた……」


 名も知らぬ男の話など一々最後まで聞く必要はない。ジェイドにもシャルロットにも、そしてヘリオドールにも時間はないのだ。

 兵の一人が侵入者に対して一応の警告をしてくれていたようだが、そんなもの今更聞いていられない。

 聞こうが聞かまいが、彼らが少女を捕まえようとしている事には変わりがない。

 シャルロットはほぼ無意識に魔力を練り上げるとジェイドを抱えたままで一気に兵達の垣根へと距離を詰め、開きっ放しの扉目指して人波を無理矢理力技で割くような事はせずに、敢えて人並外れた跳躍力を用いて飛び越える形で兵達との正面衝突を避けた。


「っ!」


 高い所から落ちた猫のように軽やかに、くるくると空中で回転をして着地姿勢を整えて床に降りる。

 床に降りた後、目の前に何の障害もないシャルロットは無敵だ。尋常ならざる脚力を用いて神聖なる聖堂の廊下を駆ける。

 目指すはつい先程、シャルロット達の前から去ってしまったペインレスの背中だ。どこへ行ってしまったのか分からないが、兵達を寄せ付けてはならないと少女は敢えて立ち止まりながら考えるように行動する事を選んだ。

 然し行き当たりばったりな行動にも直ぐに終止符が打たれる。彼女には今、優秀なナビゲーターが着いているからだ。


『あ、次の曲がり角を曲がって頂きたい。そちらから気配がします』


 胸元からすかさずヘリオドールの声。シャルロットは指示通りに次の角を右へと曲がる。

 すると、廊下の遠くにペインレスの藤色の髪が見えた。


「……んあ?」


 振り返る男の顔を見る余裕など、シャルロットにはない。背中を思い切り蹴り飛ばしてやろうと突っ込んでいくが、あれだけ素早く動けた男相手にそれは無駄な行為であった。

 簡単に避けられ、少女の渾身の蹴りは空振りする。シャルロットは右脚の踵で廊下の床を削って漸く静止した。

 ペインレスは驚きと呆れが入り交じる目で少女を見やる。


「ええ……? あっぶねーなー……何、ウチの兵士達皆倒して来た訳? 役に立たねーなアイツら……」

「倒してなどおりません! 無視して参りました……!」

「どっちにしろ役に立ってはいねーなぁ……」


 あの包囲網を無視してきたと言える少女が只者ではない事を、既にペインレスはよく理解していた。

 あの無視出来ない無視してきたなどと宣う彼女の存在が存外愉快に思えてきた。笑いが込み上げてくる。


「つーかさ、……まあ、意気込みは買うけど。死体抱えて俺と戦えると思ってんの? その辺に置く時間くらいはやるよ?」

「いえ、お構いなく! 私は戦いたい訳ではありません……貴方の持つ石が欲しいのです!!」


 ペインレスはシャルロットに向き合い、血塗れの右手の中に収まるジェイドから奪った石を上へと放り投げてはキャッチする、という事を先程から繰り返す。

 その石をシャルロットは切望している。想いを隠す事もなく、ただひたすらに上下する石を眺めている。

 もし、ペインレスと戦闘になった場合。近くにジェイドの身体を置いておけば戦闘に巻き込まれ、傷が増えてしまう恐れがある。

 これから蘇らせようというのに、目覚めた途端に身体中が痛むような事があっては師匠に申し訳ない。だからシャルロットは彼を庇うように抱えたまま、己の足捌きを頼りに敵と対峙する事に決めた。

 それに、頼れるのは蹴り技だけではない。シャルロットは先程体験したばかりだ。

 こちらには未だ、攻撃手段はある。

 然し、何も知らないペインレスは少女の言葉を鼻で笑うだけだ。


「いやいや、あげる訳ないでしょ。これはグランヘレネ皇国の……」

「それは先生のです!」


 嘲るペインレスを遮ってシャルロットはピシャリと言い切る。

 その石がジェイドの命に関係し、彼の命を左右するものならば、シャルロットにとってはもうその石は皇国のものではない。

 その石にどんな秘密があり、どのような歴史があろうとも。必ずここで取り返す。


「それは先生のです……返して頂きます!」


 言葉を放つと同時にペインレスへと正面から突っ込んでいく。先程の謁見の間と違い廊下だ。

 荘厳な大聖堂に見合う広さと天井の高さのある廊下ではあるが、シャルロットでは前準備もなく今から小細工らしい小細工など出来ない。

 素早さはペインレスの方が上なのだ。どんな動きをしたところで彼に利があるだろう。ならば、愚直に前から突っ込む。


「真っ直ぐ来るとか馬鹿じゃねェの!? 来いよ、ブッ殺してやる!」


 対するペインレスは左手にダガーを抜き、構えて待ち受ける。


「……!」


 シャルロットは怯まない。

 猛スピードでペインレスへと距離を詰め、キュ、と高い音を立て靴底で床を踏み付けスピードに体重を乗せて回転するように蹴りを放つ。

 そのままでいけば彼女の脹脛は切り付けられてしまうだろう。然し、そうはならなかった。


「な、っ……うわ!」


 ペインレスはダガーの刃でシャルロットの脚を躊躇も容赦もなく切り裂いた筈だった。

 なのに何か硬質なものにぶつかった音が聞こえたと思った刹那、ダガーの刃は彼の目の前で圧し折られ身体はマトモに蹴りを受けて吹き飛ばされる。

 “painless”の名は伊達ではない。痛みはないが、流石に予想だにしなかった衝撃と共に大きく後方へ飛ばされ、自分の身体が倒れ伏している現状にペインレス自身驚きを隠せない。

 右手に握り締めていた石を取り落とさなくて良かった。少女はこれが欲しいというのだから、簡単に渡すのは癪だ。

 目を凝らし、目の前のシャルロットの脚をよくよく見つめる。すると、一つの変化に気付いた。


 蹴りを放った彼女の右脚が、何か水晶のようなもので包まれている。あれで防御と攻撃を同時に行ったのだろう。

 見たところ、氷の魔法が使えるといったところだろう。ペインレスはそのように判断した。

 然しそれはすぐに思い違いである事をまざまざと知る事になる。


「逃がしません……!」


 起き上がろうとするペインレスをさせまいと、シャルロットが襲い掛かる。

 頭を踏みつけようと振り降ろされる踵を床に転がる事で避けるが、転がった先で何か眩しい事に気が付いた。


「……!?」


 痛みを感じないというのはこういう時に困るという事を、彼に儀式を施した神官達は考えなかったのだろうか。

 それとも使い捨てだから死んだら死んだでどうでもいいとでも思わなかったか、まさか儀式が成功するとは思わなかったのか。


 ペインレスが転がった先には炎が広がっていた。

 一体いつ炎の魔法を行使したというのだ。考える暇はない。

 衣類に着火しその下の皮膚を容赦なく舐める炎を、慌てて起き上がり、消火すべく叩く。

 火に直に触れる手は熱さも何も感じない為、何度だって叩く事は出来るが何かしらを感じる事がないからといって流石に放置する事は出来ない。放置しておいていつの間にか自分も気付かぬ内に灰になる訳にはいかないのだ。


 氷の魔法に炎の魔法。

 更には少女自身も身体強化の魔法を使っているのは一目瞭然である。最低でも三属性が使えるとペインレスは判断する。

 三属性も使えるシュルクなど、敵対するとしたら相当厄介だ。

 彼も勘違いするのは致し方ないのだ。

 まさか、首元に下がっている珠が王族の持つ魔導具に引けを取らぬ魔術サポートを行っているだなんて、普通は思い付かないものなのだから。

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